21
行為後の独特の生臭さが充満する部屋に顔を顰める。脱ぎ散らかした服を避ける事もせず、破り捨てただの布きれになった服だったものを踏みつけながら部屋の窓を開ける。
夜のそよ風が部屋の中に入りその臭いを換気させ、もう一度ベッドの淵に腰かける。
疲れ果て死んだように眠ってしまったなまえの髪を耳にかけ、その寝顔を堪能する。
汗と体液を拭き服を着せようとしたが夢中になって破り捨ててしまったため、せめて風邪を引かぬようシーツに包めて寝かせておく。
誰かに着替えでも持ってこさせるか、どうしようかと思案していると、微かに響く足音を聞いた。
自然と視線を入り口の方に向けると、荒々しい音を立てて蹴り破られる。

「よう…丁度いい所に来たな、ハンジ。」
「…リヴァイ、一体なにしてんの。」

般若のような形相で佇むハンジもリヴァイは軽く無視し、再び眠るなまえに視線を落とす。
幾重にも重ねられた涙の跡をなぞり、少し晴れてしまった瞼を撫でる。何度も噛み千切った唇は赤黒いかさぶたができていて、その口から洩れる息はか細くて今にも止まりそうに儚かった。
部屋中を充満する臭い、いつもより気だるげに衣服を着崩したリヴァイ、泣き疲れて眠るなまえ。
一体この部屋で何があったかなど、一目瞭然だった。

「どうしてなまえが泣いてるのさ。」
「さぁ…?気持ちよかったんだろ。」
「そうは見えないけど。もう君になまえは任せられない、なまえを返してくれ。」

そう宣言し一歩を踏み出すハンジを、視線だけで制する。
さすがのハンジもビクリと肩を震わせた。

「触るな。」
「…っ、でも!」
「触るな、なまえは俺のだ。いいから黙ってこいつの着替え持ってこい、風邪引くだろうが。」

言って、いまだ小さく寝息をたてる口に唇を触れ合わせる。
それを見て、ハンジは諦めたように部屋から出て行った。それを一瞥し、もう一度なまえの寝顔を見る。飽きることなくひたすら見つめ続ける。
どんなに泣き腫らしても寝顔だけは安らかななまえを見て、ほんの少しだけ寂しくなった。それを紛らわせるように何度も何度も唇が腫れるまで、何も答えようとしない女に口付け続けた。



翌日、リヴァイは何食わぬ顔で仕事をしていた。
無言で怒りを露わにするハンジが持ってきたなまえに服を着せ、朝起きても未だに眠るなまえを起こす事もなく朝食をとるために食堂へ行きハンジに今日はなまえを休ませると報告し、それからいつも通りに仕事を始めた。
なまえが作った書類をチェックしあがってきた報告書に目を通す単調で飽きる作業を午前からずっとしていると、それなりに目も疲れてきた。
休むために少し出歩くと部下に告げ、ただ目的もなくぶらぶらと調査兵団内を散歩する。
そうしていると、偶然エルヴィンに出会った。団長ともあろう者が手ぶらでぶらついているなど不自然極まりないが、とりあえず、偶然という事にしておこう。
いい年したおっさん二人がただ目的もなくぶらぶらと、目的もなく歩く。
そして人が余り寄り付かない所まで来た所で、エルヴィンが口を開く。

「私はお前がわからないよ、リヴァイ。」

そう言って、目をふせた。
そうか、などと相槌を適当に打つ。

「ハンジから聞いたよ。随分と手荒な事をしたらしいじゃないか。」
「…なまえの事か。」
「大事にしたと思ったら手酷く扱うなんてな…てっきり彼女の事を愛していると思っていたんだが。リヴァイは彼女を傷つけたいのか?それとも壊したいのか?どれが本当なんだ?」

問われた。
しかし考える事などせず、最初から答えは決まっている。
リヴァイは眉間に皺をよせ、大きなため息をこれ見よがしに吐いた。そして、口を開く。

「どいつもこいつも、なまえの親気取りか。勘違いしているようだが俺は愛だの恋だの、そんなものであいつを見てる訳じゃねぇ…最初からな。」

ここからはエルヴィンでさえ侵入することは許さない。
そう告げればエルヴィンは肩を竦めて、ひとつ溜息を吐いた。
そんなエルヴィンを置き去りにし、その場を去る。言いようのない不安感を掻き立てられ溜まっている仕事全てを放り出し、向かう先は一つだけ。



昼下がり、まだ誰も帰っていないだろう兵士宿舎の廊下にやけに大きく響くドアノブを捻る音。
回せば難なく開き、その先の光景に僅かに目を細める。
ああ、よかった、まだいてくれた、と。

「…調子はどうだ。」
「おふろ、入りたいです。」
「夜まで待て。まぁ、一応身体は拭いてやったんだがな…。」

でも、と言葉を続け、身体の汗は綺麗になったとしても頭皮の汚れとかは取れてないと思うし、汗とか…あとなんか、やっぱり臭いので早くお風呂にはいりたい、と言葉を続けた。
何も変わらない、いつもの潔癖症で綺麗好きのなまえだった。
部屋に足を踏み入れると分かりやすい程なまえの肩がびくりと震えた。しかしすぐにそれに、しまった、という顔をする。
口で謝罪をしても震える身体はどうやら止まらないらしい。

「ごめ、なさ…ちがうの、これ…止まんな…」
「なまえ…」
「違うの…兵長の事、ちゃんと受け入れないと…お願い、痛いのだけは……っ」

何度も何度も傷つけ、その度に心を踏みにじり身体を汚し続けた。その代償がどうやらこれらしい、と冷静に分析する。
だが、そんなことはさしたる問題ではない。
一歩、また一歩なまえとの距離を詰める。その度になまえ震えるは、なんとか震えを止めようと自分の手を肩を押さえつける。爪を立て痛みを与え、それでも止まらぬ震えに涙を浮かべる。何度も何度もうわ言のようにごめんなさいと繰り返す。痛いのは嫌だと懇願する様はまるで小さな子供のようだと思った。
ベッドに小さくなまえ縮こまるの前に膝をつく。
下からなまえを見上げると、大きな目を見開いて驚愕をその表情に写す。

「…へいちょう?」
「なんだ。」

瞬きするたび、涙がこぼれる。
だが今はそれを拭う事はしない。

「昨夜の事に関しては謝罪はしねぇからな。結局行き着く先はああなる予定だったんだ。少し予定より早くなったが…まぁ、それはいい。」

手をのばす。しかしそれがなまえに届くことはなく、行き場のなくなった手をゆっくりおろす。

「お前のしたいようにすればいい。俺が嫌ならこのまま出ていけばいい。」
「……」
「だが、俺はお前に拒まれたくない。俺はお前に拒絶されたくない。だから、それをされると俺はお前を痛めつける。俺は自分の思い通りにならない事は嫌いだ。」

傍若無人で人の言うことなど聞きもしない。その性根は調査兵団に入っても変わらず、私生活ではそれを抑圧することもない。
だからこそ、女との性交渉の時、我慢できずに暴力を振るってしまう。喘ぐ口も五月蠅いと感じれば殴り、快感を求める手は捻り、絶頂に震える身体を見ては圧倒的な暴力で抑え込んだ。
性交渉も嫌いで、それでもその欲をどこかに逃がす方法もなく、そんな心と身体のバランスが取れず欲は解消されても苛立ちは消える事はなかった。
何度エルヴィンから注意を受けようと、どうしても止められない。
そんな子供のように駄々を捏ねて、男の力で屈服させるようなクズな男と、一緒になりたい女などこの世のどこを探してもいない。

貴族の女では務まらない。自分の欲を満たす人間はなまえだけだ。
綺麗な綺麗な潔癖症のなまえを、汚いと称した男に触れられる度に汚されていく快感を与えてくれるのはなまえだけだ。
なまえに触れれば全ての欲は解消された。なまえが受け入れる度、リヴァイは解放されていくのだ。しかしその代償はかつてのリヴァイと同じように、心と身体のバランスが取れずに震え拒絶しもがき苦しむなまえという犠牲の上で成り立つ。

「そんな俺を許せるならここいいろ。俺にその身体に触らせろ。俺はお前を汚したい。」

自分を犠牲にして男につき従えと、そう命令されて、それで従う人間はきっといない。

「どうしたい?なまえ。」
「………それは、命令ですか…?」

それでも問わずにはいられないのだ。

「これは俺の、無謀極めた叶う筈のない希望だ。」

この世で俺を受け入れてくれる人間は、もうなまえしかいないのだから。

自嘲し、そしてなまえから目を逸らす。
あんな事をされた後で受け入れられるはずもない。


視界の端に小さな手が見えた。そしてふわりと身体が前のめりに倒れる。
柔らかく、少し汗ばんでいて確かに昨夜の部屋に充満していた匂いと同じ香りがほのかにしているその場所に、顔をうずめる。
顔をわずかに横に向ける。張りつめていた息を一つ吐いて、白く噛み傷まみれの太ももの柔らかさを堪能する。
さらり、と後頭部を撫でられる。その手はもう震えていなかった。

「………リヴァイ兵長が、望むなら…」

唇を滑らせる。白い脚が条件反射的にピクリと反応する。

「私の事、もっといっぱい汚してもいいですから…。」

膝のあたりから、そして踝まで舌でなぞる。

「顔、あげてください…兵長、」

頬に優しく手をそえられ、そして逸らされていた二人の視線がようやくぶつかる。
そしてどちらからともなく、二人は互いの唇に己のそれを触れ合わせた。


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