にせものamabile。 | ナノ

 H-dur 4

カラリ、お茶会室の扉がまた開いて、ヒョコッと歩先ぱいが顔を出した。

先ぱいは幹部だから、他の先輩たちと一緒に響会長を迎えに行っていたみたい。


「みなさーーん!園田さまがいらっしゃいましたよーー!!」


席についてー!と言う声に、みんながキャー!!とそれぞれソファに座る。

響会長が座るのは幹部席で、僕のリーダー席はその隣のソファなのだけれど、今日はそこに行けそうにないなあとぼんやり思った。



「こんにちは」



響会長が、笑顔でお茶会室に入ってくる。




遠い。


遠いなあ。




じ、と響会長のことを見ていると一瞬目があって。ほんとうに、一瞬。瞬きしたら見逃してしまうくらい。



けれど、

ふ、と片方の口角だけ上げて笑った彼は、「園田さま」ではなく「響会長」で。



響会長、ちょっといじわるな顔になってるよ。

僕のこと、からかうときみたいな顔だよ。

その顔、他の人に見せちゃだめだよ。




…そんなこと、言える立場じゃないけれど。



「ささっ、園田さまはこちらの席に!」
「「「こちらの席に!!」」」



響会長は幹部席に通されて、隊長であるすみれさんの隣にゆっくりと腰を下ろした。


「園田おまえ、文化祭の準備は大丈夫なん?」
「ええ、もうほぼ終わっていて。今日参加するためにも、頑張ったんですよ」


ふふふ、と笑う響会長に、まわりの隊員の目がハートに…。

すみれさんは半分呆れた顔をして、「それはよかったわ。」と言った。響会長の本性を知っているすみれさんからしたら、猫かぶりの響会長はかなり不自然なんだろう。


そういえばすみれさんは、響会長とただの幼なじみなのかなあ。今はいけめん隊長さんだけれど、中学のときのすみれさんはそれはそれは可憐で、美しくて。

おまけに、優しい。いつも自分の意見をしっかり持っている強さだってある。


一緒にいたらすきになっちゃっても、おかしくない気がするよ。



「タクミ?聞いてる?」
「へ!あ、ごめんなさい、なんでしたっけえ」


ぐるぐると考えはじめてしまった僕を止めてくれたのは、隣に座るふみくんだった。僕たちのソファは響会長から一番遠くて、他には誰も座っていない。


僕、なんでこんなところにいるんだろ。せっかくリーダー席に座れると思っていたのに。



けれどふみくんが響会長のことをあんまりよく思っていないことはなんとなくわかることだし、

響会長の近くに座ったとしてふみくんが喧嘩売っちゃったりしたら困る。さっきのすみれさんとのやりとりも、ちょっぴりひやっとしたし。



「園田ってなんであんなに人気なの?」
「え」
「わっかんないなあ」


どうしてタクミは親衛隊にはいろうと思ったの?、とふみくん。





…僕が親衛隊に入った理由。


最初はただ単に、カモフラージュのつもりだった。誰かに想いを告げられることに戸惑って、逃げちゃおって思って。

だから響会長のことをすきなふりをして、親衛隊に入ったんだ。


そうしたら、誰も傷つけない。僕自身も傷つかない。



けれどそのときの気持ちが、思い出そうとしてもどうしたって再現しなくて。



だってもう、知ってしまった。"にせもの"じゃない響会長のこと。変わろうとしている彼のこと。


僕はもう、気づいてしまった。"にせもの"の自分は必要ないってこと。ほんとうの自分、ほんとうの気持ち。




見ないふりは、もうできない。




「響会長は、僕の憧れです」
「…へえ?」
「僕なんて、ただの庶民で、ただの生徒で、ただの親衛隊員で…。おこがましいって、わかってます。それでも、響会長に追い付きたいって、僕も変わりたいって、そう思っちゃうんです」


そう思わせる力のあるひとなんだ、響会長は。



遠い。

遠いなあ。



けれど、誰かに対して「追い付きたい」、そんな風に思ったのは初めてで、

どんなに遠くても僕は人魚姫じゃないから、海の中にいるんじゃないから、響会長と同じ空気の中にいるから。


がんばりつづければ、僕の奏でる音が"響"く一瞬だってきっとくる。




「さっきからヒビキ、ヒビキ…誰かと思ったけど。園田のことだっけ」
「?」
「園田家のお荷物君って呼んでたから忘れてたな」
「っ」
「"お"をつけるのすらもったいないか。ただの"荷物"だよ、あいつは。園田家には本家のカケルがいるし。その弟だっている」




"荷物"の出る幕なんてないんじゃない?と心底楽しそうにふみくんは笑った。



カッと頭に血がのぼって、

全身が熱くなったのが自分でも分かった。




それを自覚したときにはもう遅くて、

気づいたときにはもう振り上げた手をふみくんにつかまれていた。



「タクミ、君は何をしようとした?」
「っ」



身体は熱いのに、まるで寒いときのように震えが止まらない。



「俺は事実を言っているだけだよ。園田に学園を牽いていく力は本当にある?
 学力だって、歴代の会長は毎回トップが普通だって聞いたけど。園田は倉敷に負けることだってあるらしいね」



たしかに歩先ぱいは頭がいい。どの教科もトップクラスだって聞いたから、先ぱいが1位を取ることもあったんだろう。



でも、それが何?

それだけで判断されるもの?



「園田の親だって、お荷物君に期待なんかしてないだろうね。カケルみたいな優秀な息子がいたら、ってきっと思ってる」



ギリギリと、ふみくんが腕をつかむ力を強めて、その痛みに汗が一筋落ちた。

けれど手を引っ込める気にはなれなくて、僕も負けじと押し返した。




悔しい。


悔しい悔しい悔しい悔しい。





このひとに、こんなひとに、一体何がわかるって言うんだろう。響会長のいいところ、がんばっているところ、変わろうとしているところ、このひとはなんにも知らない。




「橋本?」



すみれさんの声に振り返る。どうした?と心配そうな声で、やっと僕の心は平静に戻ろうとし始めた。



幹部席のみんなもすみれさんと同じようにこちらを見ている。そりゃそうだ、振り上げた腕をつかまれているこの状況、遠くのソファから見たって普通じゃない。



「なんでも、ないですよぉ…」



力が抜けて、僕はゆっくりと腕をおろした。それに満足したように、ふみくんは僕の頭をぽんぽんと撫でた。



ざわり、ざわり。おんなじことされても、こんなにも違う。


「ちょっと城崎さん、見せつけるのやめてくださいよー!」



カラカラと笑う棗さんの言葉を、撤回するのはきっと許されない。だってそんな目で、ふみくんは僕のことを見下ろしている。


ぱたり、みんなの視線を背中に受けながら、僕の目から水滴がひとつ。


その意味は、自分でもうまく説明できる自信がないよ。

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