シュガーレス



路地さまリク
謙光




俺が甘い甘いココアを飲む時も、謙也さんはいつもコーヒーをすすっていた。普段は年相応の笑顔を見せているくせに、無駄に大人びやがって。なんて初めこそ思っていたけど、親しくなるにつれて本当に甘いものが苦手なのだということが分かった。謙也さんは感情が顔に出やすくわかりやすいと思っていたけれど、本当に苦手なもののことは「苦手だ」と言えないことも知ったのは、お互いの恋愛感情を自覚してからだった。





「合格、おめでとうございます。」
「おー!おおきにー!」



謙也さんは俺をぎゅうって抱きしめてホンマに嬉しそうな顔して笑った。謙也さんは人よりも少し早く、推薦入試で高校が決まった。ここ、謙也さん家から自転車で15分、大阪府内ではなかなかレベルの高い進学校だしテニス部も強豪校だ。時間を合わせて一緒に帰ったりはしていたけれど謙也さんの部屋でこんな風にゆっくりするのは久しぶりだ。



謙也さんはギリギリまで東京の高校に進学するか迷っていた。しかしその学校はレベルが高く、将来的なことを考えるとそこに進学することはプラスではあったけど、もしかしたら部活と勉強の両立が難しくなるかもしれない。高校まではテニスを一生懸命頑張りたい。それに大阪府内の高校なら全国大会出場で箔がつき、推薦で合格できるだろう。そんな風に謙也さんはたくさん考えて、家から近くの高校を選んだ。
俺は謙也さんが進学先を決めるまでの間、気が気じゃなくて仕方がなかった。





謙也さんが大阪を離れるときは、俺からも離れてもらおう。
それは謙也さんと付き合い始めた時からぼんやりと決めていたことだった。謙也さんの将来を想って、とか、そんな美しい理由じゃない。謙也さんが新生活でたくさんの素敵なものに出会って、キラキラした毎日を過ごして、俺への気持ちが少しずつ薄まっていって、それでも俺は謙也さんが好きで。
謙也さんが大阪へ帰ってくるのが、俺のところに帰ってくるのが、億劫になってしまったらどうしよう。
俺の悩みはいつだって自分本位で、いつだって自分の身を守るためのことやった。






謙也さんが大阪を離れるときは、俺からも離れてもらおう。
そんなこと、今の俺には言えない。言えやしない。もし言えたとしても、泣くのを我慢するためにつっけんどんな言い方をして最悪な別れ方になってしまうことが目に見えている。


謙也さんが普段飲んでいるブラックコーヒーは、俺は飲めない。砂糖もミルクもいっぱいいっぱい入れて、色が薄くなったものしか。それも好きかと言われたら好きではない。こんな些細なことでも辛くなってしまうくらい謙也さんのことを想っているんだ、俺は。それをいつまでたっても上手に言えないんだ。




「光、今日はなんでもわがまま言ってええよ。」
「なんで?わがまま言うなら謙也さんの番やろ」
「んーん、光の番。俺の受験終わるの待たせたし、いっぱい応援してくれたお礼。」
「あんた、アホっすね」
「もう受験終わったからアホでええもん。ほら、なんでも言うこと聞いたるよ」



ずっとそばにいてほしいです。いつまでも笑っていてください。他の人を見ないでください。たくさんのわがままは喉元を通らない。違うんだ、困らせたいわけでもない。ましてや一緒に堕ちてほしいだなんて思った事さえ一度もない。
堕ちるのは俺だけでいい。






「謙也さん、いっこだけ、わがまま」
「なに?なんでもええよ」
「謙也さんがこの先好きな人出来たら、俺と別れる前にそいつに会わせて。そんで、一発引っぱたかせて。」



謙也さんはぽかんとした顔をしている。その隙に勢いだけで言葉をぶつける。俺はまだまだ餓鬼で、餓鬼だからこそ勢いがないと話が出来ない時もあるのだ。



「謙也さんのこと連れてってまうなら、一回くらい許されるやろ。おもいっきりぶってやりたい。そんで、幸せにしないと殺すって本気で言ってやりたい。俺はきっと、あんたの記憶にも、そいつの記憶にも残る。嫌な記憶でも、忘れられるよりはましや。」
「ちょお待て、なんで俺が新しい好きなやつ出来る前提やねん。しかもなんでお前のこと捨てるような真似せんとあかんの?」
「謙也さん、心構えって大事なんやで。きちんと心の準備しとかんと、俺きっと受け入れられへんもん。」
「そんなん受け入れてくれへんくてええし、どんだけ心の準備しても泣くんやろお前は!」




泣くよ。
やって、謙也さんは俺が本気で好きになった人やもん。本気でほしいって思った、唯一の絶対的な存在やもん。好きで好きで仕方なくって、両思いになったあとも謙也さんはなんだか俺から遠い気がした。謙也さんは俺にはキラキラしすぎていて。どんなに想っていても、伝わりきらない感情があって。謙也さんが俺を100の気持ちで好きでも、俺はそれよりも0が何個も多いくらいなんやもん。




謙也さんはすっと俺の髪に触れた。…と思ったら、頭にものっすごい衝撃。いった!この人このタイミングで頭突きしよった…!



「お前ほんっまアホやな。アホアホ星人やわ!なんでもわがまま、って訂正。光が幸せになれるわがまま以外は聞いてやらん。」
「そんなん言えへん…!」
「ええねん、言え。俺も言われて困るようなことやったらちゃんと困るって言う。なんも言わんとひとりで傷つくんは反則や。」
「ほら、言え。」




伝えたら、きっと謙也さんは分かってくれる。やから怖かった。自分の気持ちを理解されて、理解された上でさよならを言われる日が来るのだろうか、なんて考えたら怖くて怖くて死んでしまいそうやった。ごめん謙也さん。俺、あんたを困らせる。



「困るって言っても知らんからな。」
「おう!」
「…ずっとそばにいてほしい。いつも笑っててほしい。他の人を見ないでほしい。遠くの学校に進学することになっても俺だけを見ててほしい。ずっとずっと好きでいてほしい。」
「光…!」
「でも、一番は、」



女々しくて面倒な俺を、嫌いにならないでほしい。





言い終えるころには俺は謙也さんの腕の中にいた。思いっきり抱きしめられて、思わず泣きそうになって目をぎゅうっとつむる。



「嫌いになんてなれるわけないやろ。お前のこと嫌いになる方法があるんなら教えてほしいくらいやで。こんなに大事で仕方ないのに。」




一生懸命目をつむって、歯を食いしばった。こーゆーところも女々しいんやろうけど、謙也さんの前ではどうしても涙をこぼしたくなかった。ちっぽけな俺のプライドやけど、謙也さんはずっと黙って手をつないでいてくれた。こんなしょうもない俺のプライドまで守ろうとしてくれるこの人が、愛おしかった。







「光、落ち着いた?」
「…はい。」
「よし、なんか飲みモン持ってくるわ!何が飲みたい?」
「…コーヒー。なんも入ってないやつ」




どうにか涙はこぼさずに済んだけど、俺の目は真っ赤やと思う。謙也さんは少し困ったように笑った。



「お前コーヒー飲めへんやろ。しかも苦いの大嫌いやん」
「平気、飲める。それがいい。」
「も〜頑固やなぁ。…あーじゃあ俺久々に甘いの飲みたい気分やからココアにしよ。ちょっと待っててな」



トントントン。部屋を出て行く謙也さん。嘘やん、あんた甘いの嫌いやん。せっかく謙也さんに近づこうとしても俺はやっぱり砂糖もミルクもないコーヒーは最後まで飲めないままなんやと思う。けど、俺にはこんな風に甘い甘い謙也さんがおるから。俺のために苦手な甘い飲み物用意して、最後には俺に譲ろうとしてくれるような、アホでアホで、俺に甘くて仕方ない謙也さんがおるから。







「…あ〜。なんかココア要らんくなってきた。光、悪いけどとっかえて。」
「しゃーないっすね」



俺の嫌なところも全部拾ってくれる謙也さん。やから、謙也さんの苦手なものとか辛いこととか、全部俺に分けて。全部全部俺に分けて。



「…あま。」
「せやろ〜。今日なんか特に甘い気がするわ。」
「いや、ちゃう。ココアやなくて、あんたが。」



背負うのは難しいけど、分け合うならきっと、この人の隣で生きていける。俺の真っ黒な心に白を混ぜてくれるのは、今までもこれからも、きっとこの人だけなのだ。







***
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