▼ 前奏 4
「か、ずや…?」
「!」
僕じゃない誰かが、一哉の名前を呼ぶ。
「それ、だれ…?」
そういって"彼"は、僕を見た。
真っ直ぐな、瞳だった。
普通の子。
自慢のさらさらな髪だって、"彼"に劣るはずがなくて。
だけど。
「っ、」
一哉はすごい速さで僕からモノを抜く。
その間に、"彼"はボロボロと涙を流し始めて言った。
「一哉、もう、俺達終わりにしよ…?」
頭が真っ白になった。
その子は踵を返し、玄関に向かって行く。
「合鍵は、ここに置いてくから…」
そんな言葉を残して。
「ちょっ、ちょっと待てよリン…!」
一哉はすごい速さでズボンだけ履いて、彼を追い掛けて行く。
「リン!嘘だろ!?」
「っ、離して!」
ここからじゃ、玄関にいる2人の様子はみえなくて、だけどどんな状態なのか、想像できてしまう自分が憎い。
「リン、別れるなんて言うなよ…!」
一哉がどれだけ必死な顔をしているのか、想像できてしまう自分が、憎い。
「もう、俺のことなんて好きじゃないんだろ…?」
「そんなわけないだろ!」
「じゃあ、なんで浮気なんか…!」
「っ、リンの方こそ…!俺のこと本当に好きなのかよ…!!!」
「え…」
シン、と沈黙。
「お前は…!何度俺が浮気しようが、何も言わなかったじゃねえか…!」
「っ、」
「お前こそ、俺のことなんてどうでもいいんだろ!?」
「それは違う!」
「何が違うん「好きだから…!
好きだから何も言えなかったんだ…!」
「!」
「捨てられたらどうしようって、不安で不安で…知らないふり、すればこのままずっと一緒にいられるって、思って…」
そういって泣きはじめた彼。
「リン…ごめん…、」
「うっ、」
「俺、不安で…リンのこと試してた…」
「た、めす…?」
「リンが俺の浮気に怒ってくれたら、俺のこと、ちゃんと好きなんだって思えるから…」
「っばか、ばかじゃないの…!」
「あぁ、俺は馬鹿だ」
「もう…しない?」
「っ許してくれるのか…?」
「約束して…」
「あぁ!俺が愛してるのは、」
"リンだけだよ。"
そう言って、一哉はたぶん、"リン"を抱きしめた。
prev /
next