いするぎくんといっしょ(2)


※平和なパラレル時空
※石動が物理的・先天的に犬(ボルゾイ)になっています。
※飼い主はマクギリス
(1)の続き

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#2 フリスビーであそぼう


「マッキー!」
ぱあっと花が咲くような笑顔が私達を出迎えた。こちらへ手を伸ばしながら一目散に駆けてくる。准将は手を広げながら腰をかがめ、その愛らしい少女を抱きとめた。彼女はアルミリア様――准将の婚約者だ。

「ひさしぶりねマッキー、会いたかったわ、とても!」
「私もだよアルミリア。待たせてしまってすまない」
「いいのよ、忙しい中会いに来てくれただけで嬉しいわ。それに石動も連れてきてくれるなんて!ね、石動!」

満面の笑みが今度は私に向けられる。とても眩しい。私は目を細めてアルミリア様に頭を下げた。
お久しぶりです、アルミリア様。お変わりないようで何よりです。
私の礼に応じるように、アルミリア様は両手をいっぱいに広げて私を頭ごと抱きしめてきた。私の体は大きいので、アルミリア様はご自分の体全体を使ってハグしなければならない。優しく私を撫でてくる手は、まさしく子供の手だった。
「ああ、石動はいつもふわふわね!」
准将が私を撫でる時は柔らかく包み込むような感覚だが、アルミリア様はガラス窓の拭き掃除でもするかのごとく、大振りな手つきで私を撫で回す。これはこれで好きだった。

「はは、妬けるなあ」
私の隣で准将が言った。准将には申し訳ないと思うものの、これは毛皮をもつ私だけの特権だ。こんな時くらいアルミリア様を独り占めさせてほしい。
准将の声は笑い混じりだが、どこか乾いていた。その言葉の端々に本気の嫉妬を感じさせる何かがあった。だめでしょうか。……だめですか。准将の目がすこし怖い。
私がいよいよ身の危険を感じるようになった頃、アルミリア様はふわりと私から離れ、准将の手を握った。途端に准将の周囲を取り巻く空気が和らぐ。私のご主人は案外わかりやすい人だ。そして、准将の考えていることが分からずとも、そのお心を軽くするような振る舞いが自然にできるアルミリア様は、やはりすごい方だと思う。私も見習わなければ。



「いするぎー!いくよ、せーのっ!」

アルミリア様が思い切り振りかぶり、フリスビーを投げる。力を入れすぎたせいで、フリスビーは想定を外れてあらぬ方向へと飛んでいく。もったいない。もう少し斜め上に投げてくれれば、もっときれいに飛んで行くのに。
私は口惜しい気持ちになるが、それでもアルミリア様の投げたフリスビーを全力で取りに行く。息を上げながら戻ると、アルミリア様は嬉しそうにまた頭を撫でてくださった。
「いい子ね、石動。今度はもっとうまく投げてみせるわ!」
やる気に満ち溢れた表情である。アルミリア様はいつでも本気だ。私もそれに誠心誠意応えたいと思う。

2投目は、投げるというより打ち上げると表現した方が近い。先程よりも高く飛んだが、飛距離が足りない。空高く舞い上がったフリスビーは、そのまま急降下して地面に激突した。ああ、とアルミリア様が落胆の声を上げる。落ち込む姿を見たくなくて、私は努めて大げさに体を振り回して駆けた。アルミリア様、あなたが投げてくださるフリスビーはとても楽しいです、と。そう伝わるように。
「どうして遠くに飛んでいかないのかしら?」
アルミリア様は首を傾げてフリスビーを手に取る。鮮やかな黄色の円盤。目玉焼きの黄身のような色だ。遠くに飛べばさぞかし綺麗な流線を描くだろう。だが、未だその域には至らない。

准将はテラス席で私達の様子を眺めていたが、アルミリア様を見かねてか、こちらに近寄ってきた。
「マッキー、このフリスビー、どこか調子が悪いのかも」
「そんなことはないさ。……貸してごらん」
准将は穏やかに笑ってフリスビーを譲り受けた。まさか。私の体が、電流を流されたかのようにびくりと跳ねた。胸が高鳴る。嬉しい期待と抑えられない興奮が体中を駆け巡る。まさかまさか、准将!やるのですか!
私の期待の眼差しを受けて、准将は口の端を軽く上げた。目で合図してくる。準備はできているな?というメッセージだ。
もちろんですとも!
私は間髪入れずに大きく頷いた。ああ、この時を待っていたのだ。

准将は小さく笑ってフリスビーを構えた。私は目を爛々と輝かせ、食い入るように見つめる。一瞬たりとも目を離すまいと思った。最高のタイミングで駆け出すために息を詰める。
ひゅんっ、鋭い音とともに、フリスビーが准将の手から放たれた。手首のスナップを十分に効かせた一投だ。空気を切り裂いて飛んでいく。瞬間、私はロケットのように勢いよく走り出した。あのフリスビーに追いつくために!
走る。全力で走る。目指すはあの黄色。流星のように空を縫うフリスビー。負けてなるものか。追い風が私に味方する。フリスビーは徐々に高度を落としていく。私の脚はまだ走ることをやめない。――あと、すこし!
私は力の限り跳躍した。そして目の前に迫ったフリスビーをしっかりと口でキャッチする。その瞬間、遠く後ろでアルミリア様の歓声が聞こえた。

――やった、やりましたよ、准将!
完璧なタイミングでキャッチすることに成功した。私はフリスビーを口に咥えたまま、准将のもとへと一目散に駆けていった。准将はわしゃわしゃと力強く私の頭を撫でてくれた。
「よくやった、石動」
はい。やりました。
「すごーーーーーい!!!すごいわ、石動!かっこよかった!すごい!!マッキーも!」
アルミリア様は「すごい」を連発し、興奮気味にぴょんぴょん跳ねていた。まるで小兎だ。アルミリア様は、准将がフリスビーを投げる場面を今日初めて見たらしい。

アルミリア様にとって最も印象的だったのは私がフリスビーをキャッチできたことのようだが、本当の凄さは、むしろフリスビーを投げる准将の技術にこそあると私は考えている。私がきちんとキャッチできるよう、投げる角度、速さ、風の向きなどを計算した上で投げてくださったのだ。
准将は殊更にご自分の手柄を誇ることはないが、私はよく知っている。私のご主人は、フリスビーを投げるのが世界でいちばん上手だということを。



あれから、アルミリア様は准将からフリスビーの投げ方をレクチャーしてもらうことになった。准将は教え方がとてもお上手だ。そしてアルミリア様も素直で一生懸命な性格ゆえ飲み込みが早い。
始めは暴投続きだったアルミリア様も、みるみるうちに投げ方が上手くなっていき、最後には美しい軌跡を描くことができるようになっていた。その域に至るまで、フリスビーを投げ続けること数十回。私はひたすら走り続け、アルミリア様の特訓に最後まで付き合った。
「ああ、楽しかった!」
額に汗を浮かべながらも、アルミリア様は非常に満足げな表情を浮かべていた。「さ、たくさん動いたことだしお茶にしましょう!」とご機嫌な足取りでスキップしていく。
そのお姿を視界に入れながらも着いて行くことはできず、私はぐったりと芝生に寝そべる。疲労困憊だ。アルミリア様に楽しんでいただけたのなら何よりだが、もう体力の限界を迎えそうだった。

「付き合わせてしまって悪いな、石動」

上から声が降ってくる。私の横で、准将が苦笑いしていた。
「彼女は、一度こうと決めたら最後までやり遂げないと気が済まない性格なんだ。兄とよく似ている。……ご苦労だったな」
さすがに疲れました。しかし、私も楽しかったので。
社交辞令ではなく、本心からの感想を述べた。確かに疲れはしたが、それ以上に楽しかったのだ。准将とアルミリア様と私で、目一杯遊ぶのが楽しかった。
准将がアルミリア様の家を訪ねるのは、1か月に1度程度だ。だから高望みはしてはいけない。いけないけれども――願うなら、この楽しい日々が毎日続けばいいのにと思った。



(3)へ続く

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2017/03/15


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