にせものamabile。 | ナノ

 H-dur 1

伝えたい、音があります。

伝えたい、心があります。




大嫌いなこの声を、「誰か奪ってほしい」って。ずっと思っていた。


けれど、今。

僕の生きる場所が、海の中じゃなくてよかった。

声が届く、ここでよかった。

ピアノが弾ける、ここでよかった。






「橋本、ピアノ順調?」


いっちーが、僕に問いかける。

今日は、いっちーのお部屋にお邪魔している。のむちゃんと3人で話すのはちょっと久しぶりで、けれどやっぱり落ち着くなあと思った。


「ん、順調だよお、ぜったい!ぜったい、見に来てね?」
「おう!野村と行くから。な?」
「匠ちゃん、がんばってね!」


ありがとう、と伝えると二人はにこにこ笑う。しあわせだなー、落ち着くなー。…もしこれを失ったら。

こわい。でも、今のままじゃきっと、だめなんだ。


「あ、そういえば。3年生の、城崎さんって知ってるう?」
「いやいや、知ってるも何も。あの人めっちゃ有名人だろ?」
「いっちー、匠ちゃんに常識は通用しないからね!」


やっぱり、有名な人なのか…。転校してきて2ヵ月でそんなにみんな知ってるなんて、すごい人にちがいない。


「あの人ね、一哉と同じ高校から来たらしくてえ」
「言われてみればそうだね!」
「一哉にも僕のこと、聞いたって…」
「「………は?」」


ふみくんが、一哉と繋がるなんて驚くよね。僕も最初にそれを聞いたとき、とってもびっくりしたし。


「いやそこじゃなくてね…」


強ばった顔で、のむちゃんは僕の手を取った。


「この前、匠ちゃん3年の教室に行ったじゃない?」
「うん、歩先ぱいに会うためにねぇ」
「そこで城崎文に道聞いたでしょ?その他に何か話したの?」
「へ?道なんて聞いてないよお。言ったじゃん、文通の相手、城崎さんだったのさ」
「いや聞いてないからね?」


あれ?おかしいな。もう言った気がしてたよ!


「待って、僕の情報網によると匠ちゃんから話しかけたって話だったんだけど…もしかして城崎から…?」
「うん、なんか夏休み明けに転校してきたらしくてぇ…文通はしてたから、やっと会えたねーって言われて…」
「…」
「城崎文、何考えてんだろうな」
「…城崎、匠ちゃんに興味アリってこと?何で僕、こんなに匠ちゃんの近くにいて気づかなかったんだろ」


いっちーとのむちゃんは考え込んでしまって、僕はちょっと焦って。


「いや、あのね!僕が心配してるのはいっこだけで…」
「なぁに?」
「一哉とその恋人さんに、僕のことを聞いたみたいなのぉ。それで恋人さん、嫌な気持ちになったみたいで」
「はぁー?一哉君だけじゃなくて、恋人まで?」
「うん…でね、僕どうしたらいいのかなって。城崎さんには、もうそういうのやめてって言ったの。でも、一哉たちにも謝ったほうがいいのかなとか、でもそれって逆に迷惑だろうなとか、かんがえててー…」


そんなの何にも悪くない匠ちゃんが謝る必要ないでしょ、とバッサリのむちゃんは言った。

ほ、と肩の力が抜けたのがわかった。そっか、僕は悪くないんだ。


「橋本、あんま一人で色々考え込むなよ?すぐ俺たちに相談したほうがいい」
「そうだよー、匠ちゃんは噂にも疎いし!僕たちが守ってあげないと!」
「いやいや、のむちゃんが詳しすぎるんだよお…」


人間関係図鑑、野村豊さま!!!


「まぁー、曲がりなりにも情報屋さんなんでね!」
「へぇーそっかぁ!…ん?」


ん?んん?んんんー?


「ずっと黙っててごめんね!僕さ、この学園の情報やりとりしてんのさ。主にラブについてだけど!」


お金取ってるわけじゃないよ?と、のむちゃん。彼によると、それなりの情報をくれたら、求められる情報を渡しているらしい。

もちろん、情報屋さんイコールのむちゃん、というのはトップシークレット。


だからそんなに詳しかったのか…と納得する一方、なんでそんなことしてるんだろうって疑問もちょっと。


「んーとね!楽しいから!」
「あ、そ…」
「橋本、俺も最初聞いたとき同じ反応したよ」


いっちー、仲間!もう何も聞くまい…。


「でさ、匠ちゃん。」


のむちゃんに携帯を手渡された。


「このアドレス、見覚えある?」
「へ?えすいちいち…あ。響会長のだよお」


園田の"S"と、誕生日。響会長のアドレスに間違いない。…え、でもなんでのむちゃんの携帯に響会長からメールが?


「やっぱり園田会長か…まさかとは思ったけど」
「そんな仲良しなのぉ?のむちゃんと響会長」
「違う違う、これ情報欲しいってメール」
「?」
「読んでみ?」
「いいのぉ?」


なになに…[高等部1年B組特待生(音楽)の好きな料理]



「?!」


えっ、これ僕のことだよ。僕たちのクラスは、他に音楽の特待生はいないし。


「びーっくりだよね、天下の園田会長が!匠ちゃんの!好物を!聞くなんて!親衛隊にもかかわらず!」


待って、待って。え?だから知ってたの?僕がチーズ入りオムライスすきだってこと。

わざわざ調べたの?


「匠ちゃん大好きメンバーの誕生日調べたら園田会長の誕生日が"1105"だったからさぁ、まさかこのアドレスは、と思ってて。」
「何その大好きメンバーってぇ…」
「そんでね!ためしに交換条件として匠ちゃんのことで知ってること1つ教えてって言ったの!」
「ひぃー!こわいやめて聞きたくない!」


響会長には変なとこばっか見られてるし!何言われたかな。変なことじゃないといいんだけど…。


「"鎖骨にキスマーク。恋人がいる可能性あり "」
「!!!」


やっぱり歩先ぱいにつけられたキスマーク、見られてるし!


「橋本、付き合ってるやついたの?」
「いないいない!いないよぉ?」
「…」
「やめてそんな引いた目で見ないでいっちー!」


いっちーの目がちょっと変わったのがわかったよ…。そんなフシダラな話じゃないですからね。


「もう僕ワクワクしちゃって!匠ちゃんにカマかけてみたら事実っぽいし!」
「いや、あの、…うん、歩先ぱいにつけられましたぁ…」
「まぁそんなことだろうと思ってたけど!付き合ってる人いないって匠ちゃん言い張るし!」
「うんいないよお、いたらのむちゃんといっちーに一番最初に報告するもん」
「略奪に燃える攻めもいいかなーと思ったんだけどさ、匠ちゃんにキスマだなんていい情報もらっちゃったしさ!園田会長にはオムライスが好きってことと恋人なしってこと、ふたっつ教えてあげたんだよー!」
「…」


もう、何してくれちゃってんの!のむちゃんの、ばか!

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