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夜も更けた頃、ガラスのコップにもらいものだという値の張る酒を注ぐ。
それを傾け香りを楽しみ、そして一気に喉に流し込むと鼻から抜けるような甘い香りに酔いしれる。
一方目の前に座る自分の部下、酒を飲ませろと半ば苛立ちながら強引に押しかけてきた者は香りを楽しみ事なく胃に直接流し込む。おおよそワインを飲む上ではマナー違反だが、今の相手の心情を察すれば、そんな事は口には出来ず空になったグラスに再び酒を流し込むことしかエルヴィンにはできなかった。
頬をわずかに染めほろ酔いになったハンジは、忌々しげにぽつりとひとつ、愚痴をこぼす。

「あれってどうなのエルヴィン。」

あれ、とは二人の話題の中心である二人の人間。リヴァイとなまえの事だろう。

リヴァイとはエルヴィンの腹心の部下であり、ハンジとは長年死線を共に潜り抜けてきた貴重な長年の友人ともいえる男。少々性格に難がありとっつきにくい男だが、とても部下思いで実力も申し分なしの人類最強と呼ばれる男だ。しかしその性格ゆえに恋人はおらず、好きな女が出来た事もない癖に、女は面倒だと切り捨てて生きてきた。しかし欲には勝てず、何度も女を買っては不器用すぎる愛し方を受け入れられず娼婦館からエルヴィンに苦情が出る程暴力的だ。その男が一人の少女に的をしぼり、日々少女を傷つけていたが、色々あって少女と少し歪んだ愛を築いていた。しかし昨夜にその愛は崩落し跡形もなく消えさってしまい、結局いつものリヴァイに逆戻りしてしまったと、エルヴィンは肩を落としていた。

もう一人の人物はなまえという。
大変優秀で新兵でハンジ班に配属される調査兵団の期待の星といってもいい。事務仕事も正確で書類に不備なく性格に仕上げ、投げ出す癖のあるハンジ班ではなくてはならない人物でもある。そんな完璧と言ってもいい少女にも一つ難点があり、極度の潔癖症であった。そして極端に人見知りでその表情が変わることは滅多にない。だからといって全く変わらない訳でもなく、散らかしてしまうハンジに怒りを覚えたり、労う班の人間には微かに笑ったりするが、これは何カ月という月日を毎日顔を合わせていてようやく認識できる変化であり周りの人間には大変わかりにくい変化である。そのため孤立しがちであったがハンジ班のおかげで、今では調査兵団では欠かすことが出来ない戦力となり周囲からも期待の眼差しを向けられた。

はじまりは潔癖症のリヴァイが潔癖症のなまえを気に入った所からはじまった。
いや、それは違う。
潔癖症のなまえが、潔癖症のリヴァイを『汚い』と称したところからはじまったと言うべきか。



「身体だけの関係と思いきや心の底では深く繋がってるなんて、どんだけ不器用な二人なんだろうな。」
「本人たちがそれでいいっていうならいいんじゃないの。」

なまえを心配しリヴァイに申し立てても華麗にシカトを決め込まれ、なまえの身を案じれば自分を大丈夫だとケロリと返す。
そんな二人に振り回され続けたハンジは、大きな大きなため息を吐いた。今の溜息で確実に幸福が一つ逃げてしまっただろう。

リヴァイは汚いと称され、まずは怒りを覚えた。そして自身を汚いと称したなまえを汚す快感を知った。
その日からリヴァイ特有の暴力という意思表現になまえは身を削られていたが、エルヴィンの助言もありなんとか暴力を止める事に成功した。それどころかあのリヴァイがなまえを優しく扱う様を見て、これでようやく愛という行為の表現の仕方を知ったのか、と安堵した。
二人がうまくいけば今後他の娼婦の女性に危害が及ぶ事なく、エルヴィンの心労も減ると。

昨夜は何やら揉め事もあったらしいく紆余曲折と遠回りをしてしまったが、なんとか二人の間で折り合いがついたらしく、今は仲良くリヴァイの部屋で事に及んでいるらしい、とハンジはとても悔しそうに叫んだ。
ハンジにしてみれば自身の妹のように可愛がっている新兵をよりにもよってリヴァイに取られたと複雑な心境なのだろう。酒を煽る手は速さを増して、ほろ酔いの状態だったが顔は耳まで紅潮しているし目も据わっている。完全に酔ってしまったとみて間違いないだろう。

「あーあ私のなまえがぁ…」
「これからリヴァイに八つ当たりされないように気を付けることだな。」

あのタイプの男はかなり嫉妬深い。ハンジが相手となれば容赦はしないだろう。
苦笑しつつ、今度は水を注いでやればそれも一気に飲み干す。

「リヴァイは相当嫉妬深いからね、モブリット達にも被害が及ばないようにしないと。」

はぁ、と溜息を吐き、ずるずると、ソファの上に横たわる。
据わっていた目は眠気を帯びて、少し放置すればすやすやと寝息を立てる。
やれやれと近くにあったブランケットをかけてやり、開けられた酒瓶を片付け始める。

二人の幸福は祝う気持ちはもちろんあるが、振り回された人間にも労いの言葉くらいは欲しいものだな、とエルヴィンは更けていく夜に心の中で愚痴を零した。
そして長い溜息を吐き、これで幸せが一つ逃げたな、とぼんやり考え、そして、

「リヴァイとなまえが幸せなら、まぁいいか。」

と、誰も聞いてない部屋でぽつりと漏らした。


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