06
午後、またしても怪我をして帰ってきたなまえを見て愛する部下が虐げられているのは我慢ならないと叫んで、なまえの手を引いて研究室を飛び出した。
完全に引きずられている状態のなまえと錯乱した自身の隊長の姿を見てモブリットが必死に止めていた。しかし彼の制止も虚しくハンジはなまえを引き連れて、我らが団長であるエルヴィンの執務室に到着した。
ノックもせずに問答無用とばかりに扉を蹴り開ける。
廊下の喧騒が聞こえていたのだろう。特に驚く様子もなく、書類に向けていた視線を開け放たれた扉の方に向ける。

「エルヴィン!リヴァイの蛮行を止めてくれよ!!」
「リヴァイがどうかしたかい?」
「ほら見て!なまえが大変なことになってるんだ!!」

ぐい、と手を引かれ足がもつれそうになりながらなんとか耐える。
前に押し出されハンジの背と圧倒する雰囲気に隠れ気味だった少女が、傷だらけの姿をエルヴィンの前にようやく晒した。
全身で疑問を呈し何故ここに連れてこられたのかもよくわかっていないながらも、たどたどしく敬礼の形を取った。

「なまえがリヴァイにいじめられてるんだ!!」
「…それは本当かい?」

問いかける視線に、答える。

「いじめられては、いないと思います…」
「だ、そうだが?ハンジ?」
「なまえはリヴァイに逆らえないだけなの!ほら、一応上司だし!!」
「ではハンジが言えばいいじゃないか。友人同士だろう?」
「朝私が言っても午後になればまた耳と、ほら鼻の当たりも噛まれた跡が!!」

可愛い部下に頬ずりして痛めつけられて帰ってきた可愛い部下を嘆く。
いくら友人とはいえ、これは許せない。だからと言って自分が言って聞くような玉ではない事は百も承知。だからこそ藁にもすがる勢いで、団長であるエルヴィンにこうしてお願いをしているのだ。
エルヴィンの指示ならば、リヴァイは言う事を聞く。たとえその指示の真意を理解していようとなかろうと。

「うーん困ったな…なまえはリヴァイの暴力は嫌かい?」
「?……怪我をさせられるという点では特に異論はありませんが。」
「だから!なまえは可笑しいってば!!」

作業していた手をすっかり中断させられ、エルヴィンは困ったように考え込んだ。
彼女の姿をあらためてもう一度見て、瞑目する。
僅かな逡巡の後、そういえば、と昔聞き及んだ知識が脳裏を掠める。その知識と、自身の腹心の性格を照らし合わせそうして一つの真実にたどりつく。
ハンジ、と固い声で呼びかけると錯乱していたハンジとされるがままに敬礼の形を取ったまま固まっていた少女がこちらを見る。
ゴーグルの奥にわずかに涙を滲ませたハンジを小さく笑い、リヴァイは、と口を開く。

「リヴァイは中々歪んだ性格の持ち主でね、だから愛情表現も常人には理解できないかもしれない。」
「こんなひどい事するのが彼の愛情表現だっていうの?」
「そうだ……こんな言葉があるのを知っているかい?」

髪なら思慕、額なら友情、瞼なら憧憬、耳なら誘惑、鼻梁なら愛玩、頬なら親愛、唇なら愛情、喉なら欲求、首筋なら執着、背中なら確認、胸なら所有、腕なら恋慕、手首なら欲望、手の甲なら敬愛、掌なら懇願、指先なら賞賛、腹なら回帰、腰なら束縛、腿なら支配、脛なら服従、足の甲なら隷属、爪先なら崇拝。
詩人が謳うように流用に読み上げる。それを聞いてハンジは首を傾ける。そしてなまえはというと、ぼんやりとしていた目がわずかに光を取り戻したのを見た。
その目が一瞬遠くになり、そして何か納得が言ったかのようなそんな顔になったとき、言葉を一旦区切る。
だから、そう息と共に吐きだし、不器用すぎる部下の好意と行為へ溜息をつく。

「だから、リヴァイのそれは愛情表現とし見てもいいと思う。かなり不器用で方法は間違っているが。」
「耳なら誘惑で…鼻梁なら愛玩、ってことかい?」
「そうだ。」
「昨夜は髪も切られました。」
「…思慕か。あ、そういえば朝は目蓋も噛みつかれてたね。」

なまえとハンジがそう納得したところで、机の上に放り出した一つの報告書を見る。
簡単に言えば苦情だった。
兵士団の幹部のみが入ることのできる中央の地下街にあるひとつの高級娼館がある。金を払い女を買う汚い大人の世界。
男にとっては欲求不満というのは解消しなければならない重要な事案であり、命のやり取りをするような戦場に身を置く兵士としては人肌恋しくなるのはしょうがない。だからこそ、至極たまにだが、そこを利用するものもある。
そしてリヴァイもそれは同様であり、年に数回そこを利用するのだが、問題はその中身である。
昨夜も一人娼婦が全身痣だらけになりしばらく売り物にならない、と今朝方苦情の手紙が届いた。
リヴァイにも欲がある。しかしそれを解消するという行為は彼の潔癖症故どうしても許せない。心と身体がバラバラ故に女が好き勝手にするのを良しとはせず、まず最初に指の一本すら動かない程逆らう力も声をあげる気力もなくなるほど全て削ぎ落とし、そこから夜が始まる。
女に興味はない。必要なのはその欲を受け止める穴だけだということだ。
高ぶった熱、それに煽られる感情、彼自身にも止める事はできないらしく、年数回利用しては毎回のようにこうして苦情の手紙が届く。
現在絶賛エルヴィンを悩ませる問題であるが、思わぬ少女の登場とその少女に向けられる行為がもしやこの事案を解決させる糸口になるかもしれないと、エルヴィンは思考を働かせる。

「なまえ。」
「はい。」
「まずは彼にキスの仕方を教えてやってくれ。」
「……それは、命令ですか。」

僅かに眉をよせる。命令か、そう聞いてくるならば「命令」には従うという意思だ。

「命令だ、なまえ」
「……わかりました。」

職権乱用だと言われても仕方ない。が、これがリヴァイのためでもあり今後名前も知らない娼婦達のためであるならば、この一人の少女に頑張ってもらうしかない。
何か言いたげなハンジを制する。
大丈夫だ、リヴァイはきっと愛し方を間違えているだけだ。祈りにも似た確信を、言葉にすると渋々ながらも納得をした。


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