▼ 前奏 5
馬鹿は、
僕だ。
何が"浮気"だよ、笑っちゃう。浮気相手は、僕だったんじゃん。どうして気付かなかったんだろう。
一哉は一度だって、
僕の名前を呼んでくれたことがなかった。
「うっ、」
泣いちゃ駄目だ、泣いちゃ、駄目泣いたら負けだぞ、僕。
「一哉、好き…」
"リン"が呟いた。
あぁ、気付いてしまった。
僕は、
僕の声は、
"リン"に似ている。
好き。好き。誰よりも、好きだった。
好きで、好きで、とにかく好きで…
「ふふっ…」
泣いちゃ駄目だ、泣いちゃ、駄目。泣いたら負けだ
「ふ、ふふふふふふ、
さようなら、一哉?」
涙をこらえようとしたら、今度は笑いが止まらなかった。おかしくてたまらない。
馬鹿みたい。僕ひとり、馬鹿みたいだ。
「もう、だあれも好きにならないよお、僕は。」
クスクスと、僕の"作った"声が、誰にも聞かれることなくフッと消えた。
前奏 終
prev / next