にせものamabile。 | ナノ

 H-dur 11

「し、城崎さん…」
「言ったよね?誰を選ぶのか、考えた方がいいよって」


ガタッと、わざととも思えるほど大きな音を立てて城崎さんは立ち上がった。こわい顔。まっすぐ僕を見ている。


「園田に向けたオタンジョウビソングだっけ?あれ、タクミの案なんだってね」
「そ、うですけど…」
「ナツメからそれ聞いてさ、気分はよくなかったけど、親衛隊だし仕方ないかなって思ってた。でもさ」
「…」
「一言でも、俺に声かけてくれた?ピアノ聴きにきてほしい、って気持ち伝えてくれた?」


…だって、城崎さん、聴きに来るって言ってたし。それ以上に、何か言わなきゃいけなかったの?


「今日、うちの父親が来たんだよ。園田家のお荷物くんも挨拶に来るように手配した。理事長とお荷物くんで、学園内を案内してもらえるように」


でも、響会長は会場に来た。ということは、城崎さんのお父さんとは会わなかったってこと?お約束、やぶってしまったのかな。


「途中まではあいつもいたよ。ただ、呼びに来たんだ。上村が」
「それは、すみれさんから、お聞きしました」
「白々しいことを言うね。君が命令でもしたんじゃないの?上村に、園田のこと呼べって」
「そんなこと僕してな…」
「上村一人でやったことだって?そんな馬鹿なことがある?園田にピアノを聴いてほしい君のために、わざわざ、上村が?」


そんなわけがない。他人のためにそんな必死になるやつがいるわけがない。そう言って、城崎さんは立ち上がる。


「父親の秘書から聞いたんだ。上村のやつ、あり得ないくらい必死に走ってきて。"なんで来ないんだ"って園田につかみかかった。園田は父親に頭下げたあと、一緒に走っていったって」


城崎さんの言うことが本当なら、こんな状況で、ばかみたいだけれど、うれしく思ってしまう自分がいる。




けれど。


「考えた結果がそれなら、"園田を選ぶ"なら、もう仕方のないことだね」
「それは僕が勝手に…!…勝手にしたことで、勝手な、気持ちで…響会長には、なんの関係も、ないです」
「へえ…。じゃあ最後のチャンスをあげようか。タクミ」
「最後…」
「俺と付き合って。親衛隊も、抜けて」
「そんな…」


いやだ。せっかくここまで、親衛隊の活動を頑張ってきた。響会長が卒業するまで、もう半年もない。それなのに、こんなところで中途半端にやめたくないよ。

すきじゃないひとと付き合うのだっていやだ。


でも、これも僕ひとりのわがままなのだとしたら。

僕の選択が、響会長に、響会長のおうちに迷惑をかけるとしたら、僕は自分の気持ちを忘れた方がいいのかな。

僕が親衛隊にいたからといって、響会長のプラスに働くことがあるわけでもない。


「タクミ…」
「…」
「今すぐ決めて」


『人魚姫』にこんな登場人物いたかなあ、なんて現実逃避。人魚姫だったら、どんな選択をするかなあ。


ガタガタガタッ


「ひっ」



ドアがすごい音を立てて揺れる。思わず距離をとった。あっちから、誰かが叩いているの?誰かはわからないけれど、ここから出られるチャンス?


「おい!匠!!!」



ああ、この声は。

僕の名前を初めて呼んでくれている、この声は。



「ひ、びきかいちょ…」


響会長が、来てくれた。



「なんでこの場所が分かったのかねえ…ナツメのやつ、なんかしくじったのかな」



まあ、いいか。そう呟いた城崎さんは、僕の隣まで歩いてきた。



ピッ、とロックを開ける音がして、もちろんドアを開けたのは響会長で。息を切らして、僕を見つけると明らかにほっとした顔をした。


「園田、久しぶり」
「城崎…ドア、外側から、開かないように、なってましたけど、誰がこんなことを?」



僕は思わず響会長のほうに駆け寄ろうとした。


腕をつかまれて、それはかなわなかったけれど。


「タクミ、どこ行くの?」
「え、あ、」
「園田、俺らに何か用があった?話していたら誰かにいたずらで閉じ込められてしまって。園田がタイミングよく来てくれて良かった。礼を言うよ」
「…」


うそつき。棗さんをつかって、僕をここまで連れてきたのは城崎さんでしょう?僕に"白々しい"といったけれど、城崎さんだって十分、白々しい。


「…二人はどうしてこんなところに…」
「野暮なことを言うねえ、園田も」
「…」
「ねぇタクミ」
「へ…」
「タクミ」


押し黙る僕を咎めるように、城崎さんは僕の名前を呼んだ。ここで言えっていうことだ。さっきの返事を。


「あ、あはは響会長、そんなに息切らしてどうしたんですか!びっくりしましたよ!」
「、」
「さっきはピアノ、聴いてくださってありがとうございました!」
「いや、それはこっちの台詞…嬉しかった」


ううん、きっと、僕の"うれしい"の気持ちは、響会長の何倍、何十倍、何百倍だよ。だから。




僕の"にせもの"に、気づかないでね。




「ふふふ。実はこれから"ふみくん"と、文化祭まわるんです!ね、ふみくん?」
「そうだよタクミ、わたあめ買ってあげようね」
「ちょっと、僕のこと子ども扱いしないでくださいよお?」
「だってさっき閉じ込められたとき、子どもみたいに驚いていたでしょう」
「だっていきなり大きな音したじゃないですかあ?普通びっくりしますよお」


ずっとにせものの僕で生きてきた。だから愛想笑いなんて、へっちゃらだ。


「…二人が付き合っているって、本当だったんですね」


お茶会で、そう聞きました。呟くように、響会長が言った。


「ははは、邪魔者は退散しますよ。文化祭、楽しんで」
「ありがとう、園田」


響会長は開けたドアをそのままに、早足でその場を去った。追いかけたい。追いかけて、本当の気持ちを言ってしまいたい。

響会長のすきなひとが雪ちゃんであっても、僕と響会長の生きる世界が違うとしても、僕の気持ち、伝えてしまいたい。


響会長のおかげで、にせものの自分を終わりにしようと思えたこと。ありがとう、って言いたい。


でも、僕の腕をつかむ城崎さんが、それを許さない。


「城崎さんって」
「あれ?"ふみくん"じゃないの?」
「…城崎さんって、僕のこと、まったくすきじゃないですよねえ」
「…へえ。けっこう鋭いね」
「僕のピアノ、気に入ってくれたのはほんとのことかもしれないですけどお、」
「うん、タクミのピアノ好きだよ」
「…でもいま、ここにいるってことは、今日の発表は来てくださってませんよねえ?」
「それは、タクミが"来て"って言わなかったから」
「ちがう、それはちがう」
「なに、何が言いたいの」


いらいらした様子の城崎さんは、僕を見下ろす。これを言ったら、彼はきっと怒るのだろう。でもそれは、僕の言うことが間違っているからではない。



「城崎さんは、響会長に負けたくないだけ。それだけですよお」
「は、」


図星、だから。



「だから、響会長のことをすきな僕を、自分のものにしようとしてる」
「…何言ってんの、"負ける"?俺が園田家のお荷物に?…馬鹿にすんなよ」
「じゃあ響会長のことなんてほっておけばいいんじゃないですかあ?それが出来ない時点でえ、響会長には敵わない」
「てめえ、」
「ぐっ、」


苦しい。大きな手で首を絞められた。片手でやすやすとつかまる自分の非力さに笑えてくる。でも、やっぱり許せない。



あんたこそ、響会長のことをばかにするな。



「ただ俺は、楽しいだけ。転校してきたのだって気まぐれ。タクミは親衛隊だから、何か聞き出せるかと思って文通始めて。そしたらさぁ、タクミのことおぶって部屋に帰る園田を見ちゃったんだよね」
「く、るし…」
「あぁ、ごめんごめん、さすがにひとを殺したくはないや」
「っ、はあ、はあ、」



手を離されて、膝をつく。足りなかった酸素を求めるように肺が動くのがわかった。



「お荷物くんが親衛隊にご執心だっていうのはうれしい誤算だったね〜、サイッコーだったよさっきの顔。見た?この世の終わりのような顔してさ」
「、」
「なにその目。」
「響会長は!この学園に必要なひとです。みんな響会長のことがすきで、たいせつで、だからみんな、今日こうやって祝って」
「…」
「城崎さんは、そんな響会長がうらやましいだけです」
「このっ…、」
「うっ、」



城崎さんの長い脚が、ひゅっと動いた。そのまま僕のお腹にめりこんで、鈍いその痛みに意識が失われていくのがわかった。




「おやすみ、タクミ」




城崎さんの声が、遠くに聞こえた。

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