▼ A-dur 5
「お茶会室でも行く?机もピアノもあるよ」
「開いてますかねえ?」
「キー持ってるし。僕を誰だと思ってんのさ?」
そうだった、歩先ぱいは幹部だから、お茶会室が開けられるんだ。行こ?と歩先ぱいは僕の手を引いたので、ふたりでお茶会室に向かった。
「幹部のひとは全員、開けられるんですかあ?」
「いやそんなこともないよ、数人じゃない?」
「2年生のリーダーさんたちとか、」
「2年は開けらんないね、3年だけだよ。何、たくみちゃんリーダーに興味あるの?」
ピ、とパネルにカードをかざし、ドアを開いて僕は中に通された。
「興味というか…僕…」
リーダーになりたい。
最初は全く興味がなかったけれど、雪ちゃんの呼び出しに参加して、少しずつ自分の考えが変わってきた。
何かを変えたいというとき、一番最初に変えるべきは自分の行動だと僕は思っていて。
「僕、なりたいんです、リーダー」
歩先ぱいは目を見開いて、あからさまだと思えるくらいの驚いた顔をした。
たしかにいつも「たくみちゃん、リーダーなろうよ?」と言われるたびに「そんなの無理ですよお」と聞き流していた僕だったから、僕の口からそんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。
「え、ほんき?」
「…はい。ほんき、です。」
「ほんとにほんと?僕、休みあけの会議でたくみちゃんのこと推薦しちゃうよ」
「ほんとに、ほんき、です!」
そっかー、そっかー!とうれしそうな顔をする歩先ぱい。やっぱり僕、歩先ぱいのことすきだなあ。
「…でもそっか、ライバルは上村だけじゃないのか」
「らいばる?」
「リーダーになりたいって、それだけ園田さまへの想いが強くなったってことでしょ?」
「お、想い?え、ちょっ」
「いや分かるよ?僕も園田さまだいすきだしさ。そんでもってたくみちゃんのこともすきだし」
さらりと告白?してくる歩先ぱい。
これは、どうしたらいいのかな。ちゃんと返事したほうがいいのかな。
…っていうか、ええ?!"僕も園田さまだいすき"って、当たり前に一緒くたにされると困る。僕、"園田さま"に特別な感情を抱いているわけではないのに。
僕が親衛隊に入った理由はふたつ。ひとつは、告白されたときの言い訳づくり。もうひとつは、お茶会室のピアノ。
「園田さまへの想いだなんてぇ…おこがましいです、僕なんかが…それになんというか、園田さまは僕のこと嫌ってますしー…」
「嫌ってる?なんで?」
「…なんとなく、そう思って」
「嫌われるようなことしたの?してないでしょ。嫌いじゃないとおもうよ、すきでもないと思うけど。」
「……。」
それもそうか。
ー 僕が園田さまに与える影響なんて、ゼロですもん。皆無。
自分が言った言葉なのに。
「まー、園田さまはなんというか、雲の上だしね。たまに部屋呼んでくれるだけでもう満足なとこあるし」
「…」
部屋に呼ばれる…。そういえば、歩先ぱいと初めて会った5月。言ってたっけ。
ー 園田さまって、アレも上手だし?
「…歩先ぱいは、園田さまの特別なんですかあ?」
「へ、なんで?そんなわけないじゃん。園田さまはみんなに平等だよ。平等に、興味がないよ」
平等に興味がある、のではなくて。
平等に興味がない。
その分優しいけどねえ、と歩先ぱいは笑った。
「…」
「だから心配しなくて大丈夫!嫌われてるなんて、そんなことはないよ。あの園田さまに嫌われるって、相当だよ」
少なくとも、あのとき僕に向けた軽蔑の視線は忘れられそうにもないけれど、僕には関係ないことだから忘れることにしよう。
「で?わかんないとこはどこよ」
「!歩先ぱい神さま!まずはこのドリルですー」
問題集を開くと、歩先ぱいはクスクスと笑って、「しょうがないなあ」と言った。
その笑い方がなんだかセクシーで、僕の体温がちょっとだけあがったような気がした夏でした。
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