にせものamabile。 | ナノ

 G-dur 3

のむちゃんが耳打ちしてきて、たしかに後ろから足音がするのに気がついた。そういえば、一哉の足音は知らないな。おでかけするようなデートはほとんどしてもらったことなかった気がするし。


振り返ると、ユニフォーム姿の一哉がいて。やっぱり背が伸びたなあ、と。前より首がつらいなあと。ぼんやりと思った。


「ちょっといい?」
「…いいよお。のむちゃん、ごめん先戻っててえ」
「…分かった、」


がんばって、と僕にだけ聞こえるような声で囁いたのむちゃんは、体育館を出る僕たちに手を振った。


体育館脇の渡り廊下まで、無言で歩く。


ああ、ここってピアノのレッスン室に向かうまでに通る道だあ。見覚えのある場所に、ちょっとだけ心がおちつく。立ち止まった彼と向き合うように立って、彼を見上げた。


「背、伸びたねえ」
「相変わらずお前はちっさいな」
「僕は標準ですからあ!」


普通だ。普通に喋れている。この調子だぞ、僕。でも、あんなにひどい捨て方をしていて、普通ってどうなんだい一哉くんよ。とうとう僕キャラ崩壊しましたけど?


「久しぶりだな。髪伸びたろ、身長は伸びてねえけど」
「一言余計!でも髪、いい感じでしょお?」
「ああ、似合ってる。」
「、」
「しかもすげえサラサラ。可愛いよ」


一哉はいつもそうだ。褒め言葉をするりと、自然にくれる。初めて会ったときも、僕のピアノをすごいすごいと褒めてくれて。素直じゃない僕とは大違いで、そういうところは好きだったけれど、同時にうらやましくもあった。


「友だち、できたんだな」
「うん、そうなのお」
「よかった、楽しそうで」
「、」


心底、僕に友達ができてうれしいという顔をする一哉。


そうか。


彼は彼なりに、僕に友だちがいないことを気にかけていたんだなと今更おもった。


毎週のように街におりて、外がたのしいという僕はきっと、はたからみてもさみしいやつだった。

今考えてみると、彼がよく言っていた「学校どうよ」はそういう意味だったのかもしれない。

学校はたのしいか?友だちは出来たか?試験はどうだった?そういう、意味。


けれどそのたびに僕は、ピアノのレッスンの話だとか、コンクールの話をしていたのだけれど。あの頃の僕にとって学校は、ピアノを習うところだったから。


「でもなんか、雰囲気変わったな」
「…そーお?僕は何も変わってないよお」
「…」
「…」


彼の言いたいことは、よくわかる。「リン」と似ているこの声がいやで、僕はこの話し方を始めた。彼が知っている僕は、「リンと似た声のやつ」以上の何者でもないのだろう。


「でも、一哉も変わったよねえ」
「そうか?」
「黒い髪、好きだったんだけどなあ」
「ああ、髪色か。高校に入ったことだしと思って、イメチェン?」


一哉は冗談っぽく言ったから、僕もつられるようにして笑った。

でも、本当に笑ってしまうと声が作れなくなるから、今の僕が笑うと少しぎこちないと、思う。




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