何気ないこの日常がキセキ






紫夜さまリク
謙光







練習試合があって、珍しく電車に乗って他校まで出向いた。相手校のコートが使える時間の関係で家には3時には着く予定で、早めに帰れる分光うちに連れてきていちゃいちゃするつもりやった、けど…。



「お客さん、お客さん。この電車もう車庫にしまうから降りてもろてええかな」
「……………は?」




目が覚めたらそこは、海やった。







「なんでやねーーーーーーーん!」
「こっちが知りたいすわ」
「ここどこやねーーーーーーん!」
「とりあえず腹減ったんすけど」
「めっちゃ暑いやーーーーーん!」
「知っとるわアホ」
「海の、バカヤローーーーーー!!!!!」
「もういい加減うっさい!」
「痛っ!」





どうやら試合に疲れた俺たちは電車の中で眠ってしまったらしい。俺と光は会場校から一番遠い駅から乗っていたから、途中でみんな降りてしまっていた、と。そしてお互い爆睡で、終点までたどり着いたら近くに海があった、と。光は暑いからか不機嫌である。海に向かって叫ぶのって誰しもが行う儀式やと思ってたんやけど、どうやらそうではないらしい。




「なー光。まだ時間あるしせっかくやから遊ぼーや!」
「いやや日焼けする」
「女子かお前。ちゅーか午前中散々外でテニスしとったやつの台詞かそれ!」
「今日日焼け止め忘れたの。俺はあんたと違て繊細やねん。皮膚真っ赤なって痛いもん」
「大丈夫大丈夫。謙也さんがおるから大丈夫」
「意味分からん。なんも大丈夫ちゃうで」




えいっと水を光にかけてやると、やり返された。せやからさらにえいっとかけてみると、さらに勢いよくやり返された。それからバシャバシャバシャバシャ以下略。



「やばー!冷たい!気持ちい!」
「ちょ、やめろアホ!濡れる!」
「光やってそのままやと暑いやろー!くらえ!」
「やめろっちゅーのこの駄犬!!」
「光たん、俺一応先輩」
「ケンヤ、ハウス!」
「俺一応先輩!!」
「うるさいねんお前」
「なぁ光!手ぇ繋ご!」
「いやや、こんなに人多いところで!」



ぎゃーぎゃー言い合いしていたら光の顔が本格的に真っ赤になってきたのでコンビニに避難した。こいつこの前も熱中症になったから。それにしてもコンビニはどこでも涼しい。天国や。



「アイス何食おうかなー」
「…あんた、手持ちの金あります?電車賃帰りの分引いて考えなあかんで、こんな遠くに来てもうたんやから」
「そうやった!!あ…電車賃抜いたら20円しか残り無い…アイス買えへん…」
「…しゃーないから奢ったります。今日だけ特別。」
「ホンマ!?そんな後輩に奢らせるなんて出来へんよ!!ダッツのクリスピーでお願いします!!」
「海水飲んどけハゲ」
「ハゲ?!冗談やん!!パピコがええです!光くんと半分このパピコがええです!!」




パピコを半分にしてふたりで食べながら海岸沿いを歩いた。夕日が沈み始めている。時の流れとは早いもんだ。寝過したって気付いた時はやってもうたーって思ったけど、光と海に来れたし、結果オーライやなって思う。



「夏の思い出〜手をつないでぇ〜歩いた海岸線っ ヘイ!」
「へたくそー」
「光もなんか歌わな!」
「嫌やわ、恥ずかしい」


光は呆れた顔をして俺を見た。俺はいい加減光が本気で呆れている時の顔と、微笑ましく思っている時の顔を見分けられるスキルくらいは身につけている。今のは「謙也さん、かわええなぁ」って思ってる時の顔や。光もなんやかんやと言って俺には甘い。それにしても、海に来たら夏の定番ソングを歌うのは誰しもが行う儀式やと思ってたんやけど、どうやらそうではないらしい。




「なんか、こんな風に海で遊んだのってはじめてかもしれへん、俺」
「え、あんなん遊んでるレベルに入らんやろ。水着もないし、水掛け合っただけやん。」
「んー、海に遊びに行ったことなんてないから。」
「意外、謙也さん小さいころからバンバンいろんなとこ遊びに連れてってもらっとんのかと思ってた。」
「いや。おとんもおかんも病院忙しいしな。小学生の頃とか友達のおかんとかに謙也くんも連れてったろかーって言われたこともあったけどなんか遠慮してもうたし。中学からはテニス漬けやしな」
「…手。」
「え、」
「手。繋いでやるって言うてんの」
「なに、慰めてくれるん?」
「別に。手つないで海岸線歩くのが夏の思い出なんでしょ。」




手をつないでそのまま歩き続ける。特に会話はなかったけれど、それがむしろ心地いいなんて。


夕日が沈んだ瞬間、かがんで光の薄いくちびるにキスを落とす。暗くなったって言うてもまだちらほら人がおるからどつかれるかなぁって思ったけど、光を覗き込むと、何とも言えない表情しとった。キスしたりとか、好きやでっていっぱい言ったりしたときにだけする、嬉しさととまどいと恥ずかしさと幸せがごちゃまぜになったような顔。恋人と海に来たら優しくキスをするっていうのは、どうやら正解だったようだ。




「謙也さんの初めてもーらい。」
「ん?」
「恋人と海辺でキス。」
「アホ。そんなん今更やん。初めてなんて言ったら俺のファーストキスも童貞もぜーんぶ持ってったくせに!」
「アホ。あんたに残ってる初めてはこれから全っ部俺がもらうっちゅーことや。」
「光かっこいい…!」
「俺がかっこいいのは元々や」






長い長い電車の旅。一緒に歩いた浜辺。半分にしたアイス。熱いてのひら。沈んでいく夕日。好きな子との、キス。



光がいるだけで俺の毎日は、どうしょうもなく贅沢なものになる。宝物になる。俺は光とこれからもずっと一緒におるつもりやけど、14歳の光と初めて来る海は今日だけ。大切な、今日だけ。



「帰りの電車は寝ない。帰れへんくなったら困る。」
「なぁ、今日泊まる?」
「そんなん、急に行ったらおばちゃんの迷惑になるわ。」
「ならへん。ていうか、いちゃいちゃし足りないデス…」
「ん、分かった。お邪魔します」
「え!ええの?!」
「俺もまだまだ足りないんで」






光と過ごす何気ない、でも決して当たり前なんかじゃない、贅沢でキラキラしてて宝物みたいで、奇跡みたいに幸せな毎日を、これからもひとつずつ集めて大切に大切にしていきたい。そんな大切な日々の中で、俺も少しずつ集めるよ。
光との、あったかい、たくさんの、はじめて。






***
リクエストありがとうございました!







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