07
「なまえ!!ねぇ本当にあんなこと了承してよかったの!?なんなら私が、」
「…分隊長の手を煩わせる事じゃないかと、」
「女の子の手を煩わせるものでもないよ!!」

要件は終わった。託された物も理解した。
用が終わったならとすみやかに団長室を後にするなまえ。それを慌てて追いかけるハンジ。
未だ問いかけるハンジにわずかに冷ややかな視線を送るが、それに臆することもなくなまえへ噛みつく。

「だって、好きでもない相手にそんな事する必要はないだろ!?なまえは娼婦じゃなくて兵士だ、そこまでする義理はない。」
「…でも、」
「大丈夫!私がガツンと殴ってくるから!人類最強がなんぼのもんじゃい!!」

鼻息荒く駈け出そうとしたところを寸での所で引き留める。
走り出そうとしたハンジをその名の通り身を挺して、その腰に纏わりつくことで動作を止めた。一瞬思考の端に先輩であるモブリットが浮かんだ。こうして分隊長を止めるというのは立派な仕事のひとつなのか、と今納得した。
いつも楽しくじゃれているだけなのかと思っていた過去の自分をこっそり反省した。
一方ハンジはと言うと本気で全力ダッシュをしようとしていたのだが、まさかの引き留めに前傾していた姿勢のまま重力に従うまま地面に勢いよく倒れこんだ。
いつもならばモブリットが腕を羽交い絞めにして引き留める所為か、こうして止められた後の対応がうまくできなかったらしい。

「……大丈夫ですか、分隊長。」
「いてて…なまえも大丈夫かい?」
「はい、すいません…」

申し訳なさそうにわずかに眉根を下げる。小さな少女が更に小さくなって落ち込む姿は保護欲を掻き立てられる。
そして一層この少女を凶悪な人類最強から守らねば、という使命感に燃えた。が、しかし。
弱弱しいと思っていた手が、強くハンジの手を握った。

「分隊長はリヴァイ兵長が嫌いですか?」
「なまえにひどい事するから嫌いだよ!!」
「…私は抜きにして、人として兵士として、好きですか?嫌いですか?」

いつも眠そうに無気力にやる気のない目をしたなまえ。しかし仕事は性格、壁外に出れば成果を残す。
そうだ、なまえは決して弱い人間ではない。自分の意思を持って壁外に出ても必ず生き残れるほどの実力を持った立派な兵士であり人間だ。
いくら相手は人類最強とはいえ、それに無抵抗なほどか弱い人間ではないのだ。
いつもより僅かに意思を秘めたその目に見つめられ、諭すような強い口調に圧倒され、そして冷えていく思考で冷静に考える。
誰よりも強く、誰よりも優しい、それが人類最強だった。
潔癖で巨人の血は厭う癖に、仲間が血まみれになっていても必ず救いの手を差し伸べる。彼はそんな男だったはずだ。



「すき、かな…うん、気に入ってるよ。彼はいい兵士で人間だ。」
「そうですか、私も好きです。兵長の部屋片付いてて仕事がしやすいので。」

ハンジ分隊長の部屋は散らかりすぎてて作業効率が果てしなく悪いのであまり好きじゃないです。と、論点が微妙にずれている返答を即座に返す。
ぽかん、と情けない顔を晒すハンジになまえは首をわずかに傾ける。下から覗き込むように見上げ、そして口を開く。

「だから大丈夫です。なんとかなります。」
「………え、いや、え?でもちがくね?それとこれとはちがくね?」
「ちがくないです。私も兵長好きです。好きならいいんじゃないんですか?」
「わけわかんないよ!」

ああもう訳が分からない!とついに頭をかきむしり始めたハンジ。それを冷静に髪の毛がまき散らされるのでやめてください、と文句を言うなまえ。
どこからどうみても二人の会話は噛み合っておらず、一向に解決する様子がない。しかしその二人を止める者もその場を収められる者も周りにはおらず、誰ひとり通らぬ廊下のど真ん中で二人はずっと座り込んでいた。
なまえの中では解決したと判断し、すみやかに立ち上がる。分隊長、と急かすように声をかけるといい年をした大人がその目に少量の涙を貯めながら上目使いで見上げる。
それを見て、ほんの少しなまえは逡巡する。先ほどのエルヴィン団長の言葉を思い出す。

「心配してくれてありがとうございます、ハンジ分隊長。」

そう言って、身を屈め頬に唇を滑らせる。
ハンジは目をぱちくりと何度か瞬きをした後、既に立ち上がっていたなまえの首を勢いよく抱き込む。瞬間バランスを崩されたなまえはまた、今度はハンジの胸に倒れこむ。

「笑った!なまえ笑った!!」
「……くるし、」
「親愛だって!私も愛してるよなまえー!!」

巨人とはまた別のベクトルの愛を叫ぶなまえ。
その後騒ぎを聞きつけ駆けつけたモブリットに救出されるまでなまえはひたすらハンジによって耳元で愛を叫ばれ続け、衰弱したなまえがこれまたハンジ班の先輩兵士達によって医務室に運ばれたのは別の話である。


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