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なんだか暑い、それに窮屈だ。寝返りを打とうとしたら身動きが取れなかったのでつい目を覚ましてしまった。
カーテン越しに薄光が室内をぼんやりと照らす夜明け前、目覚ましを合わせた時刻よりもだいぶ早いが、一体なにが私の身動きを阻害しているのだろうと横に目をやれば──

「…………ンッ!!??」

見慣れた暗い色合いのローブと、淡く落ち着いた色のシャツ。紛うことなくギムレーの器であるルフレが着用している衣服、それが目と鼻の先にあったのだ。

「ん、んん!?んんん!!??」

慌てて身体を起こそうとすれば、腹に乗せられているなにかに阻まれるではないか。布団の中をまさぐってそれに触れると、固い感触。これは──どう考えても腕ですね。はい。誰のかって、ギムレー以外にはいないでしょ。
あれ?つまりこの状況、私はギムレーに抱き締められている?

「え、なんで?私、ソファで寝てたはずじゃ……」

首を動かしてそろりと見上げると、彼の端正な顔が目に入る。もう見慣れていたから今までなにも思わなかったが、こう見るととても綺麗な顔立ちをしているな。
手入れはしていなさそうなのにさらさらな白髪に長い睫毛、鼻筋も整ってて薄い唇も柔らかそうだ。
女の私よりもずっと綺麗な顏は正直言うとかなり羨ましいが──邪竜だからなのだろう、ルフレの姿形をしていても随分と人間離れしている印象を受けた。

「って、どうしようこの状況……」

「……うるさいな」

一人言が多すぎたのだろう、昨日はあれだけ起こしても起きなかったギムレーが僅かに身じろぐと、まだ眠たげに瞼を持ち上げた。
だが、一言の文句だけ言ってまた眠ろうとしていたので慌ててギムレーの身体を揺さぶる。

「ギムレー!私、なんでここで寝ているの!?」

「なんだっていいだろう……。日も登ってないのに騒々しいよ……」

「よくないよ……。とりあえず、水が飲みたいから離してほしいんだけど」

「小間使いなんだから大人しく側にいなよ……」

あ、また寝てしまった。抗議しても腕が退けられることはなく──むしろ、一度目覚めてしまったからか尚更強く抱き締められて、抜け出せる隙は見当たらなかった。
こうなってはもう動けないだろう、逡巡したが睡眠不足による負担を考えた私もまた二度寝することにしたのだ。



















「それじゃあ、大学に行ってくるから」

「小間使いのくせに僕に留守番をさせるなんていい度胸じゃないか」

「仕方ないでしょ。ギムレーと一緒に行くわけにもいかないし……」

そう、今日も大学がある。当たり前だがギムレーは連れて行けないので留守番してもらうしかないのだが──予想できていたことだが、とても不機嫌そうだ。
とりあえず、起きてから外出する準備をしつつ教えられることはギムレーに教えたつもりだ。勿論、いくら理解が早いとはいえ全部を教え切れたわけではないが、少なくとも私の今の生活状況は簡単に説明した。
ここは私の親が上京祝いにと買ってくれたマンションであること。マンションという概念を一から説明するには思ったよりも苦労したが、宿舎を例に挙げてどうにか頑張った。私は大学という学び舎に通っている大学生で、生活費を稼ぐ為にアルバイトをしていること。後は大体の帰宅時間も言ったか。
まだまだ教えなきゃならないことは沢山あるのだが、所要時間が膨大になるので残りは追々話をしていく。
そういえば、ギムレーは帰還できるのだろうか。来た理由がわからない以上帰還も難しいよね。
それもまた後々にしっかりと話し合っていかないと。

「とりあえず、電車の混む時間帯避けたいからもう行かないと!それじゃあお留守番よろしくね!!」

「待て、なまえ──」

バタンと玄関の扉を閉めるといそいそとエレベーターのボタンを押す。ちらっと振り返ったがどうやら諦めたのか玄関から出てきてはいないようだった。
まずは一安心、後は大人しくしていてくれることを祈るのみだが──

(大人しく、していてくれるかなぁ……)

一抹の不安に駆られながらも私は大学に向かうのだった。


















閉められた扉をじとりと睨んで、彼はため息を吐く。
小間使いのくせに僕を放るなんて、と内心悪態を付きつつも仕方なくソファに腰掛けるが──

「僕にどうしろと……」

とにかく、やることがない。なまえの部屋にあった本を読もうとしたがギムレーにとっては内容が低俗すぎてすぐに本棚に戻した。ゲームもあるが、起動方法がわからないのだからプレイする以前の問題だ。
人間に近しくなってしまったせいで腹が空くのでなまえが作り置きしていった昼食を食べたが、その後は率直に言って暇を持て余している。
外に出られればまだマシなのだろうが、なまえに"出るな"ときつく言い含められたのと、力が弱まっている中で見知らぬ土地を闊歩する愚かさは持たないので今はまだ室内で様子見をすることにしている。
気晴らしに戦争を起こしたいが、ここまで弱体化されてしまっているとそれも難しいだろう。
晴らせずに溜まる鬱憤を紛らわすように、ギムレーは何故己がこの世界に来てしまったかについて考察をすることにした。

「このペンは……確か、この部分を押していたな。全く、使い辛いね」

紙と、その辺に転がっていたボールペンを手に取る。昨夜なまえがやっていたように見様見真似でノック部分を押すと芯が出たので、インクをつける必要のないことを物珍しく思いながら、紙に情報を整理していく。

(思い出そうにも、元の世界での記憶がほとんど全て消えている。だが、アスク王国でなまえに召喚されてからの記憶のみは健在だ。であれば、──此度もわざわざなまえの元へ来てしまったのだから、なまえに関係があることは確かだけれど)

なまえは、丁度昨日に彼女の在るべき本来の世界に還ってきたと言っていた。そして、ギムレーがこちらに転移したのも時間はズレるが昨日だ。
となると、自ずと原因は"なまえ"ということになってくる。だが、ここで焦点を当てるべきは単なる偶然か事故か、確たる要因があるのかだが──

「まぁ、なんでもいいさ。彼女は僕の半身となるべき存在だ。──そういえば、絆だ運命だと五月蠅かった奴がいたな。癪だが、アレの言葉を借りるのならば"運命"ということだろう。何故かなんてどうでもいい、取るに足らない疑問だ」

どうにも嫌悪を催すかの聖王とやらの言葉を借りたが、なかなかどうして──甘美な響きなのだろうと邪竜は嗤う。"運命"などと、忌々しさこそあれど好意的に思うことはなかったはずだが、なまえとの絆、などという曖昧で目に見えないものを"運命"と呼称するのなら、悪くない。
最早、"どうして"ここに来たのかなんていうことはギムレーにはどうでもよかった。大まかな予測はつけど、だからどうということはない。還ろうとも思わないのだから、暇潰し以外でそれ以上を究明しようという気は皆無だった。

「なまえ──僕の半身。意識的であれ無意識であれ、僕をまた"喚んだ"のだから、約束通りなまえ、君の時間を捧げてもらうよ──」

──今度は逃がさない。
世界が何処かなんて些細な問題だ。召喚士との絆の契り、恐らくはあれによる縁によって事故のような形でギムレーは召喚された。いや、召喚というよりは無理矢理引き摺られたと言った方が正しいのかもしれない。
なまえは、アスク王国と繋がる異界とは構造の違う世界から喚ばれた。であれば、転移中が不安定であっても不思議ではない。そこで、彼女は特に絆を深めたギムレーのことを思い出すなりなんなりしたのだろう、それにより生じた小さな歪みが切っ掛けとなってギムレーをこちらに招いた──というのがギムレーの見解だが、ここまで推察できていて彼はそれを一蹴する。
考察に違和感があったからではなく、必要がないからだ。ギムレーは、この世界に滞在することを今決めた。だから、無意味な推理は必要なんてない。

「──でも、この世界は僕という異物を"許容できない"らしいね。煩わしい」

己の手を見やる。その血色の悪い掌は僅かに透けて、床のフローリングを透かして見ることができた。まるでノイズのように輪郭が時折揺れることもある。
それは、ギムレーというイレギュラーな存在を受容しきれないことにより発生したズレなのだが──このまま放置していれば何れはギムレーもこの世界から弾き出されて元の世界に戻されるなりしてしまうのだろう。
それは駄目だ、それはまたなまえを逃がしてしまうことと同義。であれば、力技でどうにかするしかない。

「僕の力を削ったからといって、そう素直に弾けると思うなよ。僕は──我は、邪竜ギムレー。この程度の構造を捻じ曲げることなど、容易い」

不敵に笑うギムレーの瞳は、異様に不気味に、されど美しく、光を蓄えた紅玉のように輝いていた。


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