( 5/12 )


食費光熱費水道代諸々を全てバイトでやりくりしているので、当然それなりにシフトは詰まっている。バイト先も一つではなく掛け持ちしているし、マンションは親がお金を払ってくれたとはいえ──貰いっぱなしは悪いのできちんと返していくつもりだ。
つまりなにが言いたいのかというと、とにかく帰る時間帯がバラバラで尚且つ遅い、ということである。

「9時半……ギムレー、大丈夫かなぁ……」

腕時計を確認しながらぽつりと呟く。一応、帰宅時間はこれぐらいだと言っておいたが心配だ。
講義中も彼のことが気掛かりで、わりと仲が良い教授にも「みょーじ、ぼーっとすんなー」と注意されてしまった(それは完全に私が悪いので反省するしかない)。
バイトは、私の体感でかなりのブランクがあったせいで手際が危うい場面もあったけど、身体がある程度覚えていてくれてどうにか切り抜けられた。体力の消耗も、戦場で動いていたお陰か随分と少ない。
さて、私の部屋の前に着いたわけだが──扉を開けたら家具の残骸が無残な姿で横たわっていました、とか嫌だからね!?

(大丈夫、大丈夫だよなぁ。……うだうだしていても仕方がない、よし)

鍵を差し込んでロックを解除し、ドアノブを捻る。そして、緊張を抱きながらも一気に開けた。

「ギムレー、た、ただいまー……」

返事はない。まぁ、そこはあのギムレーだし元々期待していなかったから全然いいのだけど。
靴を脱いでリビングに向かう、家具はどうやら無事の様子でほっと一安心。電気がついているから、ギムレーは大人しく留守番していてくれていたようだ。
ちなみに、電気の付け方は朝に教えてきた。今日は遅くなるからと一番最初に覚えてもらったのだが、実践してくれていたみたいでよかった。

「遅い」

「ごめんね、バイトしなきゃだからさ──って、なに見てるの!?」

リュックを置きながら何気なく、ソファに腰掛けているギムレーの手元に目をやると、そこには昔の私が写ったアルバムがあった。
帰宅して早々、仰天する。一体どこから引っ張り出したんだそれ。
まさかそんなものを発掘しているだなんて思いもしなかったので慌てて奪い取ろうとすれば、いつの間にか背後に出ていたギムレー本体に襟を噛まれて止められた。

「やることがなかったから暇でね。本棚の奥にこれがあったから眺めていたんだよ」

「やめてやめて眺めないで!今すぐ閉じて!!」

騒ぎ立てて気付いた。──これ、ギムレーには逆効果なんじゃ?
後悔した時にはもう後の祭り、私が嫌がったものだから彼はとても楽しげに口角を歪めて、私の目の前で堂々と、しかもアルバムの中身が私にも見えるように写真を指差していく。

「なんだいこの服は、いつの君だ」

「それは制服!中学生の頃!!ああもう、恥ずかしいから見ないでー!!」

「これは?」

「高校生!!修学旅行!!」

「見るなと吠える割には律儀に教えるんだね。──だが、わかりきってはいたことだけど、……人間は本当に早く老いていく」

「……え?」

パラパラとページを捲っていたギムレーはふと、何処か寂しげにそう零した。それは、見た目が変わっていくことへの揶揄でもなんでもなくただ、改めてそう実感したかのような──哀愁を漂わせるものだった。
思わずそれに問い返せば、ギムレーはまるで失言でもしてしまったかのように手を口元に持っていって、迷う素振りを見せながらも閉じたアルバムを傍らに置く。
そしてそのまま立ち上がると、未だにギムレー本体に動きを阻まれたままの私の前へと立った。

「人間は嫌いだ。奴等は都合の良い時に崇め、恩を忘れ、救世の英雄を気取る。だが、なまえ、君は別だ。僕はこれでも、君のことは本当に気に入っているんだよ」

「えっと……ありがとう?」

その血色の悪い手が、壊れ物を扱うかのようにそっと私の頬に添えられる。
長い睫毛に縁取られた紅い瞳は、色々な感情を綯い交ぜにして私を見下ろしているが、その奥に混ぜこまれた感情の全てを私が理解することはできないし、分かろうとしてもきっと無理なのだと思う。
それは一重に種族が違うから、生きた年月が違うから。ギムレーに記憶がないとはいえ、彼は私よりも──人間なんかよりも永く生きている。故に、たかだか二十数年生きた私程度は、彼にとっては赤子のようなものなのだろう。
そんな私が、彼の全てを理解なんてできるはずがない。きっと、知ろうとするのも烏滸がましいことだ。
──でも、陳腐な表現かもしれないが、私の勘違いかもしれないが、どうしてか苦しそうに見える彼になんの言葉も掛けないなんてできるはずはなかった。

「ギムレー、確かに私は人間で、すぐ死ぬ。寿命を全うしても、竜である貴方にとっては花が咲いて枯れる程度の短い期間かもしれない。私は、貴方がどうして苦しそうかなんてわからないし、これだって勘違いかもしれない。けども、私は貴方が手を貸してくれた恩を絶対に忘れないよ。ギムレーがどんな存在であれ、アスク王国や私の英雄だよ。ずっとずっと、貴方が応えてくれたことを私は覚えている」

「────…………」

頬に添えられている手がゆっくりと動く。撫でるような手付きはどこか擽ったくて、僅かに身を捩らせるとギムレーは私の髪を掬って梳かした。
ギムレーは無表情だ、ただただこちらを見つめ続ける彼は作り物めいた不思議な艶やかさを放っている。普段もその雰囲気は人間離れしているが、今この時は私でも目を奪われて離せないぐらいには異質で幻怪なそれを纏っていた。
言葉も発せず、息をすることも忘れてしまいそうな中、彼の端整な顏が静かに近付いてくる。
このまま動かずにいると、やがては──けれども私はそれをわかっていながらも微動だにできず、意識の半分が夢に囚われてしまったかのように呆けていたのだが──

「……えっ!?ギムレー、腕が!!」

視界の片隅でギムレーの左腕の輪郭がぼやけた気がして我に返った。
気のせいかと思ってもう一度見てみればやはりぼやけているし、なんだか半透明だ。慌ててギムレーの左腕を指し示すと、煩わしげにちっと舌打ちをしたギムレーは気怠そうに自身の腕へと視線を落とした。

「腕、き、消えてる!!どうしたのそれ!?」

「君が気にすることじゃないよ」

「いやいや、でも、それ……」

「少し黙れ」

慌てふためく私が鬱陶しかったのか、右手で頬を鷲掴みされて口を塞がれた。
そのままギムレーは集中するように左腕を凝視すると、数秒も経たずにその歪みは消えたのだが──

「……っ」

覚束無い足取りで私から距離を開けたかと思えば、ぼすんとソファに座り込んだ。
私の襟を噛んでいたギムレー本体も気がつけば消えていて、私はキッチンでコップに水を入れるとギムレーに駆け寄る。

「ギムレー、大丈夫!?」

「別に、これぐらいなんともない」

水を一気に飲み干すと、少しばかり顔色はよくなった。だが、心配だ。
ギムレーには休んでもらって、夕飯を作ろう。具合が悪そうだからなるべくあっさりとしたもので。
夕飯を食べ終えた後にお風呂に入れるかと聞くと、彼は入りたそうだったのでシャワー等の使い方を教える。
辛かったら私のベッドをまた使っていてもいいと言ったのだが、彼は私がお風呂を出て髪を乾かすまで起きていてくれた(少し眠そうだったが)。
もう夜も遅いし明日の準備も終えて、ここで漸く就寝──となるのだが。



「ギムレー、離してほしいんだけど」

「五月蝿い」

どうしてまた、私は彼に抱き締められているんだろう。
いや、私も最初は断った。私はソファで寝るからと断った。けれども、ほとんど無理矢理な形で結局はギムレーの腕の中に収まってしまっている。

「なんで私をわざわざ……?狭くない?」

「小間使いなんだから当然だろう」

「いやいや!アスク王国に居た頃はこんなことしてこなかったでしょ!それに、これも私が自意識過剰なだけかもしれないけど性別的に──って、寝てるし……」

なんと、私が喋っている途中に彼はもう夢の中に旅立っていた。
いいのかこれは、ギムレーそのものは明確な性別はないかもしれないけど、男のルフレの身体な現在は私としても色々と困る。
別にギムレーやルフレをそういう目で見たことはない、というか立場が違いすぎて見れなかったのだが──兎も角、ダメな図なのではないだろうか。

(と、脳内で散々考えたけど。どう考えても私が意識しすぎなだけだし、馬鹿らしくなってきた)

頭が冷えれば、ギムレーはそんな些細なこと──少なくとも彼にとっては取るに足らないであろう問題を気にするわけがないという結論に至る。
なんだか、一人で騒いで阿呆みたいだし結論が出ればどっと疲れが押し寄せてきた。
ギムレーがどういう意図で私を抱えているのかは知らないが、なんでもいい、もう眠い。
少し寝にくいが、まぁギムレーも飽きたらやめるだろうし、少しの辛抱だ。案外抱き枕が欲しかっただけなのかもしれない。

「おやすみ、ギムレー」

触れてみたくなって彼の髪を撫でてみると、ほんの少しだけギムレーの眉間の皺がほぐれたような気がした。


PREVNEXT


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -