▼ F-dur 11
しあわせな、夢を見ていた。
みんながいて、僕がいて、ピアノがあって。
しあわせな、しあわせな…、
コンコン、と部屋のドアをたたく音で目が覚めた。
「んー…」
コンコン
「橋本ー?起きてるー?」
「んー、嵯峨くん…?」
「おーい、橋本ー!会長きてるぞー!」
「…………は?!」
一瞬で頭が覚醒して、飛び起きる。
え!今、何時?きょうって何日?まわらない頭で考える。今日は、えっと、12月、
「そうだ!クリスマス会!!!」
急いでベッドからおりて部屋を出ると、そこには嵯峨くんと、
「ひびき!なんでいるの!!」
ここにいるはずのない彼の姿にびっくりしていると、嵯峨くんに「橋本って本当会長しか見えてないな」って笑われた。
「あっ、ごめん!嵯峨くん、おはよう」
「いやいや、俺のことは気にしないで。あ、そういや橋本あてにクリスマスカード届いてたぞ」
嵯峨くんはカードを手渡してくれて、そのまま「食堂でなんか食ってくるわー」、と部屋着で出ていった。
「おはよう、匠」
「ひびき、おはよ」
「寝癖ついてんぞ」
「わ、」
飛び出た髪の毛を引っ張られて、そのままぽんぽんとなでられて。会えるのは午後から始まるクリスマス会からだと思っていたから、とてもうれしい。
ひびきはコートを羽織っていて、「これからクリスマス会の最終準備にむかうの?」と聞いたらそうだと微笑んだ。
「ね、おめかししてる?」
「してる」
「見せて!」
「駄目」
「え!なんで!」
「嘘だよばーか」
ひびきはボタンをはずし、「つってもいつもとそんなかわんねえよ?」とコートを脱いでくれた。
「か、かわる!か、かかか」
「かかか?」
「かっ、かっこ、いい、です」
「なんで敬語」
ふは、とひびきが笑う。
濃いグレーのスーツにえんじ色のネクタイ。そしてぽっけから覗くおしゃれなハンカチ(ポケットチーフって言うらしい)。
シンプルだけれど、ひびきにものすごく似合っていて、くらくらしてしまう。
「つーか匠の"おめかし"?見られると思って寄ったんだけど」
「早すぎるよ!午後からだから、だらだら起きる予定だった!」
「みたいだな」
「昨日夜ふかしだったの!のむちゃんが最後の最後までいっぱいお洋服持ってくるんだもん!」
「野村らしいな」
「ね!でもすごいよね、本当はこの前街におりたときにお店に見に行くはずだったんだけど、行けなかったからってお店が逆にのむちゃんのとこまで来てくれたの!」
あ、でもひびきもお金持ちだからそれって普通のことなのかな?
「ああ、それでこの前街に行ってたのか。俺も匠の衣装選びしたかった」
「っていうと思ってだまってたの!ふふ」
「何でだよ!」
「だってはずかしいし!まあ、結局行けなかったわけだけど!」
「街にはおりたんじゃねえの?」
「うん!でも途中でふみく…」
しまった!ふみくんに遭遇したことは黙ってたんだった!
「?」
「…あ!そういえばカード!」
話をかえようと嵯峨くんに渡してもらったカードに目をうつす。
「誰からかなー、」
って!これも!ふみくん!!!
「あ、ふ、ふみくんからだった!ほら!みて!」
なぜか挙動不審になってしまって、かちこちになったままひびきにカードを見せると、ちょっと不審な目で見られた。
「匠、」
「はい!」
「おまえなんか変だぞ」
「うっ…」
ですよね。ふつうに気づくよね。自分でも挙動不審だなって思うもん。
「"この前は迷惑かけてごめんね、でも会えてうれしかった"。…城崎に会ったのか」
僕が見せたカードを、さらりと読んだひびき。この前のむちゃんの車でふみくんの学園に送ったから、そのことについてだ。
「えっ、あ…うん。たまたま、街で、ふみくんと、一哉、に会って… 」
「そっか」
「うん…」
沈黙。
「…なんでこの前嘘ついた?」
「えっ、」
「野村と2人、って」
「や、あの、」
「俺が怒ると思った?」
「ち、ちがう、そうじゃなくて、」
「そうじゃなくて?」
「、」
「…悪い、別に責めたいわけじゃねんだけどさ。だからそんな顔すんな。
…俺そろそろ行くな、またあとで」
「ひびき…」
少しさみしそうな顔で、ひびきは部屋を出ていってしまったのでした。
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