▼ A-dur 7
始業式が終わって、教室に向かった。
「ね、のむちゃぁん…」
「んー?」
まだまだ眠そうなのむちゃん。僕が呼びかけても、聞いているのか聞いていないのか、んーとかむーとかしか返ってこない。
「ちゃんと足元みないと階段から落っこちるよお?」
「んー」
のむちゃんの手を引いて歩きながら、そういえば僕はどうしてまだこの声で、この話し方をしているのだろうとふと思って。
もう終わったのになあ。
そう分かってはいるのだけれど、1年近く自分に強いてきたことを突然辞めるには少しばかり勇気が必要で。
のむちゃんは、なんて言うかな。いつも僕をかわいいかわいいと褒めてくれるのむちゃんは、これがにせものの声だと知ったらがっかりするかな。嫌われちゃうかな。
ずきり、みしり、じわり。
心の奥から、なんとも言えない音がした。
「のむちゃん、僕決めたの。親衛隊の、」
「親衛隊?!」
「わっ、びっくりしたあ…いきなり顔上げないでよお…」
さっきまでふらふら階段を歩いていたというのに、突然のむちゃんが覚醒した。
僕の「ほんものの声」で、いま一番伝えたかった親衛隊のリーダーについて話そうと思ったのに。
のむちゃんがうとうとしているときになら話しやすかったのに、起きちゃって。
決局すぐに僕はにせものの声を装備してしまった。
「あのね、僕リーダーになりたいんだあ。」
「らしいね?もう作文書けたの?」
「え!なんで知ってるのお?」
「僕の情報網なめてもらっては困るよ!えっへん!」
「あっそぉ。でも説明する手間がはぶけてよかったあ」
「久しぶりの毒!しびれる!!」
「…。」
「え?!放置?!」
さっきまで目が半分になっていたのに…とは言ってももともと垂れ目なのむちゃんだけれど。
「そんなことよりね、問題は!作文だよお〜どうしよう!」
「匠ちゃん、国語はまあまあできるんじゃなかった?」
「読むのと書くのとは全然ちがうものぉ!何書けばいいんだろう…」
リーダーになりたい理由、なんて。
白いマスを埋めていくほどの理由が、僕にはないよ。
教室について、席に座った。席はもうのむちゃんの近くではないけれど、隣の席から椅子だけズズズと持ってきてのむちゃんは僕の横に座った。
「そんなの、本当のことを書けばいいんじゃない?」
「…むぅ、のむちゃん、手伝ってくれたり…「しないよ!匠ちゃんがんばれ!」…のむちゃん冷たいぃ〜…」
のむちゃんの力が必要だって力説しても、泣きまねしてみても、もう知らない!とそっぽ向いても、のむちゃんには全然効かないみたいだ。
「読むのは隊長とか幹部とかでしょう?匠ちゃん仲いいんだからヨユーじゃない?」
「むしろ書きづらいもんっっ」
「それは言い訳だとおもう!一度自分でがんばってみな?匠ちゃんの言葉で書いてみないと、伝わらなくなっちゃうよ!」
「はぁい…」
よし、とのむちゃんに頭をなでられた。僕は不安に思いながらも、自分がどうしてリーダーになりたいのか考え始めていた。
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