33
どうやら目の前を歩く男は繋がれた手を離す気はないらしい。
そして私とも話すつもりはないらしい。
何がしたいのかよくわからないが、とりあえずさっきから私の心臓がとてつもなく五月蠅い。自由なもう片方の手で心臓のあたりを掴んでみると掌に伝わってくる微かな震え。動悸と息切れがさっきからヒドイ。恋の病で死ぬってこういう感じなんだろうか、冗談ではないそんなバカげた死因。
せっかく、せっかく、自分の中に起きていた小さな変化に気づいたというのに。このまま死んで私が冷たくなったとして、いま繋いでる手の温もりが私のせいでだんだん冷たくなっていくのは非常にいただけない。

「真子!!」
「あー?」
「死んじゃいそう!!!」
「は?なに言うてんねん…」

思わず繋いでいた手を引いて進行を止める。ありったけの力を込めて手を握るとさすがに真子も何事かと振り向いてくれた。
今の私、とてつもなく顔赤いだろうし心臓握りしめてるしドキドキで壊れそうみたいな状態のくせに、繋いである手を振り払う事もせず寧ろ逆にさっきより握りしめて離されないようにしてる。矛盾だらけだ。

「その様子やと、やぁっと気づいたみたいやなぁ」
「う…ちくしょう、なんで真子そんな余裕なの」
「やって告る前からなまえが俺の事好きやっていう自信あったしなぁ」
「な、んでさ!!もしかしたら嫌いかもしんないじゃん!!嫌いだから仕事サボったり悪戯したりしてたかもしんないじゃん!!!自意識過剰すぎると思うよ!!!」

誰かこの自意識過剰男をなんとかしてくれ。なんで告る前から私が真子の事好きってわかるの。私なんてついさっき気づいてこんなにドキドキしてるというのに、この男はずっと気づいててそれを隠して一人で「あーこいつ本当に俺の事好きなんだなー」とかずっと思ってにやにやしてたという事か、なにそれ気持ち悪い。
やっぱり理不尽だ。こんなにドキドキしてるのが私だけなんて理不尽だ。

「でも私の気持ちと真子の気持ちが一緒とは限んないじゃん。もしかしたら違う好きかもしれないじゃん」
「じゃーなまえが俺に対して向けとる気持ち言うてみぃ」
「う…ううう」
「ほら、早う」

ぐいぐいと繋がれたまんまの手を引っ張って引き寄せられてく。さすがにそれ以上近づくと私の心臓が正常を保てなくなりそうだったから慌てて手を振り払おうとしたのに、自分が出せる限りの強い力で握り返されてしまった。女と男じゃ力が違いすぎる、ああもう何もかも理不尽すぎやしないか。
目も合わせられなくてずっと真子の腰帯あたりをずっと凝視してしまっている。
もう一度手を引っ張られてしまったので覚悟を決めて視線をあげる。
なんで、失恋の可能性もないのにこんなドキドキしてるんだろう。馬鹿みたいじゃないか。

「私、一番好きなのはラブ隊長だった。私の事助けてくれたのも、世界を変えてくれたのも、みんなと仲良くなったのも全部ラブ隊長のおかげだもん。ラブ隊長は私にとって神様でありお父さんであり唯一の家族だから、ラブ隊長はずっと私の特別。これはずっと変わらないと思う」
「…」
「でも、でも、ずっと特別だけど…ああもう、わかんないギブアップしていい!?」
「アホか、一番大事な事言うてへんやろ。ほら早く言え」
「うー今日の真子いつになく意地悪だ」
「なんとでも言え。このままやと羅武は特別な人だから無理って言われとるようなもんやないか」

言うまで多分離してくれないってわかってる。この男は変なとこで妙に頑固で絶対譲らない所がある。
大きく息を吸ってゆっくりと吐く。
もし心臓が壊れたって四番隊がなんとかしてくれるはずだから、もういっそ壊れる覚悟で言ってしまおう。




「ラブとか愛してるって言うのは世界で一人だけにしか言っちゃダメって言われた」
「…」
「だから金輪際もう二度とラブ隊長にラブとか愛してるって言わないようにするし、ギンとかローズとかにも冗談でも言わないようにするし、犬とか猫とかお菓子とかにも言わないようにする」
「や、犬とか猫とかなら別にええけど」
「う、うるさい!!私が世界で愛してるって言うのは真子だけなんだから!!!!うぅ〜もういいでしょ!さっさと手離してよハゲ!!」

「……白ーリサーこれで満足かー?」

「ばっちり録音できたわ」
「はやーこれで明日締切の瀞霊廷通信の一面ばっちりだよぉ」
「リサ、それ後でダビングしてよこせや」

完全にオーバーヒートしった私の耳に、ガサと木の葉がこすれる音が聞こえた。
真子の視線の先をたどると、そこには何やら本格的な音響機材を持っているリサと高そうな一眼レフを片手に手を振る白の姿。
これは?一体?

「なんや気づいてへんかったんか、相変わらず霊圧探知へったくそやなぁ」
「え…え…いつから…」
「後つけられてたんも気づいてへんかったんか…ハッチにもっかい鬼道習えや、霊圧探知できひん副隊長とか前代未聞や」
「そ、そんな…真子ヒドイよ私せっかく…せっかく……」

じわりじわりと抑えきれない感情が溢れだしてきてそれが涙となって体の外に放出される。
さっきとは別の意味で心臓がどきどきしてる。
もしかしてからかわれただけかもしれない。真子は最初から私の事好きじゃなくて私の気持ち弄んで、もしかしたら私の気持ちも周りに影響されて刷り込みされたみたいなもので本当は私も真子の事好きじゃないんじゃないか。
失恋したのか、これは。私って最初から真子の事ちゃんと好きだった?
混乱が涙と鼻水としゃっくりになってまともに息ができない。心臓だってもう壊れそう。

「ほんなら次は俺の番やな」
「や、も、いい加減離してよ…」
「離したら逃げるやろ。ええから聞け」

どんなに頑張っても離してくれない手。
私を引き寄せて強く強く抱きしめる、真子の腕。呼吸がしずらい私の事を強く抱きしめてくるから、さらに呼吸できなくなって私このまま死んじゃうかもしれない。

「言っとくけどなー最初っから俺はなまえの事すきやし、なまえの気持ちもほんまもんやから泣くな泣くな」
「…真子に私の気持ちなんてわかるわけないじゃん、私だってわかんなかったのに」
「わかるわ。俺が何年お前の事見とったとおもっとんねん」
「…しんない」
「百年や、百年。百年以上見続けとって、その思いがやっと一方通行やなくなったんやで。勘違いですませてたまるか、ボケ」

私の背中に回された腕が優しく頭を撫でてくる。
それに呼応するかのように私の腕が目の前の死覇装を握る。


「聞こえるかぁ?」

「…」

「俺の心臓の音。さっきのお前と同じはずやで」

耳に届く鼓動の音、手の平に伝わってくる振動の速さ、間違いなくさっきまでの私と同じ。
伝わってくる温もりはさっきよりも暖かくて熱い。




「世界で一番、愛してんで、なまえ」

「ん…私も、世界で一人だけ、真子だけ、好きだから」

「そこは愛してる言えや」
「いや!あれは一か月に一回くらいじゃないと嫌!死んじゃう!!」
「死なへんわ、アホ」

顔をあげると少し赤くなった真子の顔。
私より全然赤くないけど、赤面する真子なんてすっごいレアだからよしとしよう。







翌日発行された瀞霊廷通信の一面に私と真子の熱愛報道がされた。
そのせいなのか朝一番に雛森ちゃんにおめでとうって言われて五番隊のほかの隊員達にもおめでとうって言われた。お昼ごはんを食べにいつもの面子で出かけると知らない隊の人とかにも言われるし、はたまたお店の店員さんとかにも言われるし、うどん屋さんの店長さんにはきつねうどんの油揚げを一枚サービスでもらったり、甘味屋さんでは白玉一個サービスしてもらったりした。いろんな人におめでとうって言われすぎてお昼に帰ってくるには若干胸やけ的なものがしていた。

「別にええんとちゃう?人の噂も七十五日言うやん」
「二か月ちょっとこの状態が続くのかー」
「せやけどちょっと五番隊の子ら気ぃ遣いすぎやろ、誰も入ってこぉへんやん…雛森ちゃんかて遠慮しとるしなぁ、それはちょっと困るな…なまえ仕事部屋変えるか?」
「えー公認サボりだやったー」
「サボんなボケ」
「じゃあ隊長様が見張ってればいいじゃーん。七十五日の我慢だよ我慢」

しかし当の本人たちはこんな感じである。いつものユルユルな感じ。
大体百年以上こんな感じだったため早々態度を変えるということもできずに、元々私が真子の事好きって事は皆にバレバレだったらしく気づいてないのは私だけだったらしいので今更変に恥ずかしがっても余計リサちゃんと白ちんが喜ぶだけと気づいたので開き直ってみた次第である。
真子も別に構わないらしい。想いが通じ合っているという事が大事なのだと言っていた。よくわからないけど、まぁいっか。片思いってそんな辛いのかな。
片思いってしたことないし、もうする予定もないから一生わかんないんだろうな。

「真子ー」
「あー?」
「好きだぞーハゲー」
「俺も好きやでーボケ」

多分私は死ぬまで目の前のこの男が好きなんだろう。
たとえ何があったとしても最後に帰るべき場所はこの男の隣だと、私が自覚済なのだから。

五百年後も好きだと言えるだろうか。
私の知っている過去は終ってもう未来なんてわからないけど、それでも好きでいると断言できる。
だってそうじゃなきゃわざわざタイムトラベルしてまで頑張ったりしない。
過去を思い出す度、過去の真子を想いだす度に付きまとうあの男の顔。ずっとずっと真子の副官はあの男じゃなくて、副官として隣にいるなら私がいいと強く願っていたのだから。
そういう思いが強く働いたのだ、きっと。

最初から好きだった。ああ、もしかしたら私も百年以上片思いしていたのかもしれない。
その想いが成就した今、この気持ちが冷める事は決してないだろう。

「百年後も二百年後もずっとずっと好きだからー」
「へーへー俺も好きやでー」



これが私の欲しかった未来。

もう絶対、手放したりしない。


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