愛せばよかったなぁ







ゆめみしさまリク
謙光
(未来設定にさせていただきました)







1年半片思いをして、少しの期間だけ付き合った、同性の後輩。恋人同士の関係を始めたのも、終わらせたのも俺やった。あいつのことを好きになったのは、一時の気の迷い。若気の至り。そんな風に忘れようとした元恋人のことを、俺は今でも引きずっている。




「ほなお疲れ様です」
「お疲れ〜。忍足くん明日もよろしくな!」



その元恋人、財前光と別れてから月日はもう6、7年経っていた。俺は大学生になり、アルバイトなんかもしている。昔からある程度のことは何でも器用に出来た、要するに要領がよいんだ。やから、バリバリバイトしながらもなかなか成績は良かった。見た目も自分で言うものなんだが悪くないので、女の子の声をかけられることもしばしば。彼女も何人も作ったけど、本気になれずにすべてが面倒になって結局今は恋愛することを放棄している。




先に恋愛感情を持ったのは財前の方やった。あまりにも熱い視線で見つめられるもんやからどうしても気になってしまい、一生懸命俺のことを追いかけてくれるところがなんとも愛らしくて。付き合おうと言いだしたのは俺の方やった。告白をしたときの驚いた財前の表情は今でも忘れられない。



ただ、俺は若かった。若すぎた。
財前のことは好きやったけど、あいつ以上に自分自身のことが大切だったのだ。例えば、財前が深い海でおぼれていたとしても俺はきっと飛び込んだりできなかった。一人でおぼれる財前に気がつかないふりをすることしかできなかった。男同士の恋愛に後ろめたさがあったのは紛れもない事実。そして、我が身の可愛さのために散々あいつを傷つけたこともまごうことなき事実だ。女役をやってくれていた財前のほうが、よっぽど痛みや苦しみを味わったはずなのに。





そんな、傷つけてばかりの独りよがりの恋愛、しかも自分でぶち壊して相手をひっかきまわしまくった。そんな恋愛を、俺は今でも引きずっている。自分から手離したくせに本当に勝手だ。父親に散々勧められた東京も受けずに、地元の大学に進学した。財前に会える可能性を少しでも残したかったから。財前がまだ大阪にいるのかも分からないのに、ホンマに阿呆や。






―ドンッ


「あ、すんません」
「いえ、こっちこそ…」
「………なぁ、もしかして謙也さん?」




ぼーっと歩いていた帰り道、たまたま人とぶつかった。それが、あいつやなんて。そんな偶然ってあんの?再会したら掛けようと思っていた言葉はひとつも出てこない、喉はかわいてひっついてしまいそうだ。




「ぷはっ、たまたまぶつかって再会とかどこのドラマやねん。さすが謙也さんやわ」
「…お前、なんでこんなところにおんの?」
「高校んときの連れと飲み会。その帰りです。」
「今、何してんの。」
「京都で大学生やってます。家から通えんこともないけど一応一人暮らし。まぁしょっちゅう帰ってきてますけどね。そーゆー謙也さんは?」
「俺も学生やで、大阪で」
「なぁ、立ち話もなんですし、どっか飲み屋入りません?全然飲み足りてないんすわ。忙しくなかったらやけど」
「あぁ、ええよ。適当にどっか入ろか」




本当に、ただの先輩後輩同士のように繰り広げられる会話。俺の心臓はあり得ないほどにうるさい。トントン拍子で飲みに行くことが決まり、俺は今自分が真っすぐ歩けているかどうか分からんくらいには動揺していた。









「ほな、乾杯。」
「ん、お疲れさんです。」




久々に顔を合わせて、財前とたくさんの話をした。通っている学校のこと、サークルのこと、バイトのこと。お互い恋愛のことには触れようとしない。もしかしたらただ、罪悪感やらなんやらで忘れられなかっただけかもしれない、なんて淡い期待は一瞬で吹き飛んだ。俺は、本気でまだこの男のことがすきだ。だいすきだ。今なら自分の命の代わりにこいつを助けるなんてこと、一秒もせずに決断できるのに。どうして捨てたんだろう。どうして大事に出来なかったんだろう。どうして周りの目ばかり気にして、本当に守りたいやつのこと守れなかったんだろう。





「…すんません、煙草吸ってもええすか」
「おん、ええよ。意外やな、煙草吸うんや。」
「最近また吸い始めたんです。」
「へぇ。一回は辞めれたんや」
「彼女、煙草大嫌いやったんで。でももう別れたから禁煙は終了。」




ドクン。心臓が痛くなった。財前はあの当時と変わらない、真っすぐな目で俺を見た。





「俺、あんたのこと本当に好きやったんです。あんたが俺のこと好きな気持ちの、何万倍も。謙也さんが俺のこと好きでいてくれるの分かってました。せやけど、温度差が手に取るように分かって辛かった。」
「…ごめん」
「ううん、ほんとは謙也さんが、俺を好きになったことで辛い思いをするのが辛かった。やから振られた時、正直少しだけ安心したんです。」



あぁ、こいつはこんなにもたくさんの愛情を俺に注いでくれてたんや。俺なんかに、たくさん。もっと愛せばよかった。大好きなんやって、叫べばよかった。




「謙也さん、今彼女いますか?好きな人は?」
「…おらんよ、彼女。」
「そうですか。俺、謙也さんと付き合ってたときは女役やったけど、そのあとちゃんと彼女も出来たんです。適当に選んだ子とかやなくて、本当にその子のこと好きやった。3年くらい付き合ったし、セックスやって何回もした。大事で仕方なくて、結婚やって考えてた。まぁ所詮まだ若いしお互いの気持ちが離れてしもて、さよならしたんやけど。」
「…そうか」



財前は俺なんかと違う、適当に誰かと付き合ってたわけやない。ちゃんと心から好きになれる人見つけて、ちゃんとたっぷりの愛情を注いでいた。俺にしてくれたように。前に進めてないのは俺だけだ。




「でもな、俺、ずっと謙也さんに会いたかったん。」
「え、」
「謙也さんは、男と付き合ってた過去なんて要らんかもしれへん。せやけど俺は違うねん。謙也さんのことホンマに大好きやった。そんな風に謙也さんのこと大事に出来たこと、幸せなことやったなぁって思う。俺、そのとき一生懸命あんたのこと好きやった俺のことも好きやねん。謙也さんは俺にとってはただの先輩やない。きっと、いつまでたっても特別なままや。」
「財前、」
「謙也さんの笑った顔、見たかったんよ。たとえ恋人やなくても、俺、あんたのことは一生大事な人やと思うし、好きやし。」
「………」
「すんません。キモいですね。俺酔うとおしゃべりになるんです、忘れてください」
「俺は、お前のこと忘れられた日なんて一日もない」




俺は思わず突っ伏した。財前の顔を見るのも怖いし、この情けない泣き顔を見られるのも嫌だ。嗚咽が思わずもれそうになる。酒に弱いことも、酒が入ると涙腺がゆるゆるになんのも、財前と会えたことが嬉しすぎてすっかり忘れとった。一度開けてしまった扉は閉じてなんかくれない。数年積み上げてきた気持ちが押し寄せて溢れだす。




「ホンマに勝手で、ホンマにアホやんな。俺、お前に別れよって自分から言ったのに。その日からもずっとお前の泣きそうな顔が頭から離れてくれへんの。どうして大事に出来なかったんやろうって、世間体ばっか気にして傷つけてもうたんやろうって。俺も女と付き合ったけど、お前みたいにちゃんとしたお付き合いやなかった。誰かが本気で好きにならせてくれるやろうって、最低やんな。結局誰のことも本気で好きになんかなれへんかったよ。財前が俺にとって絶対的な存在すぎて、ダメやった。」





毎日、毎日。
目を閉じて浮かぶのは、財前の泣きそうな、お別れの時に見せたあの表情。
俺はその時、どんな顔をあいつに見せたのだろうか。
あぁ、おぼれていたのは俺の方か。




「謙也さん、泣いてんの?」
「…おん、俺泣き上戸やねん。あんま見んといて」
「謙也さん、あんたなんでそんなに不器用なの。」
「ごめん阿呆で。」
「…謙也さん、あんた、俺のことまだ好きなん?」
「…好きやで。ずっとずっと、お前だけ。」
「………。」
「ごめん財前。お前のこといつまでも好きでごめん。」




財前はゆるりと俺の髪を撫でた。煙草のにおいが鼻をくすぐる。




「そうゆう不器用なとこが大好きやったんよなぁ。俺のこと好きやのに戸惑って、傷つけたった言いながらそれ以上に自分が傷ついてまうようなとことか全部。」
「………」
「あんた、俺のことホンマにずっと好きやったん?離れてからもずっと、俺のことだけ?」
「うん。」
「ホンマアホやなぁ…。アホすぎて可哀想。…なんか俺まで泣きそう。」



俺は顔を突っ伏したままで財前の腕を掴んだ。想像よりも細く無かったそれは、明らかに成人男性の腕やった。簡単に壊れたりしない、女のそれとは違う。でももうええもん。少しでも見つけたこいつとの繋がりを、いまさら離してなんかやるか。




「なぁ、俺もうお前が手の届かないところに行くのなんて嫌や。お願い、これからもお前と繋がってたい。俺はお前のことがすきや。もう恋愛感情なんて俺に持たなくてええから、二度と疎遠になりたくない。」
「…恋愛感情、持たなくてええの?」
「え、」
「たぶん俺、今あんたにキスされたら好きになってまうで」




涙でびしょぬれの顔をあげると、財前も今にも泣き出しそうな顔をしていた。



「しゃーないやん、ホンマに好きで、嫌いになれんくて、けじめもつけれずにここまで来てもうてん。他に好きな女がおったときやってあんたのことしょっちゅう思いだして、それで…っ」
「…ん、」
「ん、ふ、ぅ、ん…!」




夢中になって財前のくちびるに自分のを押しつけた。もう止まってなんかやれん。恋愛感情持たなくていいなんて嘘。ホンマは独り占めしたい。今度こそこいつを、世界一幸せにしたい。





財前の目からほろりと涙が零れた。




「…ほら、好きになってもうた。どーすんねん、アホ。」







今度こそ離さない。あのとき後悔した分だけ、絶対財前のこと大好きでいる。幸せにする。
もう一度交わった財前と俺の糸は、離れないようにぐしゃぐしゃに絡め合って結んでしまおう。




「ごめん、俺、ますますお前のこと好きになった。もう絶対離さん。」





何年も積み重ねたこいつへの思いは、これからまた何年も積み重ねられていくのだろう。たくさん泣かせた分、たくさん幸せにするって、今度こそ約束するから。



こいつの過去も、今も、未来も。俺にとってはすべてが愛すべき宝物。ゆるりと絡めた指先の暖かさに感じた幸せはやみつきで、一生やめられそうにない。






「責任とって、今度こそずーーーっと一緒におったってな、謙也さん。」






これからも財前光を愛することを、一生、やめられそうにないのだ。









***
リクエストありがとうございました!





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