いするぎくんといっしょ(3)


※平和なパラレル時空
※石動が物理的・先天的に犬(ボルゾイ)になっています。
※飼い主はマクギリス
(1)(2)の続き

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#3 アルミリア様とのやくそく


「石動の毛は本当に気持ちいいわね!ずっと触っていたくなっちゃう!」

アルミリア様はそう言って私に頬ずりしてくる。体全体を撫で回されて少々くすぐったい。私を可愛がってくださるお気持ちはありがたいのだが、准将の視線が恐ろしいのでそのあたりにしておいていただきたかった。
アルミリア様はまだ力加減ができないようで、私は時折強く掴まれたり、引っ張ったりされることもある。苦しいと思うことはあるが、私は辛抱強く我慢しなくてはならない。なぜなら、アルミリア様はまだ子供で私は大人だからだ。アルミリア様と私とでは姿かたちは異なるが、大人と子供の関係性は適用されるはずだ。大人の役割は、子供の面倒をみて、時にはわがままを寛容に受け止めることだと思う。

だから私は、アルミリア様に耳を引っ張られても尻尾を掴まれても、吠えかかったり、ましてや噛み付くなどということは絶対にしないと決めている。それに、さすがにちょっと困るなと思う時には、たいてい准将が「アルミリア、そのあたりにしておいてやってくれないか」と声をかけるのだ。そしてアルミリア様がいないところで「ご苦労だった」と労いの言葉をくれる。准将は私の忍耐をきちんと認めてくださっている。それがとても嬉しい。

アルミリア様は思う存分私の毛並みを味わったのか、やっと手を離してくれた。そのきらきらとした瞳が、私をじいっと見つめている。
「……ねえ、石動。うちの子になる気はない?」
いきなり爆弾発言が飛び出してきた。どうしたのですアルミリア様。そんな真剣な目で見つめられても困ります。
私は慌てて准将の方を見やるが、准将は楽しそうに声を上げて笑っていた。こちらの気も知らないで。

「ははは!アルミリア、どういう風の吹き回しだい?」
「わたしは真剣よマッキー。石動のもふもふとずっと一緒にいたいって、本気でそう思ってるの!」
確かにアルミリア様の目は真剣そのものだった。私の背中に置いた手が熱を帯びている。准将が笑うのをやめた。その顔から笑顔がすっと消え、冷静な主人としての顔になる。
――空気が変わった。
私は肝が冷えるような感覚をおぼえた。准将とアルミリア様が睨み合っている。私はその間で冷や汗をかいている。まさか、私が原因となって夫婦喧嘩に発展してしまうのか?それだけは勘弁願いたいところなのだが……

「それはできない相談だ。石動は私の生活に欠かせない存在となっていてな。いくら君の頼みでも、はいどうぞと簡単に譲るわけにはいかない」
「……わかってる、わかってるわ、マッキー」
どちら側に行けばよいか迷っている私を、アルミリア様が優しく撫でる。淋しげな顔だった。
「石動だって、あなたと離れるのはきっと嫌だものね」
……はい。私は准将の隣にいたいのです。
正直な気持ちだった。アルミリア様のことはお慕いしているが、私の主人と呼べる方は准将ただひとりなのだ。たとえこの先、アルミリア様が准将とご結婚されるとしても。

「もふもふが恋しいなら、石動でなくてもいいだろう。ガエリオに頼んでみたらどうだい?」
「もちろんお願いしたわ!うちにも石動みたいに大きくて賢い子が欲しいって。でもね、お兄様ったらなんて答えたと思う?」
「……さあ?」
准将は意味ありげな微笑みを湛えて首を傾げた。これは答えを知っている時の顔だ。だがアルミリア様の名誉のために、自分からみすみす答えを言い当てる真似はしない――そういう時の顔だった。アルミリア様とお話をされる時、准将はよくこの顔をするので私も覚えてしまった。
アルミリア様は、待ってましたと言わんばかりに頬を膨らませた。憤慨そのものの表情である。

「『そりゃダメだ、うちはおてんばな怪獣の世話で手一杯だからな』ですって!失礼極まりないわ!」

私は思わず吹き出してしまった。怪獣。なんと的確な比喩だろう。アルミリア様は可憐な少女だが、それと同じくらいにおてんばでもあられる。まさしく小さな怪獣だ。フリスビーに散々付き合わされた私が言うのだから説得力もあるだろう。
准将は盛大に吹き出すことだけは回避できたようだが、固く閉じた唇がひくひくと震えている。笑いをこらえるのに必死らしい。先程までの剣呑な空気が一気に緩んでしまった。
「それは……随分と的確、いや、たしかに失礼な発言だな……」
「でしょう!?お兄様、わたしが気付かないとでも思ったのかしら?わたしだってさすがに自分のことを言われてるってことくらい分かるわ!なによ怪獣って!」
「君のように上品なレディを怪獣などと評するとは、ガエリオも見る目がない」
「そうよね!やっぱりマッキーはわたしのことをよく分かってくれているわ!大好き!」
「ははは、それほどでも」

アルミリア様は私を放り出して准将に抱きついた。准将も大人の余裕でもってアルミリア様を抱きとめる。
これは茶番か何かなのだろうか?本人たちはこの一連の流れのおかしさをきちんと自覚しているのだろうか?アルミリア様は完全に素であろう。准将は――本気なのかどうなのかよく分からない。
仲睦まじく戯れている2人を横目にして、私は大人しくテーブルの下へと隠れるのだった。




「ちょっと石動とお散歩してくるわね!」

准将が使用人と話し込んでいる間に、アルミリア様は私を庭へと連れ出した。アルミリア様の歩幅に合わせて、私もゆっくりと歩いて行く。左側の半歩後ろ。それが散歩をする時の私の定位置だ。
アルミリア様は軽やかな足取りで進んでいく。突然スキップを始めたかと思えば立ち止まり、歩くと見せかけて走り出す。散歩の仕方も気まぐれだった。私はそのたびにアルミリア様の横を離れぬよう調整を試みなければならなかった。
屋敷の裏側に回り、准将の姿が見えなくなった頃、アルミリア様の足取りが急に重くなった。いつの間にか顔を俯かせている。どうされましたか、と尋ねる前に、アルミリア様が小さく呟いた。

「……ねえ、石動。マッキーはちゃんと楽しんでくれているかしら?」

不安と心配がないまぜになったような声だった。私は立ち止まってアルミリア様を見上げた。准将の前では可愛らしい笑顔を絶やさない彼女が、今は泣きそうな顔をしている。
「時々不安になるの。わたしの家に遊びに来ることが、マッキーの負担になっているんじゃないかって。わたしがマッキーの家を訪ねられたらいいのだけど、それは家の者が許してくれないでしょう?だからいつもマッキーに来てもらって……気安く来れるほど、近い場所でもないのに……それでも、忙しい時間の合間を縫って会いに来てくれるわ。婚約者としての義務なのだとしても、なんだか心苦しくて」
何をおっしゃる。あなたが不安に思うことなど何一つありません。アルミリア様と一緒にいる時の准将は、とても穏やかな表情をされています。
私は懸命にアルミリア様に訴えた。決して気休めの言葉ではなかった。准将はアルミリア様と過ごす時間を何よりも大切にしていらっしゃるのだ。アルミリア様に会いに行くことを糧として、日々の仕事をこなしておられるといっても過言ではない。

「少しでも気を休めていられるのなら、嬉しいのだけど」
アルミリア様の表情は切なげだった。こんな時、自分の言葉が相手に伝わらないことを口惜しいと思う。どうにかして教えたかった。私とふたりでいる時、准将がいかにも楽しそうにアルミリア様のお話をされることを。准将がご自宅のカレンダーに、アルミリア様と会う日を赤丸で囲っていることを。
それでも言葉は届かないので、代わりに体を寄り添わせた。あなたの存在は准将の支えになっているのですと、言葉にしなくても伝わるように。
「……ありがとう。石動は優しいのね」
小さな手が私の頭を撫でた。いつもは私の毛がもみくちゃになるほどかき混ぜてくるのに、今は手の動きにも勢いがない。どうやら、アルミリア様の心配事は一つだけではないらしい。

どうしました。私でよければ話を聞きます。
アルミリア様の言葉を促すように顔を見上げる。それを受けて、アルミリア様は小さく頷いた。喉につかえたものを吐き出すように、「あのね」と零す。
「確認させて。最近のマッキー、あまり顔色がよくないわよね?」
ああ、やはりお気づきになられたか。さすがは私の主人が見初めた方だ。幼くても洞察力の高さは一級品だった。とりわけ准将のことに関しては。
私は頭を下げて頷いた。その通りです。ここ数週間、准将のお帰りがとても遅いのです。

准将は仕事上で何があったのかということを私には話さない。だが、そのお疲れぶりから、私には理解の及ばぬほど複雑で難しい仕事であるらしいことは分かる。
最近は家に戻る時間が遅くなってきている。私はできるだけ起きていようとするのだが、准将を待っている間に寝てしまっていることもしばしばだった。私が寝落ちしている間に家へ戻り、私が目を覚ます前に家を出ることも、下手をすれば1日中顔を合わせないこともある。
ただ、家の給餌器には毎日必ず私の食べ物が補給してあった。どんなに忙しくとも、准将は決して私への餌やりは欠かさない。とてもありがたいことだとは思う。だが、私は准将のいない部屋で黙々と食事をしなくてはならなかった。そればかりは淋しい。

寝室のベッドサイドに、空になった薬のごみが残されるようになったのはいつからだろう。おそらくあれはよく眠れるようになるための薬だと私は踏んでいる。なぜなら、たまにお会いできた時、准将の目の下は決まってくっきりと黒い隈が浮かんでいるからだ。アルミリア様とお会いになられる時は、顔に薬品のようなものを塗って誤魔化しているようだが、敏い婚約者にはお見通しだったというわけだ。

「わたしの前では、マッキーはいつも優しくてかっこいいでしょ?……でも、だからこそ心配になるの。無理をしてかっこいい姿を見せてくれなくてもいいのに」
それでもアルミリア様の前では無理をしてしまうのが准将という人なのだ。心配が募るアルミリア様のお気持ちはよく分かるが、婚約者には立派な姿だけを見せたいという准将のお気持ちも分かってしまうので、軽率にアルミリア様に賛同してしまうわけにもいかなかった。
ああ、准将。あなたの努力はバレバレですが、無駄ではなかったようですよ。
遠く離れた場所にいるであろう准将に向けてメッセージを送る。果たして准将には届いただろうか。

「石動」
はい。
「マッキーのことで、あなたにお願いがあるの」
はい。准将のためならばなんなりとも。
アルミリア様はその場にしゃがみ、私と目線を合わせた。まんまるの大きな瞳が私を静かに見つめている。やはりどこまでも真剣だった。彼女は私のような動物相手にも本気で接してくれる。

「マッキーは大変な仕事を抱えていて、毎日とても難しいことを考えなくちゃいけないわ。それなのにマッキーは弱音を吐くのが下手で、人に頼ることはもっと下手で、かっこつけたがる人なのよ。わたしどころか、お兄様にだってその大変さを分けてくれないみたいなの。……でも、あなたの前では違うんじゃないかしら?きっと、あなたになら見せられる弱さがあると思うの。
ねえ石動。マッキーのいちばん近くで、マッキーを助けられるのは、あなただけだから。マッキーの弱音を聞いてあげて。そして、わたしの代わりに、あなたがマッキーを守ってあげて」

それは切実な願いだった。この私ですら、すぐに頷くことを躊躇うほどに。
アルミリア様の眼差しはどこまでも真っ直ぐで、透き通っていた。自分にできることとできないことを冷静に見極めている。できないことを嘆くのではなく、別の誰かに託すという選択肢を知っている。
私は、彼女に「子供」というラベルを貼り付けていたことを思い出した。そして、そのラベリングがまったくの見当違いであることに気付いた。彼女は単なる無知な子供ではない。知らないことを理解し、その上で何をするべきかを考えることができる人間だった。

私はアルミリア様の青い瞳をじっと見つめ返した。「守る」という言葉の重みを確かめるように。そうしてゆっくりと告げた。
――わかりましたアルミリア様。あなたの代わりに、私が准将を守ります。
アルミリア様は、返答の代わりに深く頷いた。私の言葉は彼女には理解できない。だが、思いは伝わった。私も彼女と同じ気持ちなのだから。准将をお守りしたいという、切実な願いを共にする者同士だった。




私と准将がボードウィンの屋敷を後にする頃には、もう日は沈みかけていた。みかん色の夕日に照らされて准将の横顔もみかん色になる。
「では、私はこれで。会えて嬉しかったよ、アルミリア」
「ええ!またいつでも会いに来てね!」
名残を惜しむ抱擁を終え、2人はゆっくりと離れる。別れ際のやり取りを見るたびに、私はほんの少しだけ羨ましいと思ってしまう。だが、アルミリア様が准将と唯一無二の間柄であるように、私もまた、私と准将とでしか築けない関係を得ているはずなのだ。驕りではなくそれは自負だ。

「石動!」
帰りの車へと辿り着く間際、アルミリア様から呼び声がかかる。振り返れば、彼女が満面の笑顔で私に手を振っていた。
「わたしとあなたで、マッキーを守ろうね!」
先程交わしたばかりの約束を、茜色の空へとはばたかせる。

私の傍らで准将がまばたきをした。
「どういうことだ、石動?」
いえ、こちらの話です。
私が澄ました顔で答えると、准将はますますわけがわからないという顔で眉間に皺を寄せた。その反応が愉快でたまらなかった。私とアルミリア様の秘密の約束。それは准将のために交わされたものであるが、当の本人は不思議そうに首を傾げている。それでいいのだと思った。
私達は、あなたのために生きていく。


(4)に続く


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2017/03/21


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