にせものamabile。 | ナノ

 H-dur 8

弾かない。もしくは、弾けない。


そう考えると、なんでうまく伝えられなかったんだろう、なんでこんなことになっちゃったんだろう、と後悔ばかりで。

すみれさんや親衛隊のひとたちとのリハも、必要ないのか。みんな楽しみにしてくれていたし、何よりも、僕自身が楽しみだったのにな。


「すみれさんに譜めくり頼んでるからあ…連絡してみないと」
「えっ、匠ちゃん本当に弾かないつもりなの?」


せっかく練習したのに?と、のむちゃん。たしかに先生にも許可をもらったし、親衛隊のひとたちにも話しちゃってるし、弾くべきなのかな。

でも、響会長からしたらただの迷惑かもしれないし。どうしよう、どうしよう、どうしよう。



「すみれさん〜助けて〜」
「呼んだか?」
「?!すみれさん?!」


後ろからひょいっと顔を出したのはすみれさんで。すみれさんも食堂でごはん食べてたのかな。まさかいるとは思わなかったからびっくりして、思わずガタッと立ち上がっちゃったよ。


「おまえ、メール返せよな」
「へ!ご連絡くださってましたか?ごめんなさいぃ」
「まぁ別にいいけど。今日、時間ある?ステージ発表、とおしで流してみようぜ」


すみれさんから、練習のお誘い。いつもだったらきっとうれしい。すみれさんはいつも、僕に的確なアドバイスとたくさんの勇気をくれる。


でも。


「譜めくり、必要ないかもしれないです、」
「…は?」


暗譜完了?とすみれさん。もしそうなら、どれだけいいだろう。


「響会長、来られないって、言うし…」
「は?あいつ、絶対行くとか言ってたけど…」


前は、そう言ってくれていたよ。でもそれは、もう過去の話で。


「どっちにしろ、録画されてんだろ?あれは絶対見るだろうし」
「…」
「橋本?」
「もう、いいんです、怒らせちゃった、し、」
「…」
「こんな状態で弾いて、響会長にとって迷惑でしか、ないんだろうなって、思ったら」


思ったら。自分で自分の言葉に傷つくなんて、ばかみたいだ。僕はずっと、ばか。ばかなことを繰り返している。


気持ちが水滴となって目から溢れ出て、頬を流れた。それは、とても熱い。


「…おまえは?」


僕…?


「弾きたかったんじゃねえのかよ、あいつに伝えたいことがあったんじゃねえのかよ」
「、」
「俺たちの音楽を聴いて、相手がどう思うかなんて、もう俺たちにはどうにもできねえ。分かるか?」


それは、そうだ。僕が響いてほしいとピアノを弾いたとして。それがそのひとの心にどう届くかは、僕には分からないし、どうすることもできない。


「大事なのは、」
「僕が、響会長に聴いてもらいたいって思っていること…」
「…わかってんじゃねえか」


ー 心をこめて。


僕の心は。気持ちは。


「…すみれさん、きょう、リハ…」
「あぁ、何時からにする?」


当然のように時間を尋ねられる。すみれさん、優しい。


「えっと、じゃ、20じ…」
「決まりな。つーか、なんで園田来ねえんだろ」
「城崎さんのお父さんに会うって…」
「城崎?その時間じゃねえと駄目なんかな」
「え、と…」


すみれさんに、城崎さんのこと相談したら、それを城崎さんに知られたら、やっぱり大変なことになるかな。すみれさんのおうちも、"つぶす"とかって、言われちゃうかな。


「…」
「…園田に聞いてみるからいいわ」
「ご、めなさ…」
「何謝ってんだよ、おまえはピアノに集中しろってこと」
「は、はい!」


すみれさん!拝ませてください!



パチパチパチパチ!


突然音がして驚いて振り返ると、のむちゃんと潤ちゃんがうっとりとした顔で拍手をしていた。


「え!なに、二人ともどうしたの!」
「いや、なんか感動して!匠ちゃんの曲聴けるのもうれしいし!上村隊長と匠ちゃんのやりとりがなんか!ピアニストって感じだし!いい関係だってわかるし!」
「のむちゃん早口すぎぃ…」
「僕は喜んでいるんだよ!」


僕ら以外にも仲よしが増えるのはいいことだよ!とのむちゃん。


「こいつら、橋本の友達?」
「あ、はいぃ。同じクラスの野村くんと、まえに親衛隊で一緒だった皆川くんです!」


いまは真中雪ちゃんの親衛隊長です、と紹介すると、二人はペコリと頭を下げた。それに応えるように、すみれさんも頭を下げる。


「これからも橋本のことよろしく。たまにこうやってうじうじ考えすぎっから」
「はい!お任せください!でもそこが匠ちゃんのいいとこでもありますけどね!」


そうだな、とすみれさんは頷いた。何これ、ちょうはずかしいんですけど?!


じゃあまた20時に。そういい残して、すみれさんは食堂を出ていく。僕たちははじっこの席にいたけれど、すみれさんの存在感はやっぱりすごいみたいで、周りからチラチラと視線を感じた。



「はあ〜素敵…。なんで上村隊長は親衛隊ないんだろうね〜」
「潤ちゃん、目がハートになってるよお?村崎くんに怒られるからね?」
「いや〜しょうがないよこれは!だって、聞いた?!"これからも橋本のことよろしく"だって!」


聞いてたよ、もちろん聞いてた。たしかにすみれさんの、大人の余裕?あれにくらくらするのは分かるけれど。


「なーんで匠ちゃん、上村隊長のこと好きにならなかったのか!ちょっと不思議になってきた!」
「えぇ〜…」


すみれさんのこと、だいすきだよ。でも、すみれさんにたいして、同じところに立ちたいとか、そういう気持ちになったことはなくて。


「すみれさんにたいしては、ただただ、尊敬!って感じかなあ」
「つまり、"ちゅーしたいって意味の好き"ではないってことか!」
「え!皆川くん、何それ!」


のむちゃんの目が輝いている。ちょっと潤ちゃん、余計なことを言わなくていいから!


「相手のことを好きかどうかの判断基準は、"ちゅーしたいかどうか"らしいよ!ね?匠ちゃん!」
「つまり?!つまり?!園田会長とは…?」


細目なのに、のむちゃんの目がきらきらしているのがとてもよくわかる。もう、やけくそだ!


「そうですよ、ちゅーしたいですよ!!!」


二人のきゃーきゃーする声を聞きながら。やっぱり僕は、僕の気持ちを音に乗せたいなと思ったり、した。

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