▼ H-dur 2
「もーっ…」
「匠ちゃん、ごめんね?」
「…まぁいいよお。オムライスすきなのは事実だしさ、付き合ってる人いないのもほんとだし」
「そこもだけど、情報やりとりしてんの黙っててごめん!言おう言おうって思ってたんだけど、タイミング逃しちゃったっていうか、匠ちゃんに引かれたらどーしようって思ってて!」
「のむちゃん…」
「あと匠ちゃんって結構抜けてるから、僕が情報屋だってぽろっと言っちゃいそうだし!」
何それ失礼な!!!僕、そんなに口軽くないからね?!…あー、でも。
「…たしかに、つい言っちゃうかもぉ」
「でしょ?!」
「だって響会長がのむちゃんからオムライスのこと聞き出してさ?それそのまま夕飯に出してきたとかさ。なんか、もう、それだけで笑っちゃうもん」
何笑ってんだよ、ってきっと響会長は頭をぐりぐりしてきて、そしたら僕、多分言っちゃう。情報屋さんに聞いたんですよね?って。
そしたら響会長、どんな顔するかなあ。いつも響会長に振り回されてる僕だから、ちょっとくらい仕返ししたってバチは当たらないよね。
「…待って匠ちゃん。何なのその幸せそうな顔は!」
「へ」
「いやいや野村、もっと聞かなきゃいけなきことあるだろ!夕飯って?どういうことだよ!」
いっちーまでのむちゃんみたいな勢いで詰め寄ってくるからびっくり。
「いやあの、だから…響会長がチーズ入りオムライスをルームサービスで頼んでくれてぇ…」
「待ってあれ、たしかそんなメニューないからね!特別に作ってもらってるよさすが園田家!」
「あ、そうだったんだぁ」
今度お礼言わないと。…でもまた、会えるのかな。響会長に会えるのは、響会長がそうしようと思ったときだけで。
「橋本、会長と付き合ってんの?それとも親衛隊だから?」
「いやいっちー、園田会長ってそもそも部屋に誰も入れないからね。親衛隊も一緒」
「そうなのか、じゃあ橋本は特別?なんで?」
「とくべつ…」
僕、特別に入れてもらってるのかな。他の人、本当に呼んでないのかな。夜のお呼ばれは、まだ続いているのかな。僕の番も、まわってくるんだろうか。
「僕にも分かんないけどぉ…オムライスのおかげでね、響会長と仲直りできたんだよお。だからのむちゃん、ありがとお」
「仲直り?!待って!喧嘩してたの?!そんな仲なの?!なんかもう!僕は!どうしよう!!」
「橋本、野村の興奮状態が尋常じゃないからあんまり爆弾落とすのはやめよう」
「へ、あ、ごめん」
「しっかし、会長と個人的に会って大丈夫?親衛隊、厳しいって聞いたけど」
そう。掟を何個破ってるんだろ、僕。個人的な連絡、接触、もちろん会うこともだし、お部屋なんて言語道断。
「バレたらやばいし、俺は反対だな…」
「いっちー…」
そうだよね。僕も頭ではちゃんとわかってる。掟を破らないって、サインをして入隊した。破ったら制裁。それもわかってる。
「でもねいっちー、もう会えないのは、さみしいよ…」
「橋本、」
「やっと元どおり喋れるようになったのに、また話せなくなっちゃうのは、やだな」
なんで僕、親衛隊に入っちゃったのかな。入ってなかったらよかったかな。入ってなくても近付けないとは分かっているけれど。
僕がお金持ちのおうちに生まれてたら。もしくは響会長が庶民のおうちに生まれてたら。
生きる世界が違うなんて、こんなことで悩まなかったのかな。
「橋本、あの、野暮なことを聞くけど…園田会長のこと、好きなのか」
「そそそそそうなの?匠ちゃん!」
「へ」
僕が、響会長のこと、すき?
「………そういうことかぁ」
ストンと僕は理解した。
僕が響会長に会いたい理由は。ワルツを聴いてほしい理由は。
「…あー、でも。響会長、すきなひといるって噂あったでしょお」
「あれでしょ、親衛隊を呼ばなくなって、園田会長に本命か?!って記事出てたやつ」
「僕、たぶん、響会長のすきなひと知ってる」
「え!」
がんばってる子がすきだって言ってた。タイプだって言ってた。自分もがんばろうって思える、って。
「真中雪ちゃん。見てて飽きないとも言ってた」
「そうなの?いっちー、如月蘭と仲良くなったんでしょう?なんか聞いてないの?」
「え。真中の話も出るけど…いかに可愛いかいかに危なっかしいかって延々語ってくるだけだよ如月」
「ちょっとー!少しは情報集めてよー!」
「そんなこと言ったって…。あー、けど真中は副会長の補佐だって言ってたぞ」
「そういえば!真中雪ってむしろ副会長とうわさあるよね?!ちょっといっちー!探っておいてよ!」
「え、ええ?俺?」
いっちーは慌てるけど、のむちゃんの中ではすでに決定事項みたいで。「よし、とりあえず情報集めだ!おー!」なんてやる気まんまん。
「いいよいいよぉ、いっちー。無理に聞き出したりしなくていーからぁ。別に、響会長が雪ちゃんすきでも、しょうがないって思うし」
雪ちゃんは綺麗で優しくて強くて。生きる世界も、響会長と一緒。生徒会の補佐に選ばれるくらいの人だから。
「それより、ね。僕は文化祭がんばらないとお」
「橋本なら大丈夫!頑張れよ!」
「うん!ピアノの先生も来てくれるんだよお、すみれさんも譜めくりしてくれるって言ってたし…あと、親衛隊のみんなも。」
それにね。
「響会長にも、来てほしいって、言えたんだぁ」
「匠ちゃんが?!」
「うん、ぜったいきてほしいって、言っちゃったぁ」
「…それってさ、園田会長に匠ちゃんの気持ちバレてない…?」
「へ」
…いやいやでも、僕はもともと親衛隊だし。親衛隊が響会長のこと想ってても、今更な話だよね。うん。そう信じよう。
「そこは大丈夫、なはず!それよりね、僕、二人に聞いてほしいことがあるんだあ」
「ん?」
「ちょっとだけ時間、ください。文化祭が終わったらあ、話すから…」
「…うん、分かった!いつまでも待つよ!」
二人に言わないと。
今まで見せてた自分が"にせもの"だって言ったら、軽蔑するかもしれない。嘘つきって言われるかもしれない。
でも、ちゃんと僕を僕として見て欲しくて、僕は僕として、二人と仲良くしたくて。
二人のこと、だいすきだから。
本当の僕のこと、知ってほしいな。
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