▼ F-dur 9
会いたいなあ。
彼に、ひびきに、会いたいなあ…。
「匠ちゃん?」
「へ」
「着いたよ?」
「あ、ごめんボーッとしてた」
「園田会長のこと考えてたでしょ」
「えっあ、うん…」
「す、素直!!!!!!」
どうした匠ちゃん、可愛すぎるぞ!!!とのむちゃんが騒ぐ。僕、そんなにいつもと違うかな。溢れでてしまって、もう隠せない。
「…っていうか服買うの忘れたね」
「心配しないで匠ちゃん!!もう大体ピックアップしてあるから!!たぶん明日には届けてもらうから!!」
「何それすごい」
校門まで送ってもらった僕たちは、車を降りた。そのまま校舎まで、とりとめもないことを話しながら歩く。
「ねえねえ園田会長って、匠ちゃんの前でどんな感じ?!」
「どんなって?普通だよ、普通にいじわる」
「くっ…!」
「"く?"
あ、あとすーぐ邪魔してくる。
料理中とか、メール中とか。気づくと後ろにいるの。忍者説あるよね」
「くぅ…!!!」
「のむちゃん大丈夫…?」
「ダイジョブ!!」
「ほんとかなあ…」
でも、ピアノだけはいつも邪魔されない。防音室のはじに座って、僕の奏でる音に目を閉じる。
そんなひびきを見ると、胸がきゅうっとなって仕方がないんだ。
「…ひびき、どこいるかな」
「メールしてみたら?」
「ん」
いま何してる?どこにいる?、そうメールを送ると、「食堂行って夕飯食べようと思ってるとこ。匠は?帰ってきた?」とすぐに返事があった。
そうか、もうそんな時間だったのか。
「のむちゃん、今日食堂でごはん食べよー」
「えっ」
「ひびきさんそこに来るって言うから。きっと生徒会スペースだろうけど、ちょっとだけ見たい」
「何それ盗み見匠ちゃんめっちゃ見たい見たいけどめっちゃ園田会長に睨まれそうこわい!」
「…だめ?」
「うっ…!…いっちー呼んでいい?」
「もちろん!そういえば、今日一哉と何か話してた?」
「えっ特に何も」
「そう?」
喫茶店に入る前、何か話していたような気がしたけど、気のせいか。よく考えたらあの2人、知り合いでもないし。
…
食堂に入ってすぐ、ひびきの姿を探す。探し出す前に、先ほど誘っておいたいっちーと合流した。
「じゃあ結局、服は買えなかったのか」
「そうなの!でも僕、匠ちゃんと街に遊びに行きたいって思ってただけだから、もう満足!」
「えっ、そうだったの?のむちゃんそんなこと一言も…」
「そんなの言えないよ!恥ずかしいもん!」
「いやいや…」
いつももっと恥ずかしいこといっぱい言ってるのに!
僕たちはタッチパネルの列に並んで、食べたいものを選んだ。運ばれてくるまでは席で待つことにする。ひびきまだかなあ、と思ったところで、足音がする。
「のむちゃん、いっちー」
「「りょうかい」」
もう何を言わなくても伝わる。この足音はひびきさんのものだから、食堂が歓声で包まれるのは、予想できることで。
「「「キャーーーーー」」」
ちら、と入口を見ると、やっぱりひびきさんだった。前は「穏やかな生徒会長」以外の何者でもなかったけれど、最近はまあまあ本性を出しがちだから、今日も「よっ」みたいな感じで手をあげてゆったりと入ってくる。
「匠ちゃん、機嫌わるい?」
「べっつに〜」
向かいに座ったのむちゃんが、にやにやとこちらを見る。だってさ、あの人は、僕のだもん。でもそんなこと言えないし。言わないけど。
「橋本、ふくらんでる。ベタだなあ」
ぷんぷんと怒っていると、隣に座っていたいっちーがほっぺをちょんちょんつついてくる。
おもしろそうに笑われて、いっちーまでのむちゃんポジションになった!ばか!なんてわちゃわちゃしていたから、
食堂がシンとしていたことに気付くのも遅くなった。
「…」
「…」
「…」
気付けば、背後にはまあまあ冷たいオーラを感じるし、いっちーの手首は後ろからつかまれてるし…。
うん、何かが始まっているな。
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