▼ F-dur 10
「えーと…。会長、ここ座ります?」
「おう」
いっちーが席を譲ると、さも当然、というように、ひびきはその席に座った。いっちーは、のむちゃんの隣に移動する。
「おかえり、匠」
「…ただいま」
さら、と髪をなでられて、見つめられて。さっきまで冷たいオーラを出していたのに、もう機嫌を直したのか、ひびきは「会いたかった」と言った。
「…この前会ったもん」
「ふ」
素直じゃないことを言ってみても、見透かされたように笑われる。
「匠ちゃん、さっきまで園田会長のこと考えてたらしいですよ」
「ちょ、のむちゃん!!」
「…そんなん知ってる」
ひびきが、「俺もそうだから」と優しい目で言った。かぁっと顔が赤くなるのを感じて目をそらすと、のむちゃんが息が止まってるんじゃないかくらいに息をのんでいっちーに抱きついていた。
いっちーは慣れてるようで、いつのまにか運ばれてきていたごはんに手をつけ始めている。
「"外"、楽しかったか?」
「っ、うん、たのしかった」
夏まで、僕は学園を出られなかった。背中を押してくれたのは他でもないこの人で、それを思い出すといつも通り胸がくるしい。
「どこ行ってきたんだっけ」
「え、えっと…か、買い物?あ、か、カフェとか!」
「野村と2人で?」
「う、うん…」
「ふうん」
そういえば今日、ほとんど何もしてない!途中でふみくんに会っちゃったから、カフェ行って、ふみくんの学園行って。
でもそれをどこからどう説明したらいろんなことが伝わるのかわからなくて、今日は話すのをやめることにした。
そういえば一哉にも会ってしまったし、きっといい思いしないだろうし、わざわざひびきをそんな気持ちにさせることはないような気がする。
「…次は俺の番な」
「へ」
「冬休み。どっか行くぞ」
「!!う、うん!!!」
う、うわーうわーうわーうわー!!
誘われた!!
ひびきに目線を戻すと、にっと笑って「約束な」と言った。
「会長!!!!!こんなとこにいらしたんですか!!!!!今日は夕食たべながらミーティングですよ!!!!」
「うわ、見つかった。じゃあな匠」
会計?の村崎くんが生徒会スペースから降りてきて、ひびきを捕獲した。ひびき、サボってたのかな。
「ふふふ、ちゃんとお仕事して!」
「おう」
村崎くんに腕をつかまれ、そのまま生徒会スペースにに連行されていく背中を見ていたら笑ってしまう。
そういえば最初に出会ったときも、さぼってたな。さぼり癖までみんなにばれちゃったのか。
仕方ないなあ、と笑みがこぼれてしまう。
本当のひびきのこと、知られちゃうのは悔しいけれど、ひびきがもっともっと素敵な人だってみんなが知るのはなんだかうれしい。
「…なにやってるの、のむちゃん。目、こわいよ」
「ネタ帳に今のメモしてる。次の新作決まったから」
すごい形相でペンを走らせるのむちゃんは止まりそうにもないので、いっちーが「橋本もはやく食べな」と言った。
僕は頷いて、少しだけ冷めてしまったスープに手を伸ばしたのでした。
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