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ゆっくりと意識が浮上する。まだくっつきたそうな瞼を無理やり押し上げると障子からやわらかい朝日が差し込んでいる。
寝起きの私の瞳には眩しすぎる光に眉を顰める。
陰鬱としている意識を無理やり振り払ってゆっくりと体を起こす。

「きもちわるい…」

夢見は悪かった。さわやかな朝だ。
でも私にとっては最悪の朝だった。



コンコンと控えめにノックをすると独特の関西弁が入室を促す。
それに答えるようにゆっくり戸をあけると、頬杖を突きながら書類をこなす平子隊長の姿。

「あの、平子隊長。みょうじ副隊長ご存じありませんか?朝からずっと見かけてなくて…」
「アーなまえなら…ほれ、ここや」

みょうじ副隊長の所在を聞くと隊長は私にとって死角部分である自身の隣を指差した。覗き込んでみると平子隊長の羽織を握りしめてぐっすりと眠りこむ目的の人物。
よくよく見るとうっすら隈ができているし、若干寝汗を浮かべて羽織を握りしめる手も震えている。うなされているらしい副隊長の頭をゆっくりと撫でると、普段とは全然違う優しい声で言った。

「ごめんなぁ雛森ちゃん。こいつに用あんねやったら後にしたってや」
「あ、はい…それは構わないんですけど、大丈夫なんでしょうか、ずいぶん気分悪そうですけど…」
「へーきや平気。ちょっと夢見が悪かったらしくてあんま寝れんかった言うから少しの間寝かしたって」

朝珍しく自室まで迎えに来たと思ったら、いきなり抱き着いてきた。小さく震える肩に手を添えて理由を問うと、ただ一言「やな夢みた」と小さく泣き声で呟いた。
そのままずっと羽織を握りしめずっと密着するように隊首室に向かった。いつも元気な副隊長がいつになく過去最低のテンションで出勤してきた事に数名の隊員達が驚いた顔をしていた。
そのまま引きずるように隊首室まで歩いて行ってそのまま隣に座らせて眠るように指示を出す。すると少し安心した顔をしてからゆっくりと眠りについたのは数時間前の事。朝からずっと離さないせいでもう既に皺になってしまった隊長羽織を見ながら、朝からの経緯をそう語ってくれた。

「みょうじ副隊長がそんなになってしまう悪夢って…」
「あー悪夢っちゅうか、コイツにとっては現実なんやけど、今となっては夢物語っちゅうか…」
「?」
「昔に色々あってなぁ…そんときのトラウマみたいなもんや。その夢は今となっては絶対起きへんのに、今でもたまにフラッシュバックしてこんな感じになってしまうんや。たまーにやけど、たまぁにな。守りたかったもん守られへんかった時の事が今でもコイツにとっては傷なんや」

守られるほど弱ないっちゅうのになーと眠る副隊長のほっぺを突っつく。すると眉間の皺がほんの少し和らいで穏やかな寝顔になった。
いまの発言から察するに守りたかった人とは平子隊長の事なのだろうか。二人はいつも口喧嘩をしているし手も足も出しているけれど、心の底では誰よりも信頼している事は五番隊の人間ならば皆知っていた。隊長はいつだって副隊長の事を気にかけているし、副隊長は隊長に全てを捧げて敬愛している。ただ二人とも素直ではないのが玉に瑕だけれど。
今の状態の副隊長に仕事をお願いするのは酷だろう。私もさすがに鬼ではない。

「すみません、お二人の邪魔しちゃって」
「えーよえーよ、傍から見たらコイツさぼっとるだけやし」
「いいえ、でも隊長にとっては私はお邪魔でしょうし、また午後に……隊長?」
「あ?」
「え…えっと、どうしました?」
「アーなんでもないわぁ」

想いあっている者同士の二人の邪魔をするのは心苦しい。そう告げると隊長は頬杖を突きながらぽかんと口をあけた。
どうしたのだろうと首をかしげると言葉を濁しながら口元を手で覆い隠して視線を副隊長に移しながらゆっくりと口を開いた。

「女の子は敏感やなぁ思ってな」
「え?」
「内緒やで?こん事」
「……ああ、でももう皆気づいてると思いますけど。隊長の想いも、副隊長の想いも」
「こいつは気づいてへんねん。俺の想いも自分の気持ちも。せやからめんどい奴なんやけどなーまぁアホで鈍感でどうしようもないんは今に始まった事やないから長期戦なんは覚悟済やわー」
「わたし、応援してます!隊長の事!」
「おおきに雛森ちゃん」

にっこり笑ってまた午後に来ると挨拶をして部屋を退室した。
私があの二人に出会った時はもう二人とも今みたいな感じだったから昔何があったのかは知らないけれど、結ばれればいいなと願う。
心が弱った時縋る人がいるなら、それを無条件に受け入れてくれる人がいるのなら、もう既に心は傾いているということ。
でも結ばれてしまったら見た目の年齢差がすごい事になるなと、ぼんやりと自信の仕事に戻る五番隊舎の廊下でぼんやりと考えた。






「ええ加減離せ、痛いやろ」
「……なにが長期戦だ、ハゲ真子」

声をかけられつねっていた真子の右手の甲から手を放す。少し赤くなったそこを対して痛くもないくせに大げさに痛い素振りを見せる。
起きているの知っててそういう事言うのは、ずるいと思う。

「どっから起きとった」
「悪夢がどうとかってとこらへん…」
「なんやえらいナイスタイミングやんけ」

こういうのってよくわかんないけど、でももうちょっとタイミングとかあるんじゃないかって思う。そういうのよくわかんないし理解してないけどもうちょっとシチュエーションとか、そういうのちゃんと用意して言うもんじゃないのだろうか。そりゃ伝説の桜の木なんて瀞霊廷にないけど、でも探したらそういう告白スポット的なのはあるだろう。
死神なんて殉職しないかぎり滅多に死なないし、見た目の年齢もある程度いったら止まるんだから急がないと老け込む事だってない。性格は老け込むけど。
だから、もうちょっと時間をかけて、そういう気持ちを知って、恋なんてそれからで、ましてや告白なんてあと五百年くらい経たないと私の許容範囲外なのに。

「このままやと五百年くらい気づかなそうやったしなー」
「だ、だからって、もうちょっと…私が元気な時にするとか」
「元気やと冗談や言うて蹴りかましてなかった事にするやろ。真子にそんな事言われんの気色悪いーとか言うて。さすがにそういう事言われたら俺でも立ち直れへんからなー弱っとる時に付け込んどかな」
「むぐぐ…」

まだ悪夢と睡眠不足のせいで身体は震えるし力は入らない。
真子にもたれ掛ったまま羽織を強く握りしめる。

「寝とき」
「でも…」
「返事は別に今やなくてもええわ。なまえがちゃんと考えて自分の気持ち気ぃついた時に言うてくれればええわ」
「…待てるの?真子せっかちなのに」

「百年以上待ったんや。あと五百年待たされるのに比べたらこんなん全然楽勝や」

目を掌で覆われて無理やり瞼を閉じさせられる。
大きな掌がそのまま私の頬を撫でて眉間の皺をほぐす。密着する所から真子の体温が伝わってそれが離れ難くてもっと欲しいと求めるように体を寄せるとポンポンと頭を撫でてゆっくりと肩を引き寄せられた。

私は子供だから、こうしてしまう行為が真子が私に向ける物と一緒かなんて、まだわからない。
どうしよ。
どうしよう。
真子が私を困らせる事なんて、はじめてだからわからない。


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