22
ふ、とわずかに口の端をあげる。それを見て至近距離にある顔が、小さく首を傾ける。その頬を撫で今度は後頭部を引き寄せもう一度口づける。
息を食む口づけが好きだと、なんとなく思いもっと深く唇同士を触れ合わせる。離れる直前わざとらしく音を立てて離れてやれば、羞恥で肩をぴくりと震わせる。表情を見れば赤くさせた頬にふるふると震える長い睫。顔を覆い隠す様に垂れ下がる髪を払いのけ、もう一度、と顔を引き寄せる。
それを何度か繰り返していると、なまえの手がわずかに肩を押す。拒絶とまではいかない、払いのけようと思えば簡単に払える手だが、いまはそれに従いようやく口を離す。

「も、…しつこいです。」
「なんでだ、痛くしてねェだろう?」
「切れてるから…ちょっと、ヒリヒリするんです…」

そう言って切れてしまった唇をなぞり庇う仕草をする。
その傷をつけたのは間違いなく昨夜の自分だが、なまえの手を除け血のにじむそこをペロリと舐め上げる。
後退しようとする背中を支え、何度も何度も、今度は唇と口内の切れてしまっている部分を丹念に舐める。

「…っ、ん…いた、」
「消毒してんだろうが…大人しくしてろ、…ん、」
「っ…は、ふぁ…」

ちくちくと小さな痛みを退けようとなんとか後退するも、それはいともたやすく制止される。
それどころかゆっくりと体重をかけられ、じわじわとベッドの上に押し倒される。ふわり、と柔らかい感触を背中に感じ、完全に押し倒されてしまったと、なまえは口内を舐められながら実感した。
ようやく口付けを止めると、二人の間に唾液の糸が引いた。端から垂れたそれを親指で拭うと、今度は首あたりをまた舌でなぞった。

「あ…、は…っ、兵長?」
「なんだ、」
「あの…さっきから何して、…っ」
「消毒だ。昨晩、つけた傷全部舐めてやるから大人しくしてろ。」

首から鎖骨にかけて幾重にも鬱血痕と肉を噛み千切った。痛々しく赤く腫れるそこはまるで首輪の様だと、いくら我を失って無我夢中で貪っていたとしてもこれはあまりにも可哀想だと、昨夜の自分を心の中で詫びた。
それを態度で示すべく今度は優しく労わるようにそこを舌で撫でる。



「なまえ…、」
「ん、ん…え?…なん、ですか…?」

首から肩、腕に伸び、今は腰と腹の傷をなぞっていた時。そういえば、と口を開く。
とても世間話をする雰囲気ではないが、百も承知だが、それでもリヴァイは尚問いかける。

「昨夜確かに言っていたな…ほかの女の臭い、と。」
「あ…」
「あれはどういう意味だ?」

そう言いつつヘソの周辺を撫でると、ビクビクと震えつつもなまえの手がリヴァイの髪を撫でるように添えられた。
その感触に一度消毒と称した行為を中断させ顔をあげると、なまえもおもむろに上半身を起き上がらせた。
そしてあろうことかリヴァイを引き寄せ、くんくんとつむじあたりの臭いを嗅いだ。その行動に眉を顰めつつもさせたいようにさせていると満足したのかあっさりと手を離される。
言え、と視線で命令すると、なまえはわずかに気まずそうに目を逸らしそして小さな声で呟く。

「いや、だったんです…女の人の臭いさせてる兵長が。」
「…はぁ?」
「だって、…だって、兵長はいつも石鹸の匂いとかお日様の匂いなのに…昨日も、あの時も…ふわふわって花の匂いがしてて…そんな兵長がすごく、………」
「すごく、…なんだ。」

ぎゅう、と拳を握り、強く目をとじる。聞こえないような小さな声で、ただ一言、

「嫌い…です…」

そう、答えた。

あの日の夜の女は特別きつい臭いをさせた女だった。
普段は男を誘うように甘い香りを放ち、夜になれば男を虜にするように麻薬のように甘美な香りを漂わせる女と評判だった。だから、抱いた。解消されるならだれでもいいが、気持ちよくなることに越したことはない。
しかしその香りは自分には臭く感じ解消されるどころかどんどん苛立ちが増していった。
貴族の娘立はこぞって甘い香りを放ちながらリヴァイに群がった。だが、さまざまな香りが混じり単体ではきっといい香りだろうに、交じりあってしまえばただの異臭でしかない。一晩風呂に浸かって取れないほどきつい香りを思いだし、今更ながら吐き気を催す。
俺だって、女特有の香水の匂いは好きではない。リヴァイはそう、なまえに答えた。

「本当に?」
「ああ…お前のように、いつもコーヒーの匂いさせてる方が俺は好きだ。」
「それは、兵長に淹れてるためであって好きでさせている訳では…っ」
「ああ…そうだ、俺がそう命じているから、お前はいつも俺好みの匂いをさせている…」

そう言って首元に顔を埋める。
今日はいつものコーヒーではなく、なまえ自身の汗と昨夜の残根の匂いだが、それは口には出さずただその匂いを堪能する。
そのお返しとばかりになまえもリヴァイの首にすり寄りもう一度、鼻をくん、と嗅いでみせる。

「今日はしないんですね…。」
「ああ…お前の匂いが消してくれたせいだろうな。」
「……私の?」
「ああ…」

何度も舐めて啜ったなまえの体液は、ほんの少し甘みを含んでいるという事はなまえ自身も知らないだろうな、とリヴァイは心の中でほくそ笑んだ。
その甘みがじわりじわりと匂いを放ち行為に溺れる二人を包み込む。麻薬のように鼻から脳へと到達し、快楽を増長させる起爆剤になっていたなどと、なまえ本人は知る由もない。



「なまえ。特別に望みを聞いてやる、言え。」

再び膝をついて視線の位置をなまえより下げる。見上げる形を取る事がリヴァイにとっての最大の譲歩だ。
戸惑い気味な表情を浮かべ、口を開けば「でも、」としか言葉を発しない。
そんななまえの手を取り、その甲に口を付ける。口づけたままなまえを見上げれば、肩を震わせ、そして可愛らしくおねだりしてみせる。

「ほかの、女の人の所…いかないでください…」
「ああ…」
「臭いも、いやです…女の人の臭いさせて、私に触らないでください…」
「わかった。」
「でも…迷惑じゃ、」
「迷惑じゃねぇ…確かに、了承した。」

手を離し、今度は足の甲に同じ行為をする。
足を震わせ、しかし動かしてしまえばリヴァイを蹴る形になるためどうすることもできず、ただ黙ってリヴァイの手に従う。

「なまえ…お前が望むなら、」

元より既に、俺にはお前しかいらないからな。
そう宣言すると、悲しみを含まない涙がひとつ、ぽろりと落ちた。
今度はその涙を拭ってやると、初めて嬉しそうな笑顔を浮かべ、なまえはリヴァイの身体に抱き着いたのであった。


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