いってらっしゃい



「月と太陽」くわさんからの頂き物!
私が留学から帰ってきたときに頂いたものです。










《いってらっしゃい》


朝早い新幹線のホームは、思ったより人がいた。
大きな荷物は既に送っていたため、今彼が持っているのは、小さなリュックだけ。

「ほな、行って来るな」

俺の頬を愛おしげに撫でながら、そう言う謙也さん。それだけでは我慢が出来なかったのか、結局抱き締められる。
……人目があるけど、大人しく抱き締められておく。
俺なりの、餞別だ。

「うう〜、不安や。光ん側離れるん」

3月に中学を卒業した謙也さんは、4月に入る前に東京へと旅立つことになった。
謙也さんが進学を決めた先は、東京で。小さい頃からの夢である小児科の先生になるために、いろいろ悩んだ末に決めた進路だった。
大学進学まで見据えた進路に、俺が反対する筈もなく。むしろ、応援したくらいだ。
夢を語る謙也さんを好きになって。謙也さんが夢を叶えるためならば、少し距離が開いて寂しくなるくらい、いくらだって我慢出来る。

「そないに離れることが心配ですか? 俺は、謙也さん以外好きになりませんよ」

距離に負けないくらい、謙也さんが好きだし、謙也さんを信じてる。

「どアホウ。誰がそないなこと心配しとるか。俺かて光以外、好きにならへんわ」

てっきり遠恋に不安がってたのだと思ってたのに。

「たかだか3時間ちょいの距離やないか。俺は、北海道と沖縄くらい離れてたって、お前と恋愛が出来るっちゅー話や」

では、何に対して不安になるんだろう。
目で聞いてみれば、

「俺が居らんようになったら、光を狙う害虫を誰が払うねん」

何ともアホな回答を貰った。
俺を狙う害虫ってなんだ。男である謙也さんの彼女ではあるが、誰もが誰も、同じ性癖を持っているとは限らない。

「……謙也さん、それはいらん心配や」
「光は分かっとらんのや! 俺が在学中、どんだけ害虫駆除してたかを! 朝練抜け出して、下駄箱の中に入っていた男からのラブレター捨てたり、呼び出してイタズラしようとしてた計画聞いて、全力で潰したり」

それは知りませんでした。
てか、そんなことになってたのか。

「お前、自分で気付いてへんようやけど、男女問わず人気あるんやで。細っこいしかわええし。1年の頃から、たくさんの狼に狙われてたんやで」
「で、その内の一匹に食われてもうたんですね?」

クスクス笑えば、

「やって、我慢出来ひんかってん。お前が大好きすぎて、抑えられんかった」

抱き締める力が強くなる。

「まあ俺も、入学した時から、好きでしたけどね」

初めて明かした俺の秘密。気分がいいから、もう一つ餞別くれてやりますわ。
謙也さんが初恋です、という秘密は、もう少し閉まっておきますわ。

「え、そうなん!?」

頷いてやれば、「惜しかったわ〜。もっと早よう告ってれば良かったわ〜」と、少し悔しがる声音が聞こえた。

「せやから、俺は謙也さん以外にどうにかされるなんて、まっぴらごめんですし、それに」

言葉を区切って、謙也さんの胸から顔を上げる。

「まだ金ちゃんが居るし、高校に行けば、蔵先輩達が居る」

世間に認められない関係でも、俺達は孤独じゃない。大切な仲間がいる。俺達を、守ってくれる仲間が。

「せやな」

俺が誰かに襲われるんじゃないかと心配していた謙也さんは、ようやく笑顔を見せてくれた。

「俺としたことが、光を置いていくことに不安になって忘れとった」
「酷いやないか、俺らのこと忘れるなんて」

頼んで2人っきりにしてもらっていたが、発車時刻が近付いてきたため、待合室で様子を伺っていた蔵先輩らがやってきた。

「財前のことは、俺らに任しとき。俺らは、いつだってお前らの味方なんやから」

金ちゃんもやってきて、「わいも頑張るからな! 謙也、安心せえ」と、俺に抱き付く。
謙也さんは笑って、「金ちゃん、おおきに」と頭をくしゃくしゃと撫でた。
駅のアナウンスが、電車がホームに近付いてきていることを知らせる。

「そろそろやな。謙也、頑張れよ」

握手をする親友同士。
やはり別れが迫ってくると、胸に寂しさが湧いてきた。
でも今は昔と違って、たった3時間くらいで行き来出来るし、声が聞きたくなったら携帯電話がある。メールだってある。
それに、俺達が出会うまで、12年掛かった。
それに比べ、4年なんてきっとあっという間。
だから俺は、笑顔で謙也さんを送り出す。
帰ってきた謙也さんに、「お帰りなさい」と言うために。


「いってらっしゃい、謙也さん」


END






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