嫌じゃないよ





いちるさまリク
蔵にょた光







「白石先輩って偽善者ですよね」



そんなことを言われたのは初めてだった。手に余るばかりの才能となんでもとことんやるこの性格のおかげで大抵のことはなんだって人よりも二歩も三歩も進んで出来た。それに加えて、自分で言うのもなんだがこの容姿だ。この顔で「ごめん、ありがとうな」なんて微笑んで言えば、「白石君ってかっこよくてしかもええ人!」と言う話はあっという間に回った。もちろんそれをよく思わない同性の者もいる。しかしフランクに少し下ネタなんかを織り交ぜて話してみれば「白石ってめっちゃイケメンやのに話しやすいし気取って無くてええ奴やん」だなんて言われる。


好印象を得る、というのは自分にとっては簡単なことやった。少し微笑んで上っ面の優しい言葉を使うだけで評判は鰻登り。言葉なんてハリボテでいい、人の心にせまることに必要なのは感情や思いやりじゃない。要するにテクニックだ。



こんなことを考えている自分は最悪や。自覚はある。せやけどそれは俺の生き方でもあった。人より目立ちやすかったり、妬まれやすい俺の生きる術だ。やから、偽善者なんて言われてひどく驚いた…財前、光。





財前は女テニに所属する2年生。最初彼女が入部してきたときは男テニのメンバーはざわついたものだ。「めっちゃ美人な新入生が女テニ入ってきた!!」みんな浮かれて話しかけたり遊びに誘ったりしたが、財前の反応はドライやった。相手と一定の距離を保ち、簡単には笑ったりしない。実際のところそれでさらにはまっていく男もいれば、可愛げがないと言って敬遠する男もいれば。とりあえず女子からの評判はそこまでよろしくないようだ。感じの悪い美女、なんて、なかなか物語の主人公には成り難い存在だと思う。せっかくあれほどの容姿を持っているんだから、それを生かせばええのに、勿体ない。俺は財前と会話をしたことがなかったから特に彼女への感情はなかったが、「綺麗なテニスをするなぁ」とは感じていた。






そしてある日、たまたま女テニの部長が風邪で休み、代わりの財前とテニスコートの新しいネットを運ぶことになった。そんな時に男テニの後輩に声をかけられ、軽く会話をしたときに上の言葉を言われた。「白石先輩って偽善者ですよね」。あまりに驚いて何も言えないでいると、財前はバツが悪そうに「すみません、」と言った後、こう続けた。


やって、さっきの子のことホンマに育てていきたいんなら「さっきのゲーム形式、ミスもまぁあったけどよかったで」だけで済ませるのは違うと思いました。うちが見てる限り全然良くなんかなかった。やから先輩は改善点を話すべきやったんやないですか。あの人、ボレー打つ時肘上がってまうの癖でしょう。先輩の言葉は「あいつは試合には出さないからええや」って、見捨ててるように感じました。言葉や態度は柔らかいけど、まるで突き放してるみたい。



「ごめんなさい、うちよぉ言葉悪いって言われるんです。性格もきついし。さっきの忘れてください。」
そう締めて、財前は駆け足で俺の前を進んでいった。さすがに気まずいと感じたのだろう。



更に驚いた。なんていう観察眼。男子の練習コートが隣だからってよくもまぁそこまで見ているものだ。そして、彼女の言葉は確実に俺の心を刺した。



今まで俺の汚い部分を見破られたことなんてなかった。
女子と言えば猫なで声で色目を使ってくるか、「白石は調子乗ってる、遊んでそう」といって遠巻きにされるかのどちらかだった。彼女ほど的確に俺の言わんとしていることを見抜き、ましてやストレートにぶつけてきた人など。不快な思いをするどころか、財前に興味がわいて仕方がなかった。それに、言い方自体はきついけど彼女の言い分は正しく、実に優しい。





あの日以来彼女を気にかけてよく見るようになったが、まったくもって隙がない。部活中も気を張ってきびきびと動いているし、話によると頭脳明晰らしい。男子の誘いも華麗にあしらって、その黒目がちな瞳は常に前を見ている。ただ、あの時をきっかけに俺とは頻繁に会話をしてくれるようになった。財前もどうやら俺に心を開いてくれているようで、以前よりも少しだけ微笑んでくれるようになった。


女テニの部長にそれとなく話を聞いてみると、「財前はまじめやし優しい。せやけどしょっちゅう誤解される。なんせまっすぐで曲げどころを知らないし、正義感が強いしまぁ言うてしまえば愛想もないし。うち的には心配。」だそうな。そして、財前を気にかけるようになってから再確認したことだが、彼女はやっぱり綺麗だ。大きな瞳も愛らしいくちびるも、すらりとしたからだだって異性を魅了するには充分すぎるものだ。そのまっすぐで綺麗な足を、テニスのためだけに使うんだ、あの子は。…悔しいけど、俺は財前光に惹かれ始めている。










部活のない日。せっかくのオフやというのに委員会の仕事が長引いて、教室に荷物を取りに行ったころにはもう夕日が沈み始めていた。そのまままっすぐ帰ろうと廊下を歩いていると、たまたま通りかかった2年の教室に誰かいる。机に顔を突っ伏しているから誰かわからないが、あの華奢な体と真っ黒な髪、は。




―カラカラ


静かにドアを開いて教室に入る。…やっぱり財前だ。彼女の前の席に座ってみる。どうやら彼女も委員会の仕事をやっていた模様。ひとりで、教室に残って。こんなに隙だらけの財前は、初めてや。




「…真面目やなぁ。ホンマ、損な性格しとる」




ぼそっと呟くと、彼女の方が大きく揺れる。起こしてしまった。




「ん…?え、白石先輩!?」
「悪い、起こしてしもたなぁ。」
「や、ええです。うち一回寝てまうとなかなか起きれへんから助かりました。」
「こんな時間まで一人で委員会の仕事?」
「はぁ、まぁ。」
「ここまできっちりやろうとせんと誰かに頼ればええのに。」
「いや、これはうちの仕事なんで。」
「真面目やなぁ、偉い偉い」
「…白石先輩やって、委員会やったんちゃうんですか」
「まぁな。せやけど俺は一人で残ってやっとったわけやないで。適当に手ぇ抜いてみんなで話しとったもん。」
「ふーん。楽しそうでええな。」
「財前は気ぃ張りすぎなんちゃう?たまには手ぇ抜かんと」
「…手の抜き方なんて、知らんもん」
「俺見とったらよぉ分かるでー。俺割と自分の苦手分野は謙也任せやったりするしな。なんでか几帳面に思われがちやけど」
「うちももうちょっと要領よくなりたいなぁ…」
「財前は優しいからな。俺割と冷たいもん。なんてったって偽善者やし?」




あ、まずった。今のネタみたいに使ったつもりやったけど、絶対皮肉に聞こえた。笑い飛ばしてほしかったけど、そんなブラックジョークは財前光に通用しない。
訂正しようかな、と口を開こうとしたけど、財前の「違うんです」のが早かった。



「うち、この前そんな言い方してしもて、態度悪かったのはホンマにごめんなさい。せやけど、違う。白石部長のこと嫌いなわけじゃないんです」
「あぁ、ええよ?こっちこそごめん、今のちょっとからかおうと思って言っただけやってんけど感じ悪かったな」
「けど、偽善も善です」




目方うろこが落ちた。俺は彼女に驚かされてばかりである。おもわずこちらもぽろりと本音が出る。
仮面を、剥がされそうになる。



「いや、この際正直言うけど俺のは自分の評判とかイメージを守るんが大半やで。善なんかやないで」
「せやけど、自分を守るための言葉やったとしても、柔らかい言葉や態度に相手の人の心が少しでも救われたとしたら、偽りやったとしても善に変わり無くて、それは優しさです。」
「財前…」
「うち、白石先輩のこと嫌いやないです。てゆうか好きな方です。」



あぁ、なんて彼女はまっすぐなんだ。ひねくれまくった俺を、俺の生き方を、全て受け入れた上で優しさだと言ってくれるのか、君は。財前は少しうつむいた後、ぱっと顔をあげてこちらを睨みつけた。多分これは女の子同士やと「財前さんに睨まれた!」なんて誤解されそうやけど、ホンマは必死な表情なんやろうなぁって思う。俺は俺で財前のこと観察したから。




「ごめんなさい、今嘘つきました。」
「え?」
「好きな方です、って嘘です」
「うわ、それはさすがに傷つく」
「ちゃいます。好きな方っていうか、むしろ好きです。」
「は、」
「白石先輩が好きです」




赤い顔をした財前を見つめる。あぁ、君は観察眼がすぐれているだけじゃなかった。男子のテニスコートの中で、俺のことを、俺の視線の先や動きを見ていてくれたのか。まっすぐでまっすぐすぎる財前は、俺のことも真っすぐ見ていてくれたのか。




「…なんで俺のこと好きなん。やっぱ見た目?」
「いえ、正直白石先輩の顔はそんなにタイプでもないです」
「そんなこと初めて言われた…」
「周りの目とか、大きな期待とか全部背負っても立ち向かっていくところとか、素直やない人間らしいところがすきです。」
「…俺も財前のこと、好きな方やで」
「そう…ですか。」
「ごめん、やっぱり嘘」
「え」
「愛想ないし言葉きついし、まっすぐでまっすぐすぎるくらいで、」
「………。」
「そんな財前のことはな、好きな方っていうか、むしろ―――――――」




あぁ、この先を聞いたら君はどんな顔をするだろうか。真っ黒でひたむきな瞳に自分を映して、財前いわく素直やない俺は今日だけは素直に彼女へ気持ちを伝えることにした。








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リクエストありがとうございました!







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