君の言葉は魔法の呪文




くわさんリク
謙光







なぁ、光。

なんですか?

俺、お前のことホンマにだいすきやで。

はぁ。そらどーも。

なぁ、光は?









この質問にどう答えたかなんて覚えていない。眠りに落ちる寸前やったから、もしかしたら何も言葉を返せていなかったかもしれない。朝目が覚めると謙也さんからの走り書きのメモが置いてあって。「ごめん、忘れ物したからいったん家戻るわ。朝練前にまた迎えくるから」といった内容やった。お互いがお互いの家に泊まるのなんてしょっちゅうで、今日はたまたま謙也さんが俺ん家に泊まりに来ていた。朝一緒に学校へ向かうのももう決まりみたいなもんで、俺は朝飯食いながら謙也さんがもっかい俺ん家に来るのをぼーっと待っていた。





だが、謙也さんは来なかった。













「部長!!謙也さんは?!?!」
「大丈夫やから落ち着き。体無駄に丈夫でよかったなぁ謙也のやつ。」
「そうすか…よかった…」
「ただな、財前にひとつ言っておかなあかんことがある。」
「え、」
「ええか、落ち着けよ、ホンマに落ち着いて聞けよ。…あんな、謙也な――――――」




謙也さんは俺の家からの帰り道、事故に巻き込まれた。自動車との直接的な接触はなかったけどバランスを崩して転倒、その時に頭を強く打ってしまい、意識がないまま病院に搬送されたそうだ。怪我もかすり傷程度にしかしていないし、脳の検査もしたが問題はないそうだ。大方、は。




白石部長から話を聞いた時、息が止まるかと思った。心臓が、潰れるかと思った。それでも謙也さんに会いたい。ちゃんと無事を確認したい。俺はガタガタ震える手で病室の扉を開けた。





「おー!財前!わざわざ来てくれたんか!やーすまんな心配かけて!」
「いえ…」
「やーホンマ俺もドジしたわぁ。怪我はしてへんから明日には練習参加すんで!今日のダブルス練ホンマごめんなー。」
「ぅ、はい…う、ふぇ…!」
「わー!!なん、泣くほど心配してくれたんか?お前優しいなぁ、ありがとう!ごめんなぁ。」




頭がガンガンする。白石部長から聞いたさっきの話が心を支配する。




(脳の検査は大方結果は良好やった。ただ、脳波に少しだけ、ホンマに気付かんくらい少しだけ乱れがあったんやと。やからもしかしたら頭をぶつけた衝撃で一時的に記憶が飛んどることがあるかもしれへんって。


俺、お前が来る前に謙也と話して探ってみたんや。ちゃんとなにもかも覚えとるかどうか。テニス部のみんなのことも、クラスのこともしっかり覚えとった。もちろんお前のこともな。せやけど、せやけどな。いいな、もっかい言うけどホンマ落ち着いて聞けよ。





謙也、お前と付き合っとることだけ忘れてもうてん。財前のことは分かってる。せやけどダブルスのパートナーってところまでしか記憶が残ってなかった。)






涙が出た。心臓がこんなにも痛むのは生まれてはじめてやった。謙也さんが唯一失ってしまったものは、俺への恋愛感情だけ。信じたくなんてなかったけど、いつもは「光」って、俺にしか見せないとろけそうな顔で言うのに、「財前」って。俺のことを名前で呼んでくれなくて、この事実を受け入れざるを得なかった。


あんたが無事で嬉しい。嬉しいけど、俺が泣いたのは自分のためなんや。俺はちっともええやつなんかやない。うれし泣きやなくて、俺との関係を忘れてしまったことへの絶望の涙。



謙也さんの記憶は戻るのかは分からない。他の人からしたらなんら変わらない謙也さんのままなんやから。それに、男同士の恋愛を脳が抹消した、なんて、本来正しい結末なのかもしれない。謙也さんを傷つけることなくただの先輩後輩の関係に戻って、謙也さんは女の人と恋愛をして、まっとうな道を歩いて行く。謙也さんにとってはこのままが一番いいかもしれない。せやけど、どうか謙也さんの記憶が戻ってほしいって、願わずにはいられない。
やって、あんたのこと好きで好きで仕方ない俺はどうすればええの。







謙也さんは次の日から学校にも部活にも復帰した。事故がまるで嘘かのように謙也さんは日常を取り戻した。毎日たくさんの人に囲まれて、笑って、怒って、また笑って。違うのは、俺だけ。俺との関係だけ。謙也さんは付き合う前から俺をよく構ってくれていた。せやから俺を「財前」と呼ぶようになってからも俺たちは一緒にいた。それが余計に、痛かった。部活の後一緒に帰っても、分かれ道で「ほなまた明日な!」とあっさり俺に背中を見せる謙也さんは、以前のように家まで送ってくれたりなんかしない。遅くまで練習して帰り部室で二人きりになっても「疲れたなぁ」なんて言って大急ぎで着替えを済ませる謙也さんは、以前のように俺のくちびるを奪ったりなんかしない。
俺を一人で、泣かせたりなんかしないのに。




今日は学校工事の関係でテニスコートで練習が出来へんから、特別に部室で昼飯食いながらミーティング。謙也さんが俺との記憶を失ってからもう1カ月が経っていた。俺の心はもう崩れる限界やった。こんなにも大切だった謙也さんとの時間が苦しくて嫌になるくらいには限界やった。


重い気分で部室のドアを開けると謙也さんと白石部長しかおらんかった。


「おー財前!」
「ちっす」
「まだみんな来てへんねん、先食べよ」




なんとなくゆるい会話を続けながらパンをかじる。ホンマはあんまり食べたくないけど。食欲ないし、昼休みまで謙也さんの傍におるの辛いし…まぁ傍におらんくても頭ん中はこの人のことばっかなんやけどな。




「なんや財前、元気なくないか?飯もあんま食ってへんし」
「いや、別に大丈夫です」
「謙也、財前は割といつもこんなもんやん。無理して食ても良ぉないしな」
「そうやっけ?それならええんやけどさー。ぶっ倒れたりすんなやー?見た目の割に熱血やもんなぁ、お前。



まぁ、俺財前のそーゆーとこ好きやねんけど!」




息が止まるかと思った。白石部長も息を呑んだように俺を見た。
お前のそーゆーとこ好きやねんけど。
お前のそーゆーとこ好きやねんけど。
お前のそーゆーとこ好きやねんけど。
好きやねんけど。



病室で話した時以来、謙也さんの前で俺が泣いたことはなかった。俺も今まで知らなかった。せきとめられていたものが外れたかのように涙が止まらない。謙也さんの好きがこんなに力を持っているなんて。こんなにも、まるで魔法みたいに。




「う、ひっく…俺やって、あんたのそーゆーとこが好きやったよ!!まっすぐで、まっすぐすぎるところが!!せやけどそこが今はいやや…ふぇ…俺が大好きなあんたのことを、あんたが嫌いにさせんな!!!」
「え、財前…?」
「う、うわあああああん!!」



「ちょぉ、どないしたん?喧嘩?」
「ちょうどええわユウジ、小春、財前ちょっと一目つかん場所連れてって落ちつけてやって。他の部員は部室入って来ないように。謙也はここに残ること。」


白石部長の指示で、俺は小春先輩とユウジさんに支えられるようにして部室を後にした。















「どうゆうことなん…?」


財前のあんな顔、初めて見た。あんな声もあんな泣き声も。状況がうまくつかめずに頭の中が混乱している。白石は観念したように俺に向き合った。


「謙也、本来俺はここまで首突っ込むべきやないと思ってる。自然な流れに任せるのが一番やって。せやけど、このままやと財前の心が壊れる。それはやっぱり見て見ぬふり出来へん。やからはっきり言わせてもらうで。」
「…おん」
「お前は、事故が原因で記憶の一部を失っとる。」
「なんやて?!」
「お前と財前は、恋人同士やった。」
「…は?」



俺と財前が恋人同士?俺たちはただの部活の先輩後輩で、第一同性やん。それに、記憶を失ってるやなんてなんかピンとこぉへん…。



「混乱するのは分かる。せやけどこれは事実や。そこに財前の携帯おいてあるやろ。ホンマはあかんけど、ちょっと見てみ。財前のことや、お前のメール保護くらいしとるやろ。」



少し罪悪感を感じながら財前の携帯を開く。せやけど、パスワードがかかっていた。試しに財前の誕生日の0720を入れるが開かない。恋人同士って言われても、記念日やらなんやらも分からんし…。



ふと思いついて、4つの数字を入れる。パスワード、解除。少し手を震わせながら携帯を操作した。メールフォルダの保護メールはすべて、送信者は忍足謙也やった。
「明日迎えに行くからな」「今日はホンマありがとう」「光大好きやで」歯の浮くような言葉のオンパレードやった。未送信フォルダにもメールがたくさんある。「謙也さん、いつもありがとう」「好きです」「大好きです」「ずっと一緒にいてください」。全て送ることが出来なかったのだろうか。記憶が少しずつよみがえってくる。俺、事故の日自転車でどこに向かおうとしてたっけ?前の日誰と一緒にいた?



(なぁ、光。)

(なんですか?)

(俺、お前のことホンマにだいすきやで。)

(はぁ。そらどーも。)

(なぁ、光は?)







(俺も好きですよ、知らなかったんですか?)





入力した数字4桁は、0317。俺の生まれた日。
俺は部室を飛び出していた。




















涙はぼろぼろ止まらない。ガタガタ震える背中を小春先輩がずっとさすり続けてくれた。俺の阿呆。あんなこと言うつもりやなかったのに。みんなにも、謙也さんにも、こんなに迷惑かけるつもりやなかったのに…!泣きじゃくる俺に、ユウジ先輩が小さい声で「おい」と言った。顔をあげると小春先輩も笑っている。「お迎えよ」だなんて。




「光っ!!!」



謙也さんがすごい勢いで俺のところに走ってきた。え、今、俺の名前…。ユウジ先輩と小春先輩は笑って席をはずしてくれた。謙也さんはそのまま勢いよく俺に抱きついてきた。というより最早体当たりだ。



「光!!光光光!!ごめん!ほんっまにごめん!ちゃんと思い出した!お前とのこと全部思い出した!!」
「うそ…。」
「ホンマ!!俺、なんで忘れてしもとったんやろ!こんなにもお前のこと好きやのに…!」
「謙也さん、」
「好きや!めっちゃくちゃ好きやで!生意気なとこも強がりなところも、全部全部大好きや!!」
「謙也さん…俺、あんたのこと好きでいてええの?」
「当たり前やん!!お願いやからずっと好きでおって!!」





それから二人で、白石部長が迎えに来てくれるまで抱き合って泣いた。この人の体温はびっくりするほど安心する。思い出してくれたなら、もういい。俺は将来の不安やらなんやら馬鹿なこと考えずに、この人のことを一生懸命好きでいようと思う。



「光、大好きやで。」
「うん。」
「なぁ、光は?」
「もう知ってるやろ」
「ええやん、何度でも聞きたいねん」
「………すきやで。」
「……………。」
「無言でニヤニヤすんな阿呆。帰りコンビニ寄るで。アイス奢れや。あ、ダッツのグリーンティーな」
「なんでやねん!しかもダッツ!!」
「人の携帯勝手に見た罰や」
「う…。」
「そんでそのまま謙也さん家直行な。」
「…!うん!はよ行こ!!」




この人がくれる言葉は、まるで魔法かのようにいつも心に響く。俺はこの甘く幸せな言葉たちにどれだけお返しが出来るかわからないけど、一生懸命この人のことだけを想って生きて行こうと思う。そして、前よりも少しでも多く、音にして伝えていけたらいいな。




「謙也さん。家着いたら言いたいことあんねんけど。」





今回の事件で分かったわ。
俺、あんたのこと好きよりもっと、愛してんで。音にしても伝えきれそうにないわ。
せやから、久しぶりやから、いっぱいいっぱいちゅうしよ、な。






***
リクエストありがとうございました!







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