▼ H-dur 6
「たくみちゃん?どうした?」
ソファに一人残された僕を心配してなのか、歩先ぱいが幹部席から抜けてソファに来てくれた。
せっかく響会長の隣をゲットしてたのに、よかったのかな。申し訳ないことしちゃった。
「城崎に何か言われた?」
「っ、」
落ち着き始めた涙腺が、また怪しくなってきて。歩先ぱいは僕の隣にそっと腰かけた。
「ごめんね〜、僕城崎ニガテだからさ、様子見に来られなかった!」
「そんな…いいんですよお、せっかくのお茶会なんだから僕のことなんて!」
「まぁ僕、たくみちゃん大好き人間だから!」
「なんですかソレ」
思わず笑ってしまった僕に、歩先ぱいは優しい顔で微笑む。
「うん!笑ってる方がかわいいよ!」
「も、もう!恥ずかしいからやめてください!でもありがとう…ございます」
「ん?なに?"僕、歩先ぱい大好きです?"
そんなことわかってるってばー!」
「そんなこと言ってないですからー!」
「へへへ!とにかく、なんか困ったことあったら言いなよ?」
こくり、と頷く。
「もしかしたらまた、親衛隊やめろって言われるかもしれないです」
「…たくみちゃんと城崎と付き合ってるって聞いたけど、うそだよね?」
「えっ、誰から聞いたんですかあ?」
「さっき棗が言ってた」
ぱっと後ろを振り返ると、幹部席のすみれさんのとなりで、楽しそうに笑う棗さんの姿が目に入った。
すみれさんの反対側の隣には、響会長。特に何かを話すわけではないけれど、口角を上げてみんなの話を聞いている。…変なカオ。
視線を歩先ぱいに戻して、僕は否定した。
「だよねえ、城崎と話してるときのたくみちゃん、ちょっと緊張してるようにも見えたし」
「今ぼく、付き合ってるひといませんしぃ…」
「ならよかった〜!さすがにポッと出のやつに取られるのは悔しい〜!」
「たしかに、城崎さんとはまだあんまり話したことなくって…」
それなのに、どうして僕にあそこまで固執するんだろう。なにか他に、理由があるのかな。
「城崎っていまいち考えてることよく分かんないからなー。…でも、たくみちゃんの考えてることは分かっちゃった」
「へ」
「たくみちゃん、園田さまのこと大、大、大、大、大好きだね」
「、」
「入隊したときどのくらい好きだったのかはわかんないけどさ、きっと、そのとき以上の気持ちなんだね」
こてん、と歩先ぱいは僕の肩にもたれかかった。
「何で分かるかって?園田さまがお茶会室に入ってきたときにさ、
園田さまのことを見つめるたくみちゃんの顔、僕はずっと見ていたからだよ」
もう否定できなくて、でも肯定することもできなくて、僕は黙っていた。歩先ぱいも、特に答えを求めているわけではなさそうで。
「文化祭の話、聞いたよ」
「…歩先ぱいも、お時間あったらぜひ来てくださいねえ?」
「最優先で行くよ、たくみちゃんのピアノ聴きたいし!園田会長親衛隊としても参加したいし!あ、でも2曲目あらかじめ聴いて練習しときたいかも」
僕音痴なんだよね、と歩先ぱいは笑った。と同時に、すみれさんが立ち上がる。
「そろそろお開きにするぞー」
「「「はーい」」」
「たくみちゃん!僕、園田さまお送りしなきゃいけないから、ちょっと待っててくれる?」
「へ」
「ここのピアノで弾いてみてよ!」
お茶会室には、すみれさんのピアノがおいてある。僕が親衛隊に入ったきっかけになったピアノ。
特別に弾かせてくれる、とすみれさんが言っていた。
「じゃあすみれさんに聞いてみますねえ」
「はいよ!」
歩先ぱいは小走りで響会長を送るグループに追い付いた。みんなが見守るなか、お茶会室をあとにする。
響会長…。
近くに座れなかったな。
近くで声、聞けなかったかな。
まぁ仕方ない。リーダーになったとはいえ、僕は1年の親衛隊だし。そもそも、響会長と話せてたこと自体が奇跡みたいなものだ。
「すみれさーん」
「ん?」
「ピアノ!弾かせていただいてもいいですかあ?文化祭の練習したいんですー!」
「あぁ、じゃあ終わったら電話しろよ、施錠しに来てやるから」
「へ」
いやいや、わざわざすみれさんに、親衛隊長にそんなことをさせるわけには!
「橋本くん、自分の部屋にピアノあるんでしょ?」
「あ、棗さん、」
「わざわざここじゃなくてもよくない?隊長だってお忙しいんだしさ」
棗さんは少しイライラした様子で、たしかに棗さんの言うことはもっともで。僕はあわてて訂正した。
「え、あ、歩先ぱいと練習するんです、だからお茶会室の鍵は歩先ぱいに閉めてもらうので大丈夫ですー!」
「あ、そういうこと。ならよかった。隊長、行きましょ?」
棗さんはにっこり笑って、すみれさんの腕を引いてお茶会室を出ていく。
「橋本、じゃあな、」
「あ。お疲れさまでしたあ」
すみれさんたちを見送って、しん、と静寂。
ヴーヴー
携帯が鳴って、このバイブの音は響会長のほうの携帯だ、って見なくても分かった。
「もしもし!」
【出んのはえーよ】
くくく、と笑う響会長の声。こんな声だったっけ。こんな心地よい声だったっけ。
どんどん特別な響きになっていく彼の声に、戸惑いすら感じる。
【席遠すぎて全然話せなかったな】
「はい、残念、です」
【いつになく素直】
どうした?と響会長。本当、どうしたんだろうね。どうしちゃったんだろう。
【一つ謝んなきゃいけねえことがあってさ】
「なんですか?」
【文化祭の発表、行けねえかも】
「へ…」
ドクドクと、心臓が変な風に動く。
【急遽、客が来ることになって。挨拶しなきゃいけねえからさ】
「お客さん…」
【あぁ、もしかして城崎から聞いてる?あいつの親父さんがうちの学校見に来るんだとよ】
「!」
ー 園田が文化祭に来るといいね?
あの含みのある言い方は、そういうこと?もしかして、わざとその日にぶつけたの?いや、城崎さんがそこまでするかな。お父さんまで巻き込むことはないか。わかんない。わかんないけど。
「ぼ、僕が弾くのは10分だけ、10分だけでも無理ですか?」
【どーだろなぁ、ちょうど時間かぶってたし…けど録画は見るつもりだから。な?】
「でも、みんなも楽しみにしてるし…」
【"みんな"?】
「あ、いや、なんでもないです!あ、ふみくんに頼んでみようかな、ずらしてもらえないかって…あ、でも…」
ふみくんがわざと時間をぶつけたのだとしたら、聞いてもらえるわけがないか。
ー 園田家がどうなるか知らないよ?
下手にふみくんを刺激するのもよくないだろうし。
【…。】
「響会長…?」
【城崎家の当主が、わざわざ"来たい"って言ってくれてんだ】
「、」
【息子の顔見に来るってのが一番だとしても、理事長の翔と会うのが目的だとしても、生徒会長である俺に挨拶する時間くれたってのは大きくて。"園田響"に、はなまるがつくチャンスなんだよ】
「…」
【おまえなら分かってくれると思ったんだけどなぁ…】
「かいちょ…」
【わり、キャッチ入った】
「っ、」
【ピアノ、頑張れよ】
じゃあな、と電話はあっさりと切れた。そりゃそうだ。僕は自分のことばっかりで、響会長のことまでちゃんと考えられてなくて。
「たくみちゃん?」
「あ、歩先ぱい!お見送りお疲れさまですー!練習!練習しましょおー」
「おー!」
どうして僕は、いつもこんななんだろう。情けない。
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