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もう一人、どうしても会いたい人がいる。
本当の事聞いたとき、こいつはバカだなって思った。泣かせたくないなら一緒にいればよかったのに。大事なら傍で守ってあげるべきだったのに。どうして、離れてしまったの。どうして別れてしまったの。泣かせて寂しい思いさせて、結局取り戻したものも残してやれたものも何にもない。バカな男だと思った。

助けてやりたかった。
あんな男のために心を殺す事はないのに。
100年以上心を殺す必要はないのに。

「市丸三席だー」
「ああ、平子隊長の」
「そうそうーいつもハゲ真子がお世話になってます」
「いいえーそういうんはボクより藍染副隊長に言ったってぇな」

ぼんやりと月を見ていた小さい後ろ姿を見つけた。死神の学校を一年で卒業したっていう天才、でも見た目は私よりちょっと下くらいだけど。こいつ100年後はアホみたいに身長伸びて成長するのにどうして私とひよ里はそのままなんだろう納得いかないよね。
声をかけるとゆっくり振り返っていつもの貼り付けた笑みを向ける。一応わたしの事は平子隊長の知り合いって事で認識していたらしい。私平隊士なのにあちこち顔覚えられすぎてると思うのはきっと気のせいではない、まぁ人脈が広いって事でその辺は割愛するとしよう。
真子やひよ里やローズとは全然違う綺麗な銀髪が月明かりに照らされて綺麗だと、ぼんやり思った。やっぱりこの人にはこういうの向いてないと思う。綺麗な銀髪で肌も真っ白のくせに、やってる事は真っ黒で血に汚れている。本当に向いてない。
ずっと心を鎖して100年間誰にも弱音吐かずに生きて、いつ心が壊れても可笑しくない危うい人。
ひよ里の事まっぷたつにしたのはこの際目をつむっていてやる。だって今目の前にいるこいつは、まだ何にもしてない。

「発動していない抜き身の刀に触れていれば、催眠にかかる事はないって」
「…?」
「そうでしょ?藍染副隊長の部下の市丸三席?」

その常時細められた目がゆっくりと開けられた。
背景月で糸目の先に見える目が赤いってなんともホラーテイストである。こいつ狐っぽいとずっと思ってたけどどちらかというと蛇っぽい気がする。
その目が私を狙っている気がするようで、怖い。

「ハテ、なんの事やろなあ…」
「大事なもん取り返したいんでしょー大事な女の子がいるんでしょーその子が取られた魂魄取り返したいんでしょーいいのかなー言いちゃうぞー君の上司に言っちゃうぞ―――」
「……なんなん、君」
「べっつに。ただちょっとだけ、助けてやりたいなって思って」

隣からゆるゆると殺気を感じるけれど、それは全部知らんぷり。
先ほどまで隣の少年が見上げていた月に視線を移すと、今日の月はやけに大きい三日月だ。
基本斬魄刀の携帯は禁止されているから切りかかってくる事はないだろうけど、鬼道とか白打っていう可能性もなくもないから警戒をやめることはしない。でもこんないい夜ならそういう争いごとはなるべく避けてほしい、せっかく静かな夜なのに。

「……藍染副隊長なら今は自室や」
「そう」
「教えや。なんでそないなプライベートな事しっとんのか」

別にいいけど、信じるか信じないかなんてキミ次第だよ。そう前置きをしてゆっくり話す。誰にも聞かれないように小さな声で、囁くように。



「未来を知ってる。そういって信じる?」
「そんなんボクの勝手やん。で?未来がなんなん?」
「このままいくと、君は100年後くらい死ぬの。キミの上司の手によって、大逆の罪人として誰にも悼まれずに、大事な女の子を泣かせて、死ぬの」
「……」
「バカだなーって思った、その話聞いたとき。でも君がそうやってせざるおえなかったのは周りの大人達がふがいなくて頼りなかったせいだって。事実あの人は死ぬ間際まで周りを欺き続けて私たちを踏みにじっていなくなった。嘘に嘘を重ねてキミも一緒にね。最後の最後でなんとか殺そうとしてたけど、時既に遅しってやつでキミはあいつに負けたの。で、死んだの」
「…女の子、泣いっとった?」
「うん。泣いてた。なんにも言わずにいなくなっちゃう所が大っ嫌いって、言ってたって」
「そか…」
「うん」

夜の闇にまぎれるには、この市丸という少年は少々目立ちすぎるいでたちをしている。
最初からこんな所、似合っていなかったのにね。

「で、相談なんだけど」
「…なん」
「私はさーこの先何が起こるかも知ってるしそれがどうやって起こるかも知ってるし、つまり攻略本が頭の中に入っているのですよ。暗中模索しているキミよりははるかに効率的で能率的な訳。事実ハゲだってずっと警戒してるしあいつより優秀な頭脳持ってるあいつも私の手駒だからさ、君がこの先100年かけるより私に託したほうが確実だと思うんだーだからさ」

一呼吸おいて、市丸に向き直る。
開かれていた目はとっくに閉じられていたけれど、いつも吊り上っている口元はぽかーんとだらしなく開いていた。




「私に全部任せて、君はさっさと引っ込んでてくれないかな。邪魔なの」



「ボクらが今やっとる事、全部知ってそういう事いうん?随分甘いんやねぇ」
「私は君より下っ端だから君を裁く事は出来ないし処分する事もできないからねーそういうのは直属の上司であるハゲ真子の仕事だけど、あいつは眼鏡の部下かまってるのに必死だからさー」
「ボクがどうやったら退散できるか考えでもあるん?」
「あるよーじゃじゃーん」

軽快な音楽を口ずさみながら袖の下から取り出したのはいつぞや浦原隊長にもらった小さな小瓶。
飲めば一週間は下痢と嘔吐に苦しむという悪魔の下剤。それを聞いた瞬間思いっきり顔を顰めてその小瓶に入るショッキングピンクの液体をしげしげと眺める。

「もっとマシなんなかったん?」
「一週間も安全な四番隊舎にいられるんだよ。一番マシだけど」
「…ハァ」
溜息を思いっきりつきながら、その小瓶を受け取る市丸少年。
よかった、君の事を助ける事ができて。

「お願いがあるんだけど」
「今度はなんなん」



「命かけて守りたいって思うなら、傍におって守ってやらんかい。ボケ」



捨て台詞を吐いてその場を立ち去る。
翌日、市丸三席が落ちていた干し柿ひろい食いして下痢と嘔吐に苦しんでるっていうなんともアレな言い訳と共に真子からそう報告された。あいつアホすぎやろ、と愚痴を言いつつ市丸三席が残していた書類整理を押し付けられブツブツ文句を言いながら仕事をしていたので爆笑してやった。

気が向いたからお見舞いにいってやったら嘔吐のせいで大分やつれていた市丸少年が、力なくにっこり笑って出迎えてくれた。
おおきに、そう小さくお礼を言われたから綺麗な銀髪をぐしゃぐしゃにしてやった。バカ野郎め。


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