迎えにきたよ


「月と太陽」くわさんからの頂き物!
私が留学から帰ってきたときに頂いたものです。
「いってらっしゃい」「おかえり」の続きです。









春。3月。
この日俺は、高校を卒業する。


静かに、厳かに、時間通りに進んでいく式に、いつもの如く眠くなり思わず欠伸を1つ。
隣に座ったクラスメートが、「こんな日にまで寝不足かい」と小声で言ってきたのに、小さく頷いた。
くっ付きそうになる瞼を必死に開けて、何とか眠るのを防ぐ。
昨日は、1日中部屋の整理をしていた。
東京に行くための荷物を作り、置いていく物の中でいらない物を処分しつつ、往生際悪く、邪魔をする甥っ子を宥めたり。
拗ねて箱詰めした荷物を全部出す甥っ子が、それでも可愛くてぎゅうぎゅうと抱きしめてやった。
俺だって、こんなに可愛い甥っ子と離れるのは寂しい。でもそれ以上に夢を叶えたいし、謙也さんの側にいたい。だから甥っ子には悪いけど、泣き疲れて寝たのを確認すると、再び荷物を纏め始めた。
大学進学のため、卒業式の翌日、つまり明日、上京することになっていた。
大きな荷物は、既に送ってある。昨日は、衣類などを送った。日付指定にしたから、俺の上京と同時くらいに荷物が着く筈だ。
片付けながら、18年間自分のパーソナルスペースだった部屋をぐるりと見渡す。いろいろな思い出が、ここには詰まっている。特に、中学1年から2年間の思い出が蘇り、少し泣きそうになった。あれから4年経つのに、あの思い出は色褪せず、今もキラキラと輝いている。
ほんの少しだけ感傷に浸るも、すぐに頭を切り換えた。
だって明後日からは、また謙也さんとずっと一緒にいられるから。


上京するにあたって一番心配だったのは、謙也さんの近くに部屋が借りれるか否かだった。
せっかく東京まで、謙也さんの側まで行くんだ。少しでも近くにいたい。
そう思っていた俺に、まさかの謙也さんからの言葉。
大学合格発表の確認がてら、部屋を探すつもりで上京したあの日。謙也さんに、一緒に不動産屋を廻ってくれないか、と頼んだ時。
さも当然と言わんばかりに、さらりと言われた。

「え? 光、ここに来てくれるんやろ?」

謙也さんは、自分んちを指差す。
俺が東京にある大学を受けると知った時、謙也さんの中ではそう決定されていたらしく。
恋人からの言葉に願ったり叶ったりだが、本当にいいのか聞いてみる。

「ここ、ワンルームやないですか。俺入ったら、狭なりますよ」

パソコンとオーディオ。大きい荷物が2つある。この部屋に置けるのだろうか。

「平気やで。ちゃ〜んと、光の物が置けるスペース、作っといたるから。それに」

2人で腰掛けていたベッドに押し倒される。

「ベッドは1つでええしな」

めちゃめちゃ格好いい顔で言われて、思わず見惚れた。
不動産屋を廻らなくてよくなり余った時間は、謙也さんの腕の中で過ごすという、とても有意義な時間に当てた。


あの時の謙也さんを思い出し、思わず笑みが浮かんだところで名前を呼ばれ、起立した。いつの間にかお偉いさんの長い話も送辞も終わっており、気付けば自分の出番になっていた。
めんどいと思ったものの、一度引き受けたからにはきちんとやる。それが俺のポリシーだ。
壇上に上がり、ふと目についたのが在校生の席で。泣きはらして赤い目をした幼なじみの姿が目に入る。あ、俺と目が合ったことに気付いたら、また泣き出した。
小さい時から、遡れば赤ん坊の時から側にいた幼なじみ。
今、金太郎が泣いているのは、俺と離れることが悲しくてではない。もちろん、それも多少はあるが、俺と謙也さんが、漸く一緒にいれるようになることが嬉しくて泣いているのだ。
俺と謙也さんとの仲を知っている数少ない中で、金太郎は謙也さんと付き合う前の俺の葛藤や涙、蔵さん達には吐き出さなかった時折感じた寂しいという思いを知っているから、また2人が一緒になれるのが嬉しくて朝から泣いていた。
いい加減、泣き止め。そんなことで泣いてくれる金太郎の気持ちが嬉しくて、うっかりこっちも泣きそうじゃないか。
金太郎から目を離し、深呼吸を1つ。目の前の原稿にちらりと目を走らせてから、言葉を吐き出した。


無事に式を終え、校庭に集まった。漸く泣き止んだ金太郎の顔を拭ってやる。

「ほら、しっかりしぃや。俺より背が大きゅうなっても、中身はちぃーっとも変わらへんな」

見上げんばかりに成長した金太郎。幼かった顔立ちも、随分男らしくなって、さぞかし女の子にモテるだろうに、中身がまだお子様なため、いまだ彼女がいない。まあ、最初の1年間は蔵さんに、後の1年間は俺にべったりだったから彼女を作りようもなかったのだが。


 

「金太郎……、今まで、おおきにな」

謙也さんが上京する時、不安に思っていたこと。それが、大当たりするとは、誰も思わなかっただろう。
謙也さんも蔵さんも卒業して、信じられないことに俺に猛アタックしてくるやつが現れた。俺の気持ちは謙也さんにしか向かないから、ずっと突っぱねていたが、そいつは実力行使に出てきて。油断していた俺も悪かった。突然のことにパニックになった俺は、ろくに抵抗も出来ないまま、体育倉庫に連れ込まれるところだった。
そこに現れたのが、部活が始まるのに現れない俺を探しに来た金太郎。血相を変えそいつを俺から引き剥がすと、「謙也の代わりや!」と思いっ切り殴り飛ばした。
俺には金太郎がついている。そう噂が広まったのか、それからはそういったことは一切なく、随分と穏やかな1年間を過ごさせてもらった。

「わいは、光も謙也も大好きやからな!」

にっかり笑う金太郎は、どんなに成長していても、俺の知っている金太郎と変わりなかった。

「財前!」

声がした方に顔を向ければ、懐かしい面々が揃っていた。

「卒業、おめでとう。漸く、やな」

小さな花束を、健二郎さんがくれた。オレンジを基調としたどこか暖かみを感じる花束は、くれた人の人柄を表しているようだった。

「謙也は来てへんのか?」

相変わらず、小春さんにべったりなユウジさんは、周りをキョロキョロと見渡す。

「何や、どうしても外せん講義がある言うてましたわ」

どうせ、明日には東京に行くのだ。わざわざ俺の卒業を見に来ることもないだろう。
謙也さんはまた、「おかえり」と言ってくれるだろうか。

「ふーん。謙也は、来れへんのか」

何故かにやにやしている蔵さん。この人がこんな顔をするのは、何か企んでいる時なので、若干警戒する。

「あ! せや!」

久し振りに会った千歳さんにじゃれついていた(成長した金太郎より、まだ千歳さんの方が大きかった。まだ少し成長しているらしい。この人の成長期はいつ終わるのだろう)金太郎が、思い出したかのように大きな声を上げた。

「わいらな、光の卒業祝いにええもん用意したんや。やけど、準備が必要やから、光、一度家に帰っといて。後で、呼びに行くわ」

早く帰れと、金太郎に背中を押される。他の卒業生は、まだ大半が校庭で別れを惜しんでいる。
金太郎や蔵さんに見送られながら歩みを進めた。

「光」

校門を出れば、大好きな声がした。
顔を向けて見れば、そこには謙也さんがいて。
どうしてここに? 大学は?
そんな問い掛けが頭をぐるぐる回るが、口から出ることはなかった。
驚いて、ただ口をぽかんと開けるだけしか出来なかった。

「光」

もう一度俺の名を呼ぶと、その場から動かずに、左手を差し出す。その薬指には、俺の胸元で揺れる輝きと同じ物が嵌っている。キラリと光るプラチナが、眩しかった。
学生の頃輝いていた金髪は徐々に暗くなり、今は柔らかいブラウンが風に靡く。傷んでいる筈のそれは、傍目には柔らかく見えた。
ただ左手を差し出して動かない謙也さん。
こんな往来でどうしよう、今とても抱き付きたいと思った。
悩んでいた俺の背中を、誰かが押す。
振り返れば、そこには笑顔の金太郎がいて。後ろには蔵さん達もいて。

「卒業祝いやで」

だから、今ここに、謙也さんがいるのか。謙也さんも一枚かんでいたに違いない。とんだサプライズだ。
逡巡は一瞬。
謙也さんの元に駆け出した。
俺の右腕を掴み抱き寄せる、優しい手。いつだって、この腕の中は暖かい。
ぎゅっと抱き締めれば返されるそれに、自然と笑みがこぼれた。
謙也さんが、少し屈んで俺の耳元に口を寄せる。

「光、卒業、おめでとう」

謙也さんの言葉を聞いて、式の最中に堪えた涙が、一気に溢れてきた。
これからは、手の届く範囲に謙也さんがいるんだ。そう思ったら、嬉しくて堪らなくなった。

「光」

謙也さんが俺を呼ぶ声音は、とても特別で。ドキドキする。何年経っても、それは変わらない。
俺の首からネックレスを外し、指輪を手にした。
どうするのだろうとじっと見ていれば、にっこり微笑む。
左手を取り、薬指にそっと填めると、指輪が嵌った指に口付けた。
ああ、俺はこんなにも、この人に愛されてる。



「迎えに来たで」



帰ろう、一緒に。
2人の家へ。


END











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くわさんから頂いちゃいました!しかも続きもので3つも!!愛を感じますね!!ええやろ!!←
めちゃくちゃ嬉しい…!くわさんとこのひかちゃんは本当にかわいすぎる!!
くわさん、素敵な小説をありがとうございました!大好きです!





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