▼ H-dur 10
響会長。
文化祭の発表の場を、こんな風に使ったら怒るかな、あきれるかな、そうじゃないなら、どんな顔するかな。
でもみんな、すぐに賛同してくれたよ。
親衛隊のみんなはもちろんだけれど、担任の先生も「青春だなぁ」なんて遠い目をしながら、他の先生への許可は任せろっていってくれた。
ー 誕生日なんて、特別ってわけでもねえし。
そんな響会長のために、『Happy Birthday to You』をアレンジした。
他にも、洋楽のメロディだったり、誕生日に贈られたとされるクラシックだったり、みんなの知ってるJ-popだったり。メドレーみたいに繋ぎあわせて。
きらきらの誕生日。それがテーマ。右手は高音できらり、きらり。ちょっと忙しいよ。でも、自分でも入り込んでしまうほどの音で。
18歳になった響会長に、みんなからのおめでとうの気持ちが伝わるといいな。
うちの学園の文化祭みたいな、こんな規模のイベントを仕切れるってすごいことだとおもっていて。
生徒会長をやりながら、文化祭の実行委員長を兼務している。他の学校だったら、別組織が発足していても不思議じゃない。
ほらね。じゅうぶん、響会長はおっきなはなまるだよ。
そんな響会長の誕生日は、特別な日だよ。
みんなにとって特別なひとだよ。
僕にとっても、とくべつ。
曲が終盤にさしかかる。舞台の反対側に立つ親衛隊のみんなに、アイコンタクト。
「「「Happy birthday to you…」」」
僕のピアノに合わせて、みんなのコーラスが入る。彼がこの音楽を聴くのが、"今"じゃないのが悔しいな。テレビ越しなのがもったいないな。
みんなの雰囲気とか、ちょっと音程の外れた歩先ぱいの声とか、声は出さないものの僕の隣でノリノリのすみれさんとか。
そういうの、全部伝わったらいいのにな。
きらり。
少しの余韻を残して、曲が終わる。
ふぅ、と息を吐いた。夢中すぎて、僕、ちゃんと息をしていただろうか。
「ほら、行ってこい」とすみれさんに背中を叩かれて、僕は慌てて席を立った。
会場から拍手をもらって、ステージ上のみんなもニコニコ。
ステージの真ん中で、礼をする。
さらに大きな拍手をもらいながら、退場するため僕を先頭にすみれさんのほうへ向かう。
だけど。
「ーーーみ!!!」
呼ばれたような気がして、振り返った。
不思議。会場にこんなにたくさん人がいるというのに、僕の目は、すぐに探し出してしまう。
会場に響会長が、いた。
なんで?なんでいるの?
城崎さんのお父さんと会っているんじゃなかったの?
僕のピアノは後日、録画されたものを見るんじゃなかったの?
僕の頭は混乱したままで、会場の一番後ろから響会長が走ってくるのをぼうっと見てた。
「あンのバカ…」
呟くようなすみれさんの声に振り返る暇もなく、響会長はステージのはじに手をついて、階段も使わずのぼってくる。
近くに立っていた親衛隊のみんなは「キャー!」と盛り上がって、目をハートにしているけれど、僕の目はどんな形をしているだろう。混乱。混乱。混乱して後ずさり。
「おまえ…」
響会長はそのまま、こちらに向かって歩いて来た。僕の視線の先には響会長、そしてその奥にはキャーキャー盛り上がる親衛隊のみんな。
「え、え、」
とん、と背中がぶつかって振り返るとそこには、いつのまにか後ろに立っているすみれさん。
「橋本は下がってな」
「わわっ、」
すみれさんに腕を引っ張られて、半ばバランスを崩すようにして彼の後ろにまわる。と同時に響会長が僕たちのところにたどり着いた。
「ちょ、」
すみれさんがおっきすぎて前が見えない!
響会長がどんな顔してるのか、どんな気持ちでステージまで来てくれたのか、知りたいのに。
「園田ぁ…おまえちったぁ考えろっつってんだろ」
「るせ…」
はぁはぁと、息を切らす響会長の声。小声で話すふたりの会話は聞き取りづらい。
「はいよ」
「…はぁ?」
すみれさんは両手を広げている。…え?なにその受け入れ体制バッチリみたいなポーズ!響会長に飛び込めとおっしゃっている?!
会場がざわざわと騒ぎ始める。あの…僕の持ち時間過ぎてる気がするのだけれど…。
「会長、照れてないで早くお礼を言ったらどうですか?」
マイクで凛とした声を放ったのは、司会者の咲月副会長で。どこか楽しそうに響会長とすみれさんの様子を見ている。
響会長が動かないかわりに、すみれさんは響会長のほうへ一歩近づいた。そして響会長の頭を引き寄せて、そのままわしゃわしゃっとかき混ぜる。
「「「キャーーー」」」
響会長と、親衛隊長であるすみれさん。麗しいおふたりの姿に、会場は大興奮。ふたりは同じくらいの背のたかさだから、すみれさんの肩越しに、響会長と目があった。
「さんきゅ」
口パクで僕にそう告げた響会長は、照れたように笑ってすみれさんから離れる。
う、う、うわあ…。
何あれ。初めて見る顔。僕のほうが恥ずかしくなる。
響会長は咲月さまからマイクを受け取った。
「親衛隊のみなさん、そして会場にいる方々、ありがとうございました。いい誕生日になりました」
にこり、と笑うその顔が、"にせもの"じゃなくて、ちゃんとした笑顔で。なんなの、だめだよ。そんな顔みんなに見せちゃだめ。
「すみれさん…」
「ん?」
「ずるい…」
「何が?」
分かってるくせに、分からないふりですみれさんは笑う。行くぞ、とみんなに声をかけて、舞台袖から退場した。
客席に戻るひともいれば、教室の出し物に顔を出すひと、校内をまわるひと、それぞれだからそこで解散する。
すみれさんはその様子を満足げに見ていて、僕たちはふたりそこに残った。
「すみれさん、ヌケガケ禁止…」
「あそこで園田がおまえに近づいたら、それこそセイサイだろうがよ。おかげでキモいことしちまったじゃねえか」
「きもくないですよお、でも、やっぱりずるい…」
「あのなあ…せーっかく園田連れてきてやったっつーのに」
「へ」
えっ。すみれさんが響会長を会場まで連れてきてくれたの?
「俺が意味なく遅れるわけねえだろ」
「あ、ありがとうございます…神さま…」
拝め拝め!とすみれさん。そうか、2曲目が始まるときすみれさんが大慌てでステージに上がったのはそういうことだったんだ。
「隊長〜!」
ぱたぱたと、棗さんが走ってきた。棗さんは今日のコーラスにいなかったから、クラスの出し物で来られない組だったのかもしれない。
「隊長!城崎さんのお父様がお呼びですよ〜」
「あぁ、ありがとな。橋本、ちょっと行ってくるわ」
「いってらっしゃぁい」
すみれさんは棗さんに場所を聞き、去っていった。それを見送る棗さんと二人きり。
「"いってらっしゃぁい"だって。可愛いね」
「へ」
「あ、橋本くんはね、こっちだよ」
僕の手を引いて歩き始めた棗さんに、ちょっと焦る。だって、声がものすごく冷たい。
「ちょ、痛、」
「僕さあ、見ちゃったんだよね」
「へ…」
「夜、隊長と二人で歩いてたとこ。後ろから抱きついちゃったりしてさあ」
よる…?
もしかして、響会長のお部屋からすみれさんと帰るとこを見られてたの?
でもあれは、僕が転んだのをすみれさんがかばってくれただけで…。
「早くあるいて」
会場より奥の棟は、文化祭では使われていない。半分引きずられるようにして、僕は棗さんのあとをついていく。
「園田さまに媚びて、隊長にべたべたして…忙しいね?」
「そんな、」
「城崎さん、可哀想」
ガラリ、と空き教室のドアを開けた棗さん。
「よく話し合ってね」
「わっ、」
ドンッと突き飛ばされて、僕は倒れこんだ。そんな僕にお構い無しに、棗さんはドアを閉める。バタン。無情な音。
「開けてください!」
ガチャガチャとドアが鳴る。内側から開かないようにしてあるみたいで、びくともしない。どうしよう。携帯で誰かに助けを求めなきゃ。
「タクミ、大丈夫?」
人の気配がした。
一番後ろの席には、肘をついて座る城崎さんの姿。
「な、んで…」
「…タクミが悪いんだよ?」
城崎さんの金髪が、揺れた。
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