▼ A-dur 10
お茶会が終わって、僕は潤ちゃんのお見舞いに行くことにした。
食欲はあるのかな?風邪ってけっこうひどいのかな?体調を崩しているのだとしたらそれはそれで可哀想なのだけれど、のむちゃんが言っていたような精神的なものではありませんように。
ピンポーン
「潤ちゃーん、だいじょぶー?」
チャイムを押して、潤ちゃんに呼びかけても、だれも出てこない。
「潤ちゃんー?」
「なに?」
「わっ、びっくりしたー!潤ちゃん、部屋にいるとおもったのに!」
後ろから突然声が出て振り返ったら、潤ちゃんが立っていた。あれれ?体調悪いって言っていたのにお外にいる…!
「ごめんね、ちょっと…えっと貧血っぽかったからお茶会休んだけど、少し寝てたら治ったの!」
「なんだぁよかったあ」
「っていうか匠ちゃん、ここのドア結構遮音だよ?外から呼んでも聞こえないからね、ふふ」
「あ、そっかぁ〜」
僕もつられて笑ったけれど、潤ちゃん、なんかいつもと違うような気がする。潤ちゃんは笑うとき、おっきな目がぎゅっと細くなるのに、今日はその目が悲しそうな気がした。
「あ!お見舞いにゼリー持ってきたから、よかったらたべて?」
「え!うそーありがとう!でも僕、もうお見舞い来てもらうほどじゃないし…そうだ、一緒に食べない?」
はいってはいって、と潤ちゃんは僕の返事も聞かずに鍵を開けて僕の腕をとった。
「潤ちゃんセッキョクテキ…」
「あはは、何それ!
…なんか誰かといたい気分でさ」
「え?なぁに?」
「んーん、何でもないよ!」
ぽそり、つぶやくような声が聞き取れなかったのだけれど、その答えは返ってこなくて。やっぱりいつもと違うな、潤ちゃん。
椅子に座って、テーブルにゼリーを並べた。
「わあ、おいしそう!匠ちゃん、どれ食べる?」
「潤ちゃんのために買ってきたんだから潤ちゃんが選んでよお」
「えーっと、じゃあこれ!いただきます!」
えへへと潤ちゃんはりんごのゼリーを選んだ。潤ちゃんらしいチョイス!
「あ、そういえば潤ちゃん、作文書いたあ?リーダー志望の」
「あー…まだだった…」
潤ちゃんは、手を止めた。何かを考えているのか、じっと手元のゼリーを見つめている。
「どうしようかな…リーダー。」
「えっ、リーダーになるのやになっちゃったのー…?」
「いや、とかじゃ、ないよ。でもほんとに、このままでいいのかなって。僕は、僕の気持ちは、置いてけぼりな気がする。」
「潤ちゃん…」
潤ちゃんは、園田さま以上に村崎くんがすきなんだ、きっと。だから、迷うんだ。
でも村崎くんには親衛隊があるし、潤ちゃんはその親衛隊に呼び出されていて。…いや、本当に呼び出しだけなのかな、制裁なんて受けてたらどうしよう。
「なんてね、なに言ってんだろ僕!僕の気持ちなんて、おこがましいにもほどがあるや。うん。」
「…ねえ、僕に何か隠してない…?誰かと会ってたりしない?」
「え、だれかって…」
「その…先輩とかに、いやなこととか、されてない?」
「あ、もしかして、け…村崎くんの親衛隊のこと耳に入っちゃった?大丈夫だよ、最近は全然呼び出されてないし」
園田さまの親衛隊にいるってのも大きいみたい、と潤ちゃんは付け足した。リーダー候補っていうのも他の隊に知られているだろうし、そういう意味では安心していいのかな。
形は違えど、カモフラージュ。
僕と潤ちゃんが親衛隊にいる理由はちょっと似ている。
「さっき、メーリス見たよ」
「メーリス?僕まだ見てないかもお」
「1年の"姫"たち、生徒会の補佐になったって。でもうちの隊はしばらく静観だって」
「それ、もうメーリスまわってたんだぁ…」
「何でだろうね、何で、あの子たちは許されるんだろね」
「、」
「制裁なしで許されるってどうしてかな、…ぁ、ごめん、こんなこと言って、最低だよね。隊の決定なのにね、忘れてね?僕、どんどん嫌な子になってくな、あはは」
「潤ちゃん、」
「わっ、匠ちゃん?!」
「泣かないで潤ちゃん〜」
「泣いてないよ、大丈夫だよ」
村崎くんとこっそりとしか会えない潤ちゃんにとって、姫たちが補佐になるのはきっと哀しいことだ。
「大丈夫。」
自分に言い聞かせるみたいなその声は、やっぱり震えていた。
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