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その日のおやつ時、三人で出かけた香里庵で大福を仲良く食べていた時の事。なんでもない風に隊長の口から告げられたのは、とても重要な事だった。

「あ、今日の隊首会でギンの事隊長に推薦しといたからな」
「ふおーほめへほぉ」
「飲み込んでから言わんかい行儀悪いのぉ」
「むぐ…おめでとーチビギンちゃん」

いつも二人から発せられる緩い空気に惑わされそうになるけど、今回ばかりはそうはいかない。
このボクが、隊長?




一番最初の印象を話そう。本当に一番最初、もうかれこれ100年近く前になる。

はっきりと覚えている事は、この人は真実の欠片に気づいているのだということ。
けれどこの人はずっと見ているだけだった。軽快して近づけないようにしているだけで、その異変をなんとかしようとしてくれる人ではないと思った。だから切り捨てた、この人は自分の助けにはなってくれないと。最初から誰か味方を作ろうと思ったことなんてなかったけど、でも一瞬でもこの人に縋ろうとした事はあった。
あの男を殺してくれと声が出そうになったのを必死に押し込めて、口を釣り上げることで言葉を発しないようにした。目の前に現れた三席もなんのためらいもなく殺して、人を斬る感触に吐き気がしたけど笑顔を張りつかせてそれを必死に隠して。
一番最初に切り捨てたのが、この男、平子真子だった。それが最初の印象。
それから十年近くずっと心を殺して誰かを殺して、平子真子を見る度にどうして行動に移さないのだろうという疑問と、あの男の掌で躍らせている様に馬鹿だなぁと思いつつ。
虚化のターゲットに隊長格を実験に使用してみると言葉を聞いた時も真っ先に平子隊長の顔が思い浮かんだ。
死ぬのだろうか。虚になるのだろうか。
疑っていたのに何もしなかったからこんな事になるのだと、少し憐みの感情も交じえてそれでも見捨てたのだからとその憐みの心も切り捨てた。

だから生きていると知った時どうしても顔向けができなかった。
全部知っていた、助けられる術も知っていた、それでも見捨てた。
この人はいらないと理解した時点で憐みも思いやる心も全部捨てたのだから。
あの男が死んだのならそれでいいのだ、もはや自分が生きている理由もなくなったのだから。
だから消えようとしたのだ。現世に行くふりをしてそのまま行方をくらましてどこかで死んで消えてしまうという事を願ったのに、この人はそれを許さなかった。いや、許さなかったのはもう一人の方かもしれないけど、平子隊長もその意見に賛成した。
賛成というより目の前の小さい女の子の言葉を全面的に信用しているからこその言葉だったのかもしれない。

「やり方は全然ちゃうけど、守りたいもんあったんなら今回だけは見逃してやるわー」

間延びした声でそう告げられた時、何十年かぶりに涙が出そうになった。
大きな掌が頭を乱暴に撫でて、ずっとずっと殺していた心が再び産声をあげたように涙が出てきた。
それから少しの間まだ警戒されていたようだけど、年月とともに少しずつ信用してもらった。そこからずっと三席の位置を守って、隊長の左腕として百年余りの時を共に過ごした。

結局最後は縋り付いてしまった、自身の大事な隊長だ。



もう一人目の前で頬袋に大福を詰め込んでいる小さな女の子。
自分を救い上げてくれた女の子。
この世に神様はいない、強いて言うなら死神だけだ。でもこの子は自分にとって女神のような女の子。
きっかけは知らない。ただ存在は知っていた。他の隊の弱い弱い女の子で、隊長の知り合い。たまに話しているのをみかけるけど名前は知らない。
そんな子が突然、ある日唐突に話しかけてきた。
よく覚えている月夜の晩。ぼんやりと月を眺めていた所に現れた子。振り返ると自分より少し小さい背、それに似合わない意思の強い瞳。全てを知っているように語る口調に、感じる強くて優しい霊圧。この子は何者だろう、もしかしたら計画を知って自分を殺しに来たのだろうかと、自分よりはるかに小さい女の子に植え付けられた恐怖。
全部全部知っている女の子が取った行動は自分を傷つける行為、でも助けてくれる行為。彼女は、自分の鎖した心に映った希望の光だった。
月夜の晩、一人ぼっちのベッドの上で聞こえた彼女の声。不思議がる四番隊員達の中でただ一人笑って、ただその声に耳を澄ませていたあの日の夜。安堵と安息に満たされた夜。今晩ばかりはゆっくり眠れると心が安らいだあの日の夜。
隊長達にとっては悪夢の日。でも特別な日。それは間違いなく自分にとっても特別な日と呼べる晩だった。

だからもう一度会いたかった。会ってどうしてもお礼を言って、それから謝りたかった。
それなのに彼女は隊長達を引き連れて一年間行方をくらました。気が付いた時に届く平子隊長からの文で一緒にいる事がわかったとき、もう一生会えないのだろうとなんとなく思った。
彼女が助けたかったのは隊長なのだ。その隊長を貶めようとしていた自分をもしかしたら恨んでいるかもしれない。許さないかもしれない。それならそれでもいいかもしれない。
何もかも切り捨てようとした自分への代償がそれなのだ。

「ちゃんと笑えるようになった?」

神様は自分の事を見捨てたのだと思った。よりにもよって彼女が五番隊の副隊長になると聞いたとき、久しぶりに恐怖を感じた。それなのに最初に会った時笑いかけてくれて、一番最初に話しかけてきてくれた。
笑えるようになったかと、気にかけてくれた。
心を割いていてくれたのか、こんなちっぽけな人間に。
ならば自分ができうるすべての事をこの子に捧げよう。それが償いになるのなら。彼女の副官として存在する事を隊長にも彼女自身にも許されたのなら、自分の事も少しずつ許していこう。
人生で二人目の大事な大事な女の子。乱菊に向けているものとはちがう、敬愛に似た感情を大切に育んでいこう。

最初から手を差し伸べていてくれた、大事な上官。



「この二人のように、ボクはなれへん」

そう言葉が漏れた。
だってどうやったって適わない。心を殺して周りを犠牲にして、そんな手段しか取れなかった弱い男なのだ。
あえて危険を近づけて監視する度胸もない。立ち向かっていく勇気もない。そんな自分が二人のように部下を守る事も許すこともできるとは到底思えなかった。

「大丈夫だよ」

いつの間にか頼んだ大福を全部食べ終えて追加注文したらしいあんみつを食べているなまえが口の端にあんこを付けながら顔をあげた。小さく首を傾けながらいつもの緩い笑顔でわらっている。
隣でげんなりしている隊長が頬杖をつきながら横からなまえのあんみつをつまんでいる。

「ギンは一人じゃないもん。頼りになる仲間がいるでしょ?」
「せやかて…二人と離れるんいやや」
「お前なぁ…えーかげん隊長副隊長離れせぇ、でっかい図体しとんのに気色悪い」
「ボク隊長さんの事大好きやもん、いやや」
「やめい!鳥肌たってしもたやないか!!!」
「やーギンかわいいー白玉あげる、ほいアーン」

おとなしく口を開けると放り込まれた白玉。もちもちしていてほんのりついた餡子がほどよく甘い。
隣で口をあけている隊長にも同じように白玉を放り込むなまえ。あ、間接キスやん、すごくどうでもいい且つ気づきたくなかった事実に若干眉を顰めつつ、副隊長を見つめるとなまえの意識は再びあんみつに向けていた。

「任せときぃ、隊長になろうがどこにいこうがお前は俺の部下や。部下の面倒くらい最後まで見るんが隊長の務めやろ」
「ほーほーまはへほひへー」
「せやから飲み込んでから喋れて」
「むぐ…任せといてよギン、安心して隊首試験受けていいからねー」
「なまえと一緒に修行して習得した卍解や、有効に使わなな」

そうか最初からこの為のあの任務だったという事か。

「ギン」
「ん?」
「ギンがどんな所に行っても、例え地位が私より上になっても、ギンは私の可愛い可愛い部下なんだから、ちゃんと受けてね、試験」
「…しゃーないあなぁ…ボク一生副隊長さんには逆らえへんわぁ」



そして月日は流れた。

隊長に尻を蹴られ、副隊長に餌付けされつつ過ごしていた100年間。
五番隊三席として過ごした日々が今日終了した。

真新しい羽織に袖を通す。
まるで小学生の入学式のような二人の顔。なまえはカメラで写真を撮って、平子隊長は一息ついて緩く笑った。
それから満面の笑みで、おめでとう、と言って五番隊舎を共に出て、向かう先は一番隊舎。

立ち並ぶ隊長達。その中にはもちろんあの夜に虚化させられた顔も並んでいる。
負い目もある、後悔もしている。それは一生背負うべき罰。

中央に構える総隊長が荘厳な声とともに宣言する。

「本日を以て元五番隊第三席市丸ギンを、十番隊新隊長に任ずるものとする!!!」

罰は背負う物。罪は許されるもの。
贖罪はもうしなくていいのだと、許された瞬間だった。


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