09
痛くて苦しかったはずなのに、それが徐々に緩和される。無理矢理送り込まれてくる息、入りきらなかったそれが吐息となって空中に吐きだされる。
落ち着いてきた呼吸とは正反対に頭の中は融けそうだった。熱に浮かされて思考する事がおろそかになる。
さっきまで不機嫌だったはずの兵長が、今は私を汚すことに必死らしい。
いや、これは先ほどまでの兵長とは違うのかもしれない。兵長の態度にわずかに変化が見られた。

「…痛く、ない?」
「痛いのは嫌なんだろう?」
「…はい、でも」

痛くないのは嬉しい。でも、

「兵長は汚いから、触ってほしくないです。」



よせばいいのに、と誰かの声が聞こえた気がした。

「なまえよ…」
「…?」
「二度と、その言葉、吐けないようにしてやる。」

でも汚いのは嫌だ。触ってほしくないのも本当。兵長が触れた所がどんどん汚くなっていく。
元々汚い子供として産まれ育てられ捨てられて。だからこれ以上ひどくなりたくないのに。
埃っぽい床に押し倒される。見上げた兵長の顔はついさっきまでの不機嫌な顔に逆戻りしていた。肩を掴む手も、さっきまでの優しく撫でるような手から痛めつける手に変わっていた。
どうして、という疑問しか思い浮かばなかった。
どうしてそんなに怒っているの。昨日は汚いって言ったら少し喜んだ顔をしたのに、どうして。

「兵長…?」

荒々しい手が私の首に爪を突き立てる。瞬間感じた殺気にわずかに怯むが、まさか兵長が公私混同して私を殺すという行為をするわけがないと自身に言い聞かせる。
しかし手が震える。恐怖が支配する。視界の端に見えた牙が喉元に突き立てられる。言葉を発することなど許さないとでも言うように何度も何度も、吸われ舐められ噛みつかれる。
喉のあたりにある殺気、息をするたび噛みつかれるため、いつしか呼吸することも憚られる。

「理解したか?なまえ。」
「ぁ、…ぅ、ふ…」

またしても言葉を発せなくなった口に息を送る。先ほど喉元を攻めていた口と同じとは思えない程労わるようにゆっくりと口内を丁寧に舐めとる。粘膜が触れ合うたびにビクリと身体が震える。投げ出された足が脊髄反射で動くたび、伸し掛かったリヴァイの身体がそれを抑え込む。
何度か息を送り続け、そしてようやく呼吸を再開したなまえを見下ろし、首についた鬱血痕に爪を立て、そして言う。

「俺に汚されている時は言葉を発するな、ただ自分が汚されていく様をひたすら感じていればいい。」
「…いったぃ…くび、いたい…」
「なまえ、聞こえていないのか?言葉を発するな、と言ったんだ。」

耳元で音が聞こえる。そうだ、これは、リヴァイ兵長の声。
音を言葉として認識する。リヴァイ兵長の声がゆっくりと脳によって命令され、そして神経を通してそれを実行に移す。

「ん、ん…」
「そうだ、なまえ」
「…は、ふ…」

言葉を発しなければ、首をえぐろうとしていた手は優しいものに変わる。立てていた爪は収められ、傷口をゆっくりとなぞる。
見上げた兵長の顔は、嬉しそうに歪ませていた。

「そうすれば、痛くはしない…わかったか?」
「ん…」

いい子だ。そう呟いて噛み後を労わるようにべろりと舐めた。
舌のざらっとした感触と傷口に触れた痛みに震え、私は情けなくも言葉にならない声をあげるしかなかった。


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bkm
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