エンドロールのその先へ(2)


エピローグ


シャイニング事務所のフロア1階に設けられた談話スペースは、打ち合わせなどの用途に広く使われている。
内外問わず誰でも利用可能なため、普段は多くの人の話し声で賑わう場所である――はずだった。しかし現在、談話スペースの三分の一は空いていた。利用する人がいないわけではなく、むしろ座りたい気持ちは山々なのだが、あまりにも殺伐とした空気のせいで近寄りがたいのだ。談話スペースを利用しようと訪れた人は、その物々しさに目を見開いては「関わらないでおこう」という顔で踵を返すのだった。
その殺伐とした空気を生み出している張本人たちは、談話スペースの一番奥の席を陣取っている。かれこれ三十分は話し込んでいるようだが一向に終わりが見えない。

「だからその案は却下だっつってんだろ。何回言えば分かるんだ」
「ならもっとましな代替案を出してくださいよ。否定するだけ否定して良い気になっていないで」
「俺の案ならさっき出した。お前がごねたから面倒なことになってるんだろうが。もうこの案で進める。いいな?」
「よくありません」

四ノ宮砂月と一ノ瀬トキヤの二人だった。細かい文字の書かれた資料をテーブルの上に広げて、ああだこうだと言い合いを繰り返している。
彼等は数か月先のメジャーデビューに向けて、どういったコンセプトで売り出していくかを決めるために打ち合わせをしているのだった。本来ならプロデューサーを交えて話すところではあるのだが、その前に二人で大体の方向性を決めておこうとしたのだ。だが、二人だけの話し合いがうまくまとまるわけもない。始めの頃は一応「議論」の体を成していたのだが、白熱するにつれて加速度的に口調が激しくなっていき、今はもはやただの喧嘩になりつつある。

「あなたの案だとあまりにも音楽性を前面に出しすぎなんです。それが悪いとは言いませんが、もっとファンのことも考えないと。独りよがりでは誰も応援してくれませんよ」
「へえ?じゃあそいつらに媚び売って、歌よりダンスだのトークだのを優先するのかよ?さすが王子様だな」
「媚びとファンサービスは違います」
「はっ、どうだか。歌以外に力入れて音楽を蔑ろにするならアイドルなんかやめちまえ」
「音楽を蔑ろにした覚えはありませんが!?その発言、今すぐ撤回してください!」

ヒートアップする喧嘩に周囲の人々がおろおろし始めた頃、長身の男性がつかつかと二人に歩み寄ってきて、砂月とトキヤの頭を順番にバインダーでひっぱたいた。スパーン!スパーン!と小気味いい音が鳴り響く。

「おい。周りの迷惑になってんぞ」
「あ……日向さん……」

痛む頭をさすりながら、トキヤは目の前に立つ龍也を見上げた。事務所で騒ぎを起こすなと散々釘を刺されていたのにこの有様だ。龍也は明らかに怒っていたし、周囲に目をやれば何人かの人がこちらを心配そうに見ている。トキヤは急に我に返って自分の行いを恥じた。
「……すみません、周りが見えていませんでした」
トキヤが悄然と頭を下げると、龍也は怒りを納めて頷いた。向かい側に座っていた砂月もさすがにばつが悪いと感じたのか、「フン」と鼻を鳴らしてソファーに座り直した。さっきよりも少しだけ姿勢を正して。

「分かったんならいい。……で、これは追加の資料だ。デビューに向けてメディアへの露出も増やしてくからな、しっかり目を通しておけよ」
龍也は新しい紙束を二人の前に置いた。雑誌のインタビュー、ラジオのゲスト、音楽番組への出演――デビューシングル発売前後のスケジュールが事細かに書かれている。この膨大な仕事量に「うっ……」と顔を青ざめさせるのが普通だが、こと四ノ宮砂月と一ノ瀬トキヤに関して言えば真逆の反応だった。二人とも目をぎらぎらと輝かせて、食い入るように資料を見ている。きらきらというより、ぎらぎら。まるで獲物を前にする飢えた獣だ。ハングリー精神の塊と言っていい。相変わらず新人とは思えない。
こういうところは似た者同士なんだよなあ、と龍也は笑いそうになった。環境は大幅に変わったはずだが、根底にある性格と関係性は卒業しても変わらない。

「これは序の口だ。これから嫌になるほど仕事が舞い込んでくる。こんなところでいちいち衝突してちゃキリねえぞ」
「衝突したくてしてるわけじゃない。こいつがうるさいだけだ。いつまでも甘ったれたこと言いやがって」
「その言葉そっくりそのままお返ししますけど?自分のこだわりを曲げられないで駄々をこねているお子様はあなたの方です。プロの世界でそんな我侭は通用しませんよ」
「あ?誰がお子様だ」
「四ノ宮砂月さん以外に誰がいるんでしょうね」
「上等だ表出ろ」
「だからやめろってお前ら!!」

龍也が間に入らないとすぐにこれだ。二人を無理やり引き離して座らせるが、まだ互いに物凄い形相で睨み合っていた。
早乙女学園の卒業オーディションに優勝し、デビューが約束されたはいいものの、一事が万事この調子だ。このままでは予定通りにデビューできるのかも分かったものではない。

――だが、なんだかんだいっても、最終的には期日にきっちり合わせて仕上げてくるのがこのペアなのだ。早乙女学園でもそうだったし、デビューしてからもきっと同じなのだろう。目が合えばすぐ喧嘩になるのに、決してその隣を離れようとはしない。
砂月の作った曲を誰よりも輝かせられるのはトキヤで、トキヤが最も輝ける曲を作るのは砂月なのだ。それが分かっているから、二人はパートナーであり続ける。

作曲家とアイドルの道のりは、まだ始まったばかりだ。




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2021/09/05





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