傷口から真紅




六花さまリク
謙にょた光
※自傷表現、暗い内容を含む内容となります。苦手な方はご注意ください。
謙也は大学院生設定です。








物心がついた時には、うちは要らない子どもやった。



父さんと母さんの会話は、叫ぶようないがみ合いしか聞いたことがなく。うちがまだ幼い時に結局離婚、兄は父が引き取り、母はうちを連れて家を出て行った。大好きやった、心のよりどころやった兄と顔を合わせたのもこの日が最後、連絡先も教えてもらっていない。


母は夜の仕事をしていた。家にいるときもいつも酒を飲んでいた。そして、うちを殴った。
何度聞かされただろうか、「あんたなんて産むんじゃなかった」「あんたがいなければよかったのに」という言葉を。何度ぶたれただろうか。何度死にたいと、思っただろうか。…結局死ぬに死にきれない弱虫はどこのどいつだ。




親からの愛情を受けられなかったうちは、代わりに自分が自分でいられるものを探して、依存していった。スポーツをして全てを忘れようかと思って始めたテニスも、才能を僻まれていじめに合い、やめた。生きることとは食べること。そう思って過食を繰り返したこともあったが、胃が小さいのと元々食にさほど興味がないこともあり、何度も吐いてしまい体を壊した。病院に運ばれたうちを母が迎えに来ることなんてなかった。



そんなうちがたどりついたのは、恋愛依存。兼、セックス依存。自分が生まれつきの美人であることは知っていたし、相手に不自由はしなかった。男に自分を求められている間は、自分が必要な人間のような気がして。
それも勘違いだった。相手の男はただうちとセックスがしたかっただけ。…違う、セックスがしたかった、だけ。うちとじゃなくても別によかったんだ。でも今まで散々愛に飢えてきたばかなうちは勘違いしてしまう。身体を求められ、都合のよいことばをかけられるだけで、真に受けたくなってしまう。本気になってしまう。そして、本気で傷ついてしまう。その上甘えるなんてことを知る前に成長してしまったもんやから、本気で傷ついたことを隠してしまう。



「あんたがいなければよかったのに」
そう言われて捨てられることが怖くて、怖くて怖くて怖くて。うちは恋愛も、セックスもやめた。




「…っ……」
痛い。赤い。あぁ、今日も生きてるなぁ。





今うちを支えているのは、自分自身を傷つける行為やった。手首に剃刀を滑らせると、痛みと一緒に赤い血が流れる。こうでもしないと自分の存在さえ疑いたくなってしまう。どんなに歪んでいると思われたって、これがうちの生き方やった。




今日もドラッグストアに行く。剃刀を買いに。なぜなら、血ですぐに刃が錆ついてだめになってしまうから。





「お姉さん、また剃刀だけ買うん?」




レジを済ませ、自動ドアが開いた所で声をかけられた。綺麗な金髪の目鼻立ちがくっきりとした男の人。



「なぁ、なんでいつも長袖なん?こんなに暑いのに」




あぁ、この人は分かっている。うちが剃刀を正しい用法で使っていないということを。その男の胸には「忍足謙也」と書かれている名札が付いていて、このドラッグストアのバイトなんやろうなぁとすぐに分かった。いつも下を向いて歩いていたのでこの男に見覚えはないのだが。なんでこんなうちのような面倒くさいような女に絡んでくるのかはわからないけれど、どうせうちが綺麗で、セックスかなんかが目的なんだろう。なら遠慮する必要はない。ここのドラッグストアは家から近かったので使っていたが、剃刀はここでなくても買える。




「別に、あなたには関係ないことです」
「質問の答えになってへんよ。なんでこないに暑いのに長袖なの?って聞いたの!日焼けが嫌とか?」
「違います。手首から腕にかけて傷口が酷いからです」
「…剃刀、なんのために買うの?」
「手首を切るためです」
「死にたいん?」
「いえ。生きていることを確認するためです。でも、」
「でも?」
「別にうっかり死んでしまってもいいです。」






忍足謙也と言うらしいその男は明らかに怒ったような顔をして、うちの肩を掴んだ。手首はどの程度傷が痛むのかわからないからだろう。




「なぁ、お前のこと、俺が助けてやろうか」









何が言いたいのか分からず、きょとんとしていると、もう一度はっきりと言われた。「あんたのこと、俺が助けてやろうかって。」




「何が言いたいんですか」
「あんたに声かけようと思った理由は二つ。一つ目は、俺は今心理学の勉強しとる。将来は医者になりたい。やから、あんたのこと助けたいし、それによって俺も成長できるから利害が一致する」
「…二つ目は、」
「あんたにひとめぼれした」




ほらやっぱり。あんたもうちの見てくれに惹かれただけなんやんか。
でもおもしろい。それに、この男のところにいれば、大嫌いな母親のいるあの家にいる時間が短くなるかもしれない。




「ええよ。その代わり約束。セックスはせぇへん。金も持ってないからあんたに渡せるものは何もない。それでもええんならな」








そこからその男とうちの奇妙な同居生活は始まった。その男のことをうちは「ケンヤ」と呼び、ケンヤはうちのことを「光」と呼んだ。うちは、転がり込むようにケンヤのアパートで暮らし始めた。



ケンヤはうちにたくさんの本を与えた。ケンヤが学校やバイトで留守の間はうちはそれを読んで帰りを待った。こんなもの読んでなんかやるもんか、と思っていたのに、ケンヤの選ぶそれは毎度毎度うち好みで、気が付いたらどっぷりと読みこんでいた。ケンヤが帰ってきたら二人で食事を作った。うちは簡単な手伝い程度やったけど。人の手が加えられた家での食事なんて生まれて初めてだった。うちは、ケンヤが作るオムライスがとても好きだった。ケンヤと過ごす時間は、どうしようもなく安心する。ケンヤと暮らし始めてからはうちは一度も手首を切っていない。毎晩毎晩ケンヤのベットで二人、手をつないで眠るから。がっちりと掴まれた手のひらは起きるまで外れなかった。



ケンヤは毎日、まるで息をするかのように「好きだ」と言った。「好きだよ光」「光には俺がいるよ」「大好きだよ」こんな言葉は今までセックスしたどの男からも言われたことなんてない。しかも、謙也は一度もうちに手を出したことはなかった。




自傷行為をしなくて済んだのは、ケンヤが手をがっちり繋いでいたからなんて理由じゃない。ケンヤがうちを必要としてくれたからだ。




怖かった。ケンヤにどっぷりとはまってしまう自分が怖くて仕方がなかった。ケンヤにとってのうちは、要するにただの実験材料。医者を目指すケンヤの成長過程の教材のようなもん。やから、ケンヤの「好き」はただの処方箋。未来あるこの人の、ひと夏の体験学習。
なのに、なんでそんな顔するの。なんでそんな本気で好きみたいな顔してうちを見るの。









「ケンヤ、もうそろそろ、終わらせてもろてええかな」




ケンヤは大きな瞳をぱちくりさせてこちらを見た。


「手首、切りたくなっちゃった。」



お前にうちの心は救えなかった。わざとそんな風に聞こえるような言い方で言ってやる。…本当は、どうしようもなく救われた。ずっと一緒にいたいと思った。だけど、このままじゃダメ。ケンヤを、うちはダメにするから。




「…なんで?」
「なんでも。ケンヤとの生活ももうおしまいやね」
「どうしてそうなんの」
「ケンヤの成長のためやろ、この生活は。ケンヤはうちのこと変えられなかった。それで終わり」
「そんなことない。お前笑ってたもん。嬉しそうな顔して本読んどったもん。おいしそうに飯食ったり、不眠症気味や言うとったのに俺の横で気持ちよさそうに寝とったやん」
「………。」
「お前、変わったよ。前よりもっともっと可愛くなったよ」
「せやけどどうしょうもないんやもん!!今度は自傷のためやない、死ぬために切るの!!!!」
「なんでやねん!!」
「ケンヤに捨てられたらうちはどうすんねん!!!」




気が付いたらうちの目からは大粒の涙が零れていた。そして、重ねられたのは彼のくちびる。





「捨てへん。お前はアホか。ボランティアなんかで赤の他人の面倒見れるか。」
「うち、ただの実験対象なんじゃ…」
「ちゃうわ。なぁ、俺が光に声かけたか覚えてへんの?」
「え…やから心理学の勉強のため…」
「そんなん後付けじゃボケ。言うたやろ、ひとめぼれやって」




ケンヤのくちびるがもう一度うちのそれに触れる。


「俺も、ずっと寂しかった。お前と一緒。実家の病院は継がん、精神科医になりたいって言ったら揉めてもう何年も家帰ってへんし、この性格やから人づきあいだけいっちょ前になって本当の友達とか出来へんかったし。そんなときに光に出会った。助けてやるなんて言って、俺、お前に助けてほしかったの」




やから、離れるとか言わんで。切るなら俺のも一緒に切って。






ケンヤの涙交じりの声が鼓膜を叩く。ずるい男だ、うちがケンヤの綺麗な肌に剃刀を滑らせるなんて、出来るはずがないのに。



「ケンヤ、セックスしよう」
「お前恥らいとかないんか…」
「もうずっと触ってほしくてしょうがなかった。」
「アホ、そんなん俺のがもーーーっと思ってたわ」
「ケンヤ…好き。」
「俺も光が大好きやで」




重ねられた肌も、くちびるも、すべてが愛おしくて、気持ちいい。
傷だらけの腕にケンヤはくちびるを落とす。もうきっと、傷が増えることはない。






―なぁ、光。
ん?
俺、来年卒業すんねん。
うん、おめでとう?
来年あたり、籍入れるか。そんで空気のきれいなとこに引っ越そう。







ケンヤと一緒なら、どこへでも行くよ。だって、今日も明日もその先もずっと、ケンヤと手をつないで生きていきたいから。






***
リクエストありがとうございました!







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