素直になれない君と僕のすれ違い








田中さまリク
謙光









なぁ光、俺、お前のこと本当に大好きやで。口下手なところも、素直になれないところも、ぶっきらぼうなところも、全部全部大好きや。お前は本当は本当に優しいから、きっとこれから何回も男同士の恋愛をしとる自分を責めると思うねん。せやけどな、自分を卑下したりネガティブになったりすんのは絶対やめてほしい。「謙也さんはなんで男の俺なんかと付き合ってるんやろ」とかそんな風に考えるのはお前のこと大好きな俺に失礼やで。
やから、約束。俺たちが同性同士だからどーのこーのってことは、これからお互い言わないようにしよう。俺は光が光やからすきになったんやし、光やってそうやろ?




男でごめんなさい。
付き合い始めたころ、謙也さんにそう呟いたことがある。謙也さんは太陽みたいな笑顔で上の台詞を俺に伝えてくれた。俺は謙也さんが差し出した小指に自分のそれを絡めながら大きく頷いて、この人を選んだことは一生後悔しない、と強く思った。




それがこのざまだ。





「…もうええ、話にならん。今はお前の声聞きたくないわ。」







謙也さんに投げかけられた言葉。いつも爛々と輝いている瞳は、見ることが出来なかった。



謙也さんはいつもまっすぐであたたかい言葉をくれるけど、まぁ言ってしまえばそもそも俺の性格はひねくれている。心の中では「謙也さん、ホンマは女のがええんやないかな」とか、「こんな可愛くない俺なんかと付き合うてて楽しいんやろか」とか常に考えていた。そして、たまたま普段のじゃれあいの延長で軽く口げんかになり、口からぽろりと出てしまったこの言葉。


『謙也さん、なんやかんや言うてホンマは男の俺と付き合ったこと後悔しとるんやろ!!』



普段俺のいろいろな我儘を聞いてくれる謙也さんはものすごく怒った顔をした。俺も俺ですぐに謝ればよかったのに結局何も言えない。やって、本心なんやもん。こんなにも素敵な人がどうして俺なんかを、って、ホンマに思ってるんやもん。




いつも家まで送ってくれる謙也さんは、自慢の足で一瞬にして俺の前から消えた。ひとり取り残された部室はなんだか急に広い。目の前がなんだかぼやけて、あぁ、自分は泣いているんだ、って分かった。




今のは全部全部俺が悪い。謙也さんの怒りに沸点に触れてしまった。謙也さんとした大事な約束、俺が破った。男同士の恋愛にこんなに罪悪感を感じているなら早くこの人の前から消えればいいのに、それも出来ない。謙也さんのあたたかい手を離すなんて、俺には出来ない。





涙は止まってくれない。ぼろぼろぼろぼろ溢れ続ける。呼吸が乱れて苦しい。俺は感情を表すことが苦手やから、正直泣き方もよくわからない。涙と鼻水で顔はどろどろだ。女優ってすごいんやなぁ。
こんなかっこ悪い姿になってしまうほど、俺は謙也さんがすきだ。ちゃんと、謝らなくちゃ。癖のある字で「忍足」と書かれたロッカーのネームプレートを撫でる。いつだって俺を救ってくれた謙也さん。俺は謙也さんを救えたことなんて一度もないかもしれないけど、それでもいつだって隣にいてくれた。俺の肩を優しく抱いてくれた。



俺は今まで謙也さんに頑張らせてばかりやった。気持ちを伝えてくれるのも謙也さん。きっかけを作ってくれるのも謙也さん。俺はいつも頷くだけ。今回は俺がちゃんと喧嘩を終わらせる。これからもこの人と、生きていくために。






「俺謝る時はちゃんと顔見て謝りたいねんなぁ。」以前喧嘩をしたとき謙也さんは俺の家まで来てくれて、そう言った。やから俺も直接、謝ろうと思った。謙也さんに電話をかける。
今家にいますか。今から行ってもええですか。ちゃんと謝りたいんです。そう言うだけだ。





「…もしもし。」




謙也さんは5コール目の途中で出てくれた。なかなか声が出せない。今家にいますか。今から行ってもええですか。ちゃんと謝りたいんです。




「う、け、やさぁ…!会いた、い…!」
「光?!」
「嫌、い、に…なら、ないで、くださ…っ!」
「…まだ部室?お前、俺が帰ってから部室でずっと泣いとったん?」
「ふぇ、う、うぇ…!」
「今すぐ行くから!!!」








謙也さんは本当にすぐに現れた。息はさすがに上がっていたけど。俺は涙が本当に病気か?って思うくらいに止まってくれなくて、目はもうパンパンに腫れあがっていた。



「光、ごめん!そこまで傷つけるつもりやなかった、ホンマにごめん」
「う、うぇ…」
「お前が泣くとこ初めて見た。ホンマに傷つけてしもてんな、ごめん」




違う、違う。あんたを傷つけたのは俺の方だ。謝らなきゃいけないのは俺の方だ。なのに言葉が喉につっかえて出てこない。早く、早くごめんなさいって言いたいのに…!




「け、やさ…ひっく、おれ、う、おれ…!」
「うん、ゆっくりでええよ。何か言ってくれようとしとんのやろ?ゆっくりでええ。落ち着いてから、いくらでも聞いてやるから。」



謙也さんの口からゆっくりなんて言葉が出てくるなんて驚きだ。せやけど、握られたてのひらの体温でどうしようもなく安心して、少しずつ呼吸が落ち着いた。しゃくりあげる声はまだ震えていたけど、必死の思いで謙也さんに思いを伝える。



「約束破って、ごめんなさい。傷つけてごめん。せやけど、俺、ホンマにいつも考えてまう。俺が女やったらよかったのに、もっと違うのに、って。口に出さなかっただけで、いつも思ってた。謙也さんのこともいつかあきらめなきゃって思ってるのに、どう頑張っても嫌いになれそうになれないんです。明るくて、せっかちで、誰にでも優しくて、俺には特に優しい、あんたのことが。」



謙也さんの顔を見ると、少し苦しそうな表情を浮かべていた。俺の頭をわしわしと撫でる手は相変わらず大きい。






「光のあかんところはー、なかなか素直になれへんとこ。言いたいこといつもよぉ言わんと自分の中で溜めこんで突然キレるところとかな。あと怒るとすぐ手ぇ出るやん。あれは直してほしいわ」
「謙也さん、」
「光が悩む気持ちも痛いほどわかるよ、俺やって男なんやから同じことで悩むし。でもな、俺とお前が男同士なのはこれからも変わらんやん。それに俺、お前が女の子やったら出会えへんかったかもしれへんよ。」



それに。
そんな風に続けられた言葉に、俺の頬は緩んだ。いつだって俺に笑顔をくれるのは、この人だ。



「お前の直してほしいところとか嫌なところとかも正直いっぱいあるけど。でもそんな嫌なところも含めてすきやから。約束の訂正。これからは男同士がどーのこーのって、不安になったらちゃんとお互い口に出そう。ちゃんとすき同士なんやって分かったらめちゃくちゃ安心できるから、何度も何度も確認し合おう。」




俺は謙也さんの胸に額をぐりぐり押し付けて、「本当にごめんなさい」と言った。謙也さんも俺の首を優しく撫でて「俺も、泣かせてごめんな」と言った。




「なぁ光、もういっこ約束追加。」
「なに?」
「喧嘩したら、絶対仲直り。そんで、仲直りのちゅーも絶対。」




これからも俺は何度も不安になるし、謙也さんも何度も俺にいらつくやろうし。それでも何度も仲直りして、何度も気持ち再確認して、一歩ずつ大人になれたらええな。一歩ずつ、謙也さんの未来を守れる大人になれたらええな。



「今日のちゅー、なんかしょっぱい!」



まぶしすぎる笑顔に目がくらみそうだ。思わず俺は目を閉じて、そのまま「これからもよろしくね」のキスを待つことにした。







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