にせものamabile。 | ナノ

 A-dur 3

「声…?」


訝しげな一哉。僕も一瞬の逡巡。

自分の口から言うのは、つらいけれど。


「僕らが初めて会ったのって、この場所だったよね。一哉が僕に話しかけてくれた」
「ああ」
「うれしかったよ、ピアノを褒めてくれて、そのあとも仲良くしてくれて。リン君と僕の声は似てて、それがきっかけだったとしても、それでもうれしかったから、それを伝えたかったの」
「は、ちょっと待て、別に似てないぞ」
「え」


リン君と僕、似てるよね?


「少なくとも、俺はそう感じたことなかったけど…それに。

リンと出会ったのは、あれより後」


「…!」
「最初匠に話しかけたとき、たどたどしかったけど一生懸命応えてくれる姿みて、こいついいやつなんだろうなーっておもった。音楽も何もわかんねえ俺みたいなやつに褒められて、それでもすごいうれしそうに"ありがとう"ってさ。ちょっとびっくりした。」


もちろんいい意味で、と一哉は付け足した。





なんだ、そうだったんだ。一哉が僕と仲よくしてくれたのは、リン君と僕が似ているからなんだって思ってた。けれど実際は、リン君と出会ったのはそのあと。


つまり、リン君よりも早く出会ったにもかかわらず僕は一哉の恋人にはなれなかったわけで、僕と一哉が友達をしている間、リン君は一哉の恋人になったということで、そういった意味では、完敗、で。

でも友達になりたいと思ってくれたのが、僕自身を見てのことなのだったら、それはなんてうれしいことなんだろう。


「そっか…」


嫌いになったはずの自分の声。いろんな感情がごちゃまぜで、掠れていて、でも僕はこれが本当の自分の声だ、と思った。そういえば、自分が聞いている声と、周りのひとが聞いている声とは、全く同じではないって何かに書いてあったな。声をつくって話していたのは本当に何も、意味がなかったんだ。


「一哉、ありがとう。コンクールに来てくれて、話をきいてくれて、どうもありがとう。」


僕は素直に、一哉に感謝の気持ちを伝えることができた。彼は、こちらこそありがとう。と言った。僕は一哉にお礼を言ってもらえるようなことは何ひとつしていないのだけれど。


一哉との電話を切った。本当の意味で、僕が前に進んだ瞬間だった。



そのあと向かった先は、先生のところで。


「前半は少しヒヤヒヤしたけれど、よく頑張ったよ。あれをとおしてできるといいね。」
「それは、僕も、自覚が、あって…でも、僕がんばります!また、コンクール出たいです。」
「珍しいね、君が積極的にコンクールの話をするなんて。殻、破れたのかな。その調子その調子。」


先生は笑った。僕も、自然と口角があがっていくのがわかった。先生も会場を出るというので、一緒にロビーに向かう。


「匠!」
「はーい?…って母さん?!父さん?!え?!なんでいるの二人とも!」
「先生がぜひにと招待してくださったのよ。先生、匠がいつもお世話になっております。」


訳がわからない僕をよそに、二人は深くお辞儀をした。先生を見上げると、いたずらっ子のような顔をして僕の頭をぽんぽんと撫でた。


コンクールがあることは僕から両親に伝えてあって、けれど僕の家からこの会場まで近いわけでもないし、来てもらうだなんて全く考えていなかった。


「言ってくれればよかったのに…」
「変に緊張させたら大変だと思ってね。余計な心配だったみたいだけど」


父さんがそう言って頷いた。それは本当に満足げな顔で、僕はなんだかちょっとくすぐったかった。


「お正月も春休みも帰ってこなかったから、心配してたのよー?」
「うぅ、ごめんなさい…」
「ふふ、元気にがんばってみたいだから、許してあげる。匠、帰ろっか。」
「…うん!」
「匠くん、夏休み、楽しんで」
「先生…ありがとうございます!」


僕はひさしぶりに自宅に帰ることになった。のむちゃんにメールで報告すると、

「おめでと!!!!!!!!!!!!!」て返ってきた。なにがおめでとなのかちょっとよくわかんないけど、このびっくりマークの多さにのむちゃんの優しさがいっぱい詰まっている気がした。


僕はいろんなひとに支えられて、ピアノを弾いている。改めてそう感じたコンクールで。

そうだ、すみれさんにも報告したいな。会えるのは、夏休み明けになっちゃいそうだけれど。


まだまだ自分の心を完ぺきにコントロールすることは難しいけれど、すみれさんのアドバイスのおかげで、前に比べたら心に引きずられず演奏できるようになった。


「あー、家のピアノ弾くの久しぶりだ!たのしみ!」
「そうだ、調律呼んでおいたのよー」
「本当?!ありがとう!」



学校であったたくさんのことを両親に報告しながら、僕は久しぶりにおうちに帰ったのでした。

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