羽根の生えた夢



「メイプルシロップショットガン」のヒサナさんからの頂き物
私が留学へ行く前に書いてくださいました!










俺の夢は、医者になること。
せやから俺は、高校卒業間近、医大に進むことを決めた。
そんで同時に、家を出ることも決めた。

はぁ、そうなんすかっていう光の抑揚のない声を聞きながら、俺はささやかな覚悟を決めた。



「……光。いつか、一緒に住もな」

俺の部屋ん中にある雑誌をパラパラとめくっとった光は、俺を見てぱちくりと目を瞬いた。
「なん、すか。急に……」
「……俺、特別頭ええわけでもないしな、医大行ってもうたら、めっちゃ勉強せなあかんねん」
「はあ」
「せやからな、あんま会えんようになってまうかもしれん」
「…………」
少しだけ目をそらす光、俺は目をそらさない。
「……寂しい思いさせてまうけど、……別れたないねん。光と将来一緒におるために頑張るんや。せやから……」
「言いたいことまとめてしゃべってくださいよ。……結局、何なん」
ずれた視線が帰ってきて、どきりと心臓が跳ねる。
真っ黒いその目に見つめられるたびに、ああ俺はこいつが好きなんやなあって思い知る。
「えっと……光が好きです。せやから、会えんでも我慢して」
俺の結論に、光は喉の奥で笑った。
「……しゃーないから我慢したります」
言うが早いかぺろんと唇を舐められる。

……これから忙しくなる、あんま会えんようになる。
そう思ったら我慢がきかなくなって、俺は光を床に押し倒してもうた。

光の留学が決まったんは、その翌日やった。

来年から行くことになったんすわ。ほんの1年くらい。まあ夏休みには帰ってこれるんちゃうかなあ。まあそんな感じで。

抑揚のない声は、大事なこともさらさらと流していってしまう。
―――ちょお、待って。待ってくれ。
何がどうなって誰がどれくらいどこになんで?

「光、なんで……なんでやねんな」
「俺、翻訳家になりたいんすわ。せやから本場の英語聞いてくる」
「…………っ」
俺はこのとき、初めて光の夢を知った。
光はきっと普通に働くか、もしくはフリーターんなるんやって思っとった。俺がばりばりな医者んなったら養ってやらなって思っとった。

でもそれは俺の願望でしかなくて。
光には光の夢があって、俺と一緒にいることがイコールそれやなくて。

考えてみれば当たり前のことやったのに、がつんと頭を殴られたような気がした。


「……謙也さん、泣いとんの?」
「泣いてへん」
泣いてへん、ただ、自分の身勝手さに辟易しとるだけで。

「……光」
「はい」
「……ごめんな、俺、お前んこと全然わかってやれてへんかったなあ」
うつむいて、冷たい手をそれぞれ握る。
ゆっくりとぬるい体温になった光の手が、不意にぎゅっと強く握り返してきた。




「謙也さん、あんな」
「うん」
「俺、あんたと住みたいんすわ。ほんまに。謙也さんにいってらっしゃいって言うて、おかえりなさいも言うて、まずい弁当作ったげて、布団も干したって、雨の日は部屋干しして、買い物はめんどいからネットスーパーで頼んで、ときどき風呂掃除して、いっぱいセックスして、気が向いたら好きやって言うたげて……」
「…………」
「……そうしたげたいんです。全部、全部したげたいんすわ」
ぬるい体温は、俺と光がゆるゆるとひとつになっていく過程。
その過程を撫でながら、はっと、俺は気がつく。

翻訳家は、ようは作家みたいなもんで、それはつまり、
「光……家で仕事できるから、翻訳家に、なるん……?」
「我ながら不純な動機っすわぁ」

手のひらで足りなくなって、俺は光を抱き締めた。
ぎゅうって、痛いって悲鳴が聞こえるまで、自分の力全部使って。

「ねえ謙也さん。いつか一緒に住むんでしょ? ……俺、夢にしたないねん。夢のままで終わらせたないねん」

謙也さんに養ってもらうとかフェアやないし、なんて付け足してくる光に、またぐらぐらと脳みそが揺れる。

ああ、せやなあ。
どっちかがずっと頑張るんじゃあかんのやな、どっちも頑張って、そうやって、一緒に幸せになってくんやなあ。
一緒に幸せになることを、光はきっと俺よりも望んでくれとったんやなあ。


「……ひかる」
「はい」
「すき、や。ほんまに、ほんまにお前が好きや。俺、どないしたらええかわかんくなるくらい、お前が好きや」
「そっすね」
「……ひかる」
「はい」
「…………行ってらっしゃい」
「……はは、言ったげたいって言うたのに、謙也さんに言われてもうた」

少し体を離して、ぐりぐりした黒い目を見つめる。
光は目を細めて、誰にも見せない、俺にだけ見せてくれる柔らかい笑顔を浮かべた。

「行ってきます、謙也さん」





俺の夢は、医者になること。
そんで、光と一緒に幸せになること。

今やってもちろん幸せやけど、そんなん比やないくらいに幸せになること。
テニスとは違て、頂点なんかない。ただひたすら昇り続けるような、そんな幸せを、光と一緒につかむんや。

青空を裂く飛行機雲を眺めながら、俺は全力で走りだした。









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ヒサナさんから素敵な謙光小説を頂きました!
もう…めっちゃくちゃ嬉しかったです!光ちゃん男前!二人に距離なんて関係ないよね!わかります!!
ヒサナさん、素敵な小説をありがとうございました!大好きです!!





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