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やっぱり人間ってだれかがいないと生きていけないと思うの。
寂しいとかそういうのじゃなくて、生まれた瞬間誰かがいないと生まれる事なんてできない。今まで生きてきたというなら絶対誰かの手を借りて生きていたという事実。
誰かの手を借りることに慣れてしまった人間がいきなり一人放り込まれたとして、その中で心も折れずにいられる人間なんてきっといない。心のどこかで必ず求めてる。
まー奴の場合若干求めすぎな所もあると思うけど。それはまぁ私が若干甘やかしすぎちゃったせいもあるけど、可愛いから仕方ないよね。

親は子に甘いもので、子はいつか親の元を離れるものだけど、親はいつだって子を想ってる。それは真子だって一緒だろう。百年近く三人でわいわいやって過ごしてきたのだから早々ギンが抜けた生活に慣れる物ではない。隊首会で顔を合わせては労いの言葉をかけたり夜三人で飲みに行ったり、最初はあんなに警戒していたくせに今ではすっかり頼りになる上官だ。
たまにひょっこり五番隊に来ては仕事が大変だとか部下との付き合いが難しいとかサボりたいとか愚痴の相手をしてるけど、それでもまだまだ親離れできてないギン。

しかし親は子を叱る生き物であって甘やかすだけではないのだ!
子はいつか結婚して親から離れていくものだ。いや男の子なら家を継ぐけどこの際そんな細かい事はどうでもいい。
さっさと嫁さん見つけて親離れしてもらうために、また私は腰を上げる。

「ではでは、本日付で十番隊副隊長に任ずるものとします!おめでとー」
「はい、謹んでお受けいたします」

ギンが新しく隊長となった十番隊とは長らく隊長が不在だった隊だ。
なんか後ろで暗いものが渦巻いていて何やら先代の隊長は殺されたとかなんとか、色々噂があるけどよく知らない。
なんで隊長選出されなかったのかと言うと、卍解自体が斬魄刀の最終奥義だし、それに百年前はコロコロと隊長が代替わりしたりと何かとバタバタしていた護廷十三隊。そこにあの事件のせいで皆死神という職に怖気づいたり隊長格になることを拒み始めるという意気地なしも現れた始末。あの事件が周知の事実になったのは私のせいだけどね。
そんな訳で長らく隊長不在だった十番隊に目をつけ、壮大な巣立ち計画を実行したのだ。

まぁギンにはリーダーシップもあるし実力もある、仕事はちょっとサボるけれど書類整理は出来ない訳ではなくやらないだけ。
鬼道もかなりの達人級、斬魄刀も攻撃系ですっごい強い。
三席で燻るのは正直本当にもったいない実力者。ぶっちゃけ私より実力上なのに三席にいるのは執着だ。贖罪とかかっこつけてたけど、そんなの最初の十年くらいで終わってる。十年から後は五番隊の雰囲気とか真子の懐の深さとか私の餌付けとか、そういう物から離れたくなかったのだろう。

「我儘でサボり癖あるけど頼りになる男だから、頼むね」
「はい」
「サボってたらひっぱたくか餌でつるといいよ!!そしたら机の前には座るから!!!」
「はい、頭にいれときます」

くすくすと笑う新しい十番隊の副隊長。
その子を引き連れて向かうは十番隊の隊首室。
真子が足止めしてるはずだから、ドッキリの準備は完璧。

もちろん仕掛け人は私と真子。他の人間にしたら隊長と副隊長がなにしてんねんって感じだろうし、十番隊の隊長格を巣立ちとかそういう個人的な事に使うなって思ってるんだろうけど二人とも実力が伴ってるんだから何も言えず仕舞いって感じなんだろうか。まぁ交流はこの先時間はたっぷりあるから大丈夫。
後ろにいる新しい副隊長さんに霊圧と気配を消すように命じて、いざ突入。

「やっほー市丸隊長お元気ー!!?」
「いらっしゃいなまえちゃん」
「ハゲ真子も相変わらず無駄に元気だね!」
「こっちのセリフじゃボケ」
「なーなーなまえちゃん、ボクの副隊長さん連れてきてくれたんやろ?早うあわせてぇな」
「もーチビギンちゃんは相変わらずせっかちだなーじゃあ入ってきていいよ、十番隊新副隊長さん」

机に頬杖ついているギンと、隊首室の前においてある来客用のソファでくつろぐ真子。
若干面倒くさそうな顔してる真子の隣に腰かけて真子に出されたらしいお茶を奪い取る。

私の声に答えるように小さく衣擦れの音が聞こえる。失礼します、と声をかけて開かれる扉。
贖罪は済んだ。親離れもした。なら後はさっさと幸せになってしまえ。
振り返ってギンを見ると口をだらしなく開けていつも閉じている目が開いてそこから除く瞳が驚愕の色に染まっていた。どうやらドッキリは大成功みたいだ。

「本日付で十番隊副隊長に着任しました松本乱菊です」
「……なんで」
「だーって乱菊ちゃん実力あるし頭もいいし気配りできるし、なにより扱いづらいであろう隊長さんの面倒見れる人間なんて大体限られてるじゃーん?だからちょっと修行手伝って副隊長試験もリサ達にアドバイスもらってーまぁ色々がんばったよ!!大丈夫、乱菊ちゃん強くなったよ!!」
「そういうんやなくて…なんで、ここまで」
「こいつがおせっかいなん知っとるやろー?」
「親は子を気に掛けるものだよ!真子だってそうでしょー?」
「俺はここまで世話焼く気ぃなかったわ、ボケ」
「ツンデレ乙!ええんとちゃうーて言って乱菊ちゃんの修行手伝いに行くの許可して私の分の書類やってくれてたの知ってるんだからねー」
「うっさい、ボケ!」
「否定しないということは肯定ってこと…」
「あーあーあーもううっさいうっさい、もー早うし!!!」

真子と話すと大分逸れるのはなんでだろう。とりあえず真子のツンデレも見れたからまぁいっか。
入り口付近で困った顔で笑ってる乱菊ちゃんにごめんね、と一声かけて後ろにいるギンを振り返るとまだ目を見開いているけれどさっきみたいに驚愕の顔じゃなくて、なんだか泣きそうな顔してる。仮にも隊長で男の子がそんな顔するもんじゃないよ。

「これで最後だから」

これで最後だ。
もう誰も死なない、誰も悲しい思いをしない。

「私がギンを気にかけるのは最後にする」
「…なまえちゃん」
「100年前のあの夜からずっと気にかけてたけど、それも最後にする。あとはギンが自分の力で頑張って自分の力で大事な人守れるようになって。その力をギンはもう持ってる、守りたい人を守れるくらい強くなったでしょ?」

守れないとわかったから突き放した。
守る力がないから自分が身代わりになった。
その必要はもうない。二人を脅かす者はもういない。100年前に双極で処刑されたのだから。

それから100年。
守れる力を手に入れた。
立ち向かう勇気を持つことが出来た。

「…たまに遊びにいってもええ?」
「乱菊ちゃんと真子がいいって言ったらねー」
「ギン来るとなまえ仕事せぇへんやろ、来んでええわ」
「これツンデレだから気にしなくていいかんね!!」

隣の真子が立ち上がって私の襟首をつかむ。ああもうそんな持ち方したら襟伸びちゃうじゃんハゲ真子め。
その手を振り払うと真子だけ十番隊を後にする。

遠い昔、二人は一緒だったらしい。その頃が一番幸せだったと前の彼女はそう言った。
前は隊が違った。地位も違った。いつからか疎遠になりかかわりもなくなってしまったのだと言っていた。それはこの為だったのかもしれない、危険から遠ざけるためだったのだと。
そういう所が嫌いなのだと、乱菊は言っていた。

でも今はもう大丈夫。




「じゃあね、チビギン、乱菊ちゃん」

手を背中越しに振って私も真子の後に続くように十番隊舎を出る。
さて、これで全部おしまいだ。








「ほんまおせっかいやのー」
「だって私真子の副官でもあるけどギンの上官でもあるもーん。でも明日からはちゃんと真子だけの副官になってあげるからさー?どうどう?嬉しい?」
「べっつにぃー嬉しくもなんともないわ、ボケー」
「今日はツンデレ全開だね、ハゲー」

のんびりと五番隊舎に向かう。
今日この瞬間を以て私がタイムトラベルして戻ってきてやりたかった事は全部終わった。
糞眼鏡もいないし、真子達は相変わらず隊長してるし、ギンと乱菊ちゃんは一緒にいるし、もう完璧!

百年間お疲れ様でした。
おしまい!


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bkm
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