▼ A-dur 11
ー 最近、僕ちょっと変だよね、えへへ。リーダーのこと、もういちど考えてみる。
帰り際、潤ちゃんはそう言った。潤ちゃんは、村崎くんのことがすきなのをみんなに秘密にしている。もちろん、僕に対しても。僕はその秘密を知っていることを、潤ちゃんには秘密にしていて。
なんの力にもなってあげられない。
村崎くんのではなく園田さまの親衛隊に入ったのはどういう理由だったのか、僕にはわからないけれど、
リーダー決めがあるこのタイミングで、姫たちが生徒会入りしたことは今後のことを考えるきっかけになったのかもしれない。
今まで一緒に活動してきた潤ちゃんとリーダーをやりたかった、というのは正直本音で、けれどそれを決めるのは潤ちゃんだから。
僕は潤ちゃんの決定を待とうと思う。
「ぁ、電話…もしもし」
『もしもし、橋本か?上村だけど』
「すみれさん!どうしたんですかぁ?」
『番号変わってなかったんだな。いや、今日バタバタしてて話せなかったろ。コンクール、銅おめでとう』
わぁ。そのために電話してくれたの?うれしい…。とても。
「ありがとうございます。すみれさんのおかげです、僕、すみれさんに教えていただいたこと、 思い出して弾きました」
『おう。今度なんかおごれよ』
「げ!」
『じょーだん。あ、けどまたマフィン作れよ、あれ好きだわ』
「お安いご用です!」
最初はどうなるかと思ったけれど、すみれさんの言葉を思い出したあとの僕の音は、自分でも「ワルツ」だと思ったくらいで。
もっともっと、響かせたい。
自分の音を。誰かの心に。
『そういや、アイツと…園田と知り合いだっけお前』
「へ。…いえ、園田さまが一隊員のことご存知なわけないですよお、僕1年ですし」
『…だよなァ。コンクールのこと聞かれたからよ。今回うちのガッコから出たのお前だけだったろ』
「…そうだったと、思いますけど…」
いきなり園田さまの話が出て、少しだけ僕の心臓がビクッと跳ねた。
『ウチってスポーツ推薦も含めて結構実力あるヤツ多いだろ?けど試合とかコンクールの結果なんて個人的に聞かれたことなんてねェしさ。』
「そ、なんですね…ピアノにご興味があるとかあ?」
『アイツ、俺の結果だって聞いてきたことねェよ。ま、しばらく経ったら結果が集約されてアイツの手元に届くことになってっからだろうけど』
「はぁ…」
『アイツが興味持つなんて珍しいこともあるもんだなと思ってよ。けど橋本と知り合いってわけでもねーんだな。』
ただの気まぐれかね?と軽い感じで聞いてくるすみれさん。
「わから、ないですけど…」
園田さまとは、夏休み前最後のお茶会から会っていないし。始業式に姿は見たけれど、本当にそれだけ。生徒会長の彼と、一隊員の僕が関わることなんて、ない。
"ただの気まぐれ"、きっとそれ以上の何物でもないのだろう。
『まぁいいや。次もがんばれよ?まさか銅で満足してるわけじゃないだろ』
「はい!もちろんです!課題もまだまだあって…だから、これからもがんばります!」
『おう。あ、そーだ。作文、もう書いたか?』
「げ!」
『あれさ、今日オチャカイで言ってたこと書けばいいから。お前、あんなにちゃんと自分の意見言えるようになったんだな』
驚いたわ、と感心するようなすみれさんの言葉がくすぐったくて、僕はもごもご言いながら電話を切った。
最後の方、くつくつと笑うすみれさんの声が聞こえた気がするけど、聞こえないふり。
寮の部屋に帰った僕は、早速作文を書き始めた。
僕が親衛隊がすきなこと。
すきな理由。
リーダーになりたいと思ったきっかけ。
伝えたいことははっきりしていて、僕の鉛筆は止まることなく作文を書き終えることができた。
はなまる、かな?
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