03
部屋に戻ると何故か寝ていたはずの同室のぺトラが明かりをつけて待っていた。
寝静まった彼女を起こさぬよう細心の注意を払って部屋を出かけたはずだったのだが、どうやら起こしてしまっていたらしい。ここが壁外ならともかく安全な壁の中なのだからそこまで神経を張りつめる必要はないのに、と言うと今はそんな事はどうでもいいと怒られた。
怒られた訳もわからず首を傾げていると、大きな音を立てて部屋に常備している救急箱をこれ見よがしに目の前に叩き付けられた。

「どうしてそんなボロボロになって帰ってくるの!?」
「…散歩してただけ。」
「散歩してただけでそんな痣まみれになるの!?崖から落ちた?暴漢にでも襲われた?暴漢程度ならあなたなら返り討ちにできるでしょう!?」
「……暴漢じゃない、顔見知りの人と会って、怒らせたっぽい。だから怒られた。」
「…怒られたってレベルじゃないわよ、それ…」

ぺトラのお説教を聞き流しながら、頭の中では別の事を考える。
すっかり泥だらけの汗まみれになってしまい、口の中も切ってしまったらしく血もところどころに付着していた。しかし、大浴場は既に終了しており個室に備え付けのシャワーなどもただの平兵士の部屋にはついておらず、なんとかこの身を清める方法はないかと逡巡していた。
そんな私を見てぺトラは大きく溜息をつき、奥にある小さな洗面台から桶に水を張りそれを持ってきた。
下ろしたての布巾を水につけ、固く絞ると土の付着してしまった傷口を丁寧に拭いていく。

「ありがとーぺトラ。」
「まったく…で?誰に怒られたの?」
「リヴァイ兵長。」

伝えると、手当してくれる手が止まる。

「……なに言ったの?」
「リヴァイ兵長は汚いって言った。」
「それはなまえが悪いわね。」
「うん、でも兵長は汚いからぺトラも汚くなっちゃうからダメだよ。」

脱脂綿に消毒液を染み込ませ切れてしまった所の手当をする。口のすぐ隣あたりのため消毒液が苦くまずい。痛みはあるがそれよりも苦味の方をふかいに感じて眉間に皺が寄る。
あのリヴァイ兵長に手を出され骨に異常がないのは不幸中の幸いである。女だから手加減をされたのか、それともただ単に行為後の倦怠感の残る手で普段より力が入っていなかったのか定かではないが、痣だけで済んでよかったとぼんやり考えた。
まるで自分の事なのに他人事のように構えるのはなまえの悪い癖だと、ぺトラが溜息をつく。だからこそ放っておけないとも愚痴を零しながら手当を終える。

「ぺトラは綺麗だから汚くなっちゃだめだよ。」
「…なまえの言葉を借りて言うなら、なまえもまだ綺麗でしょ?」
「私は…どうかな、触っちゃったから少し汚れちゃった。」

そう言って切られたあたりの髪を手に取る。
整えてはいないがそれでも見目悪くなったそれが最早自分が綺麗ではない証拠だった。
嬉しそうに髪を切り取った兵長の姿を思い出す。まるで小さな子供が新しいおもちゃを与えられたかのように生き生きと目が輝いていた。弓なりに歪み吊り上る口元、嬉しそうな目元、手に持つのはナイフ、繰り出される暴力の数々。
しかし私を見る目は、あの完璧に私が清掃を終えた個所を見つめるそれと同じだった。
自分の欲が満たされたという目だった。

「……ありがとう、ぺトラ。」

感謝の言葉を口にして、流れる動作で彼女の額に口づける。
ほんの少し顔を赤くして、それでもまだ怒っているのだと口で言うぺトラはプリプリしながら救急箱と桶を片付けに立ち上がった。
去っていく小さな背を見て、それでも考えるのは兵長の事。

自分がほんの少しとはいえ兵長の手によって汚されでしまったのは気持ち悪いが、それでも普段から無気力で無感動でなんの感情も無いような目が今までになく輝いていたのを見てわずかに喜んでしまった自分がいた。
敬愛する上司が普段感情を表に出さない癖に、私を殴っている瞬間は嬉々として拳を繰り出していた。
彼がそれで喜ぶならそれはそれで、まぁいいか、と自己完結した。


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