にせものamabile。 | ナノ

 H-dur 3

お茶会の日がやってきた。少しだけドキドキしながらお茶会室に向かう。

今日は潤ちゃんが脱退後初めてのお茶会で、そして響会長が参加するお茶会で。



「こんにちはぁ」
「おぉ橋本、早いな」


カラカラとお茶会室の扉を開けたら、ピアノの椅子に座るすみれさんが僕の方を見た。

ピアノのまわりにはもう先輩が何人か集まっていて、おいでおいでーと呼んでくれた。


「橋本、せっかくだから文化祭の2曲目、弾いてみろよ」
「へ」
「親衛隊にも一度くらいはあらかじめ聞かせておいたほうがいいんじゃね?アレンジおわってるってじーさんから聞いたぞ」


先生め〜!すみれさんには全部筒抜け!


「聴きたい聴きたい!」
「匠くんのピアノ初めて聴くかも〜!」
「椅子、低くない?隊長無駄におっきいから〜!」
「無駄ってなんだ無駄って」


有効活用してるっつの。と言い返すすみれさんに、周りのみんなはきゃいきゃい。


「…でも隊長のピアノも聴きたいんですけど」


それまで黙っていた棗さんが口を開いた。棗さんはすみれさんのこと大すきだから…そりゃそうだよね、誰だってすきな人の音を聴きたいに決まってる。


「僕は今度でいいですよお、ぶっつけ本番でも大丈夫なくらいだしい…」
「とにかく弾いてみろ。おまえのことだから、楽譜も持ち歩いてんだろ?」



すみれさん、ひとの話を聞いて!



棗さんは興味を失ったように無表情になり、輪から抜けていく。悪いことしちゃったな…。もうちょっとゆっくり来ればよかった。


「えっと…1曲めはワルツですよお。時間の関係で繰り返しはできないので、5分くらいだと思います!2曲めは、メドレーです。これの最後のほうで、みなさんにはコーラスを…」
「説明はいいから。とにかく弾けって」
「あい…」


先生以外の前で弾くのは初めてだから、緊張しつつも鍵盤のうえに右手を置いた。


ー 深呼吸。


高音で、きらりきらりと和音を響かせる。アルペジオにひそむのは、この曲の主題。



「あ!」と先輩の顔が明るくなって、口ずさみ始めるのが見えた。


ー ガラリ


「タクミ!!!」


すごい勢いで扉が開いて、名前を呼ばれる。思わず手を止めた僕の目に入ったのは、息を切らすふみくんの姿で。


「教室にいないから心配したよ、せっかく迎えに行ったのに」
「へ…」


ずんずんと歩いて、ピアノの前に座る僕に近づいてくる。その気迫に押されたのか、先輩たちが道を開けた。

その迫力にも動じず、動かないのがおひとり。すみれさん。ふみくんから僕を隠すようにして前に立った。


「…上村そこ、邪魔」
「は?」
「俺はタクミに用がある」
「これからオチャカイ。この部屋は部外者禁止」
「親衛隊長から許可はもらってるって聞いたけど?」


ねえナツメ?、という言葉に、みんなが棗さんのほうを振り返った。


「転校生が見学したいそうです、って隊長にご報告しましたが…」
「その転校生が、コイツ?」


何だよそれ、と呟くように言ったすみれさんを大して気にする風もなく、ふみくんは僕のほうを覗きこんだ。



「タクミ、何弾いてるの?俺も聞きたい」
「ふ、ふみくん本当にお茶会いらしたんですねえ」
「俺がタクミに嘘つくはずないでしょう」


タクミは本当に、ピアノが似合うねえ。とにこにこ笑うふみくんだけれど、お茶会室の雰囲気はピン、と張りつめている。


「で?橋本に何の用?」


すみれさんがもう一度、ふみくんの視界に入ってそう言う。


「あのさぁ…。アンタになんの関係があるわけ?」
「はぁ…?」


明らかな挑発に乗ろうとする、すみれさん。そういえば再会したときも、うっかり下の名前で呼んだら一瞬でお皿が粉々にしてたっけ。

いつもは穏やかだけれど、わりとすぐに戦闘態勢に入っちゃうすみれさんです。



「すみれさんすみれさん、」
「なんだよ橋本」
「ふみ…いえ、城崎さん、僕のお友だちなんですー」
「は?まじで?」
「えーっと…ぺんぱる?的なやつです」
「ほぼ死語だな、それ」
「あは、それ友達にも言われましたよお」


文通なんて、今どきやってる人少ないよね、きっと。すみれさんは拍子抜けしたのかけらけら笑って、ちょっと恥ずかしくなった。


「また橋本が面倒ごとに巻き込まれてるんかと思った」


なんだ、元から知り合いだったのか。とすみれさんはちょっと決まり悪そうに言った。



「橋本くん、あのことって秘密なの?」
「へ」



そんな中、突然の棗さんの声に、みんながパッと振り返る。


「城崎さんと橋本くんって、付き合ってるんでしょう?」




「「「………えーーーーーーー?!?!」」」



みんなびっくりです。もちろん僕もびっくりです。


「え!付き合ってないんですけどお!」
「橋本くん、照れてる〜!可愛い!」


いやいやだから、付き合ってないってば!棗さん、いきなり何をいってるの?


「ナツメ、秘密だって言ったでしょ」


ふみくんはたしなめるようにそう言って、するりと僕の腰を抱いて笑う。


「へ?!あの、違います違います!ぺんぱる!」
「タクミ、真っ赤になってかーわい!」



え?ほんとなの?とか、
いやいや有り得ないでしょ、とか
でもあんなに優しい城崎初めてみたよね…。とか…。


ざわつく室内をよそに、ふみくんは僕の腕を取って一番遠いソファに座らせた。


「わかってるよね?」
「へ」
「浮気したらダメだよタクミ、それが園田家であっても…俺が潰すよ。」


にこりと笑うふみくんが、僕の腕に爪を立てるようにしてギュッとつかんで。



僕はそのとき初めて、自分の置かれている状況を理解した。

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