シャングリラ





えこ。さんリク
謙光
ふたりとも大学生設定にさせていただきました。











携帯電話をなくしてしまった。



昨日までは手元にあったはずなのに。多分昨日の飲み会の帰りに居酒屋においてきてしまったのだと思う。大阪の大学に通う恋人の光と、東京で医大生をやっている俺。携帯電話がないというだけで、俺と光は簡単に連絡が取れなくなってしまう。光の連絡先も携帯電話の中で、めんどくさがりな性格が祟ってバックアップもとっていないため、完璧に断たれてしまった状態だ。



「あ〜〜〜…何軒目の居酒屋やろ…光心配しとるかなぁ…」




俺の恋人の光は、可愛い顔をしてるけど男で、つまり同性で。付き合うまではお互いに相当心の葛藤があった。なんとか付き合うことにはなったが、光はとてつもなく意地っ張りな性格やった。交際を始めるまでは知らなかったが、さらに加えて光はとてつもなく泣き虫やった。しかし俺は光の泣いているところは見たことがない。光は泣き虫以上に意地っ張りだったので、泣き顔を絶対に俺に見せたくないらしい。一緒にいるときに泣きそうになると、あいつはトイレに引きこもる。そんで、気がすむまで泣いた後に真っ赤な目と顔で戻ってくる。素直に俺の前で泣いてくれればええのにホンマかわいくないなぁ、嘘、こんなときまで素直になれへんところがかわいいなぁ、なんて思いながら俺はあいつを抱きしめるのやった。



付き合い始めたのは俺が高校3年生、光が高校2年生の時。それからはもう3年ほどの月日が流れていて、俺が東京の大学に進学して、いわゆる遠距離恋愛になってしまったけど俺たちは順調にお付き合いを続けている。




光は泣いていないだろうか。
東京に出てきてから何度思ったかわからない。きっとたくさん泣いているんだろうな。泣かせているのは紛れもなくこの俺だ。それでも光のことを離す気はないし、泣かせてしまう分たくさん幸せにしたい、っていうのは付き合い始めからずっと決めていることだ。




昨夜3軒目に行った居酒屋に結局携帯電話はあった。充電が切れてしまっていたので大急ぎで家に帰り、充電器に繋ぐ。光、心配したかなぁ。いつも毎日連絡は取り合うようにしてるから、急に俺からのメールが来なかったらもしかしたら電話でもしてきてくれたかもしれへん。焦りつつ電源をつけたが、光からは、メールも電話もなかった。俺はそのまま光に電話をかける。





「…はい。」
「あ、光?ごめんなぁ昨日連絡出来へんくて。携帯店に忘れてしもてさっき取りに行ったばっかやねん。」
「はぁ、そうですか。」



光の声は至極落ち着いていて、あぁ、俺心配のしすぎかぁ。光は別に一日くらい連絡せぇへんくってもなんとも思わないのかなぁなんて思った。俺は遠距離なぶん連絡が少しでもないと寂しいんやけど。



「なぁ光、光の方からメールか電話かしてくれてもよかったのに。毎日連絡とっとるから急に俺からメールも電話もなかったら光心配するかなぁって思っててんけど、余計な心配やったな」
「………俺から連絡なんて、しませんよ。女と一緒やったら困るでしょう」
「…はぁ?お前、本気で言うてんのか」
「せっかく女と一緒におるときに俺なんかのせいで携帯鳴ったら萎えますやろ」
「お前、何言うてんねん…!」



一瞬のうちにカッと頭に血が上った。俺はこんなにお前のこと好きなんに、お前は俺のその気持ちを疑うまでもなく否定するのか。…せやけど、そのあとすぐにすぅっと冷静になった。思い出した。光は人一倍意地っ張りなこと。



「…光?今泣いてる?」
「何言ってるんすか。泣いてないです。」
「嘘、泣いてるやろ。」
「泣いてないですってば」
「…決めた。俺今から大阪戻る。」
「はぁ?!」
「帰ったらすぐ光ん家行くから大人しく待っとけ」





急いで準備と手配をして新幹線に飛び乗る。以前大喧嘩したとき、学習したことがある。光は遠距離になってから、ずっとずっと不安で仕方ないのだということ。いつ俺が他の女のところに行ってしまうのかとか、もしかしたらこのまま音信不通になって自然消滅してしまうのではないかとか、いっぱいいっぱい悩んだり、辛さを一人で抱え込んでしまっているんやってこと。


そのときもお前は俺の前で泣かなかったね。泣きたくて泣きたくて仕方なかったはずやのにくちびる噛んで下向いて、ぶっきらぼうに「あんたのことこれでもちゃんと好きなんです」って言ってくれたね。それにお前がどれだけの勇気を使ってくれたのか、想像するだけでこっちが泣けてきそうだよ。なぁ、たまには俺の胸で思いっきり泣いてくれよ。その意地っ張りな、世界一可愛い泣き顔を見せてくれよ。








大阪駅に着いてタクシー乗り場に走った。光ん家までそんなに遠くないけど、もう少しの時間も惜しい。一瞬でも早く光に会いたい。




「…あんたって、ホンマにダメな人。」




聞き心地の良いこの声。勢いよく顔をあげると、そこには光がいた。相変わらず華奢で、目が大きくて、眠たげな、可愛い可愛い光がいた。俺の前で泣くのは我慢する癖に、目も目の下も真っ赤に腫れあがってるせいで泣いたのばればれ。ホンマは俺から連絡一つもなくてめちゃくちゃ心配してくれたんやなぁ。気がつくと俺は光をぎゅううって抱きしめていた。珍しく抵抗してこないこいつは、きっとまた性懲りもなく泣くのをこらえているのだろう。



「ごめん。不安にさせた。携帯がないと簡単に連絡もとれないくらいに離れた場所におるって分かってたはずやのに。でもな、俺、何回も言ってるけどホンマに光のこと大好きやで。他に好きな人なんて出来へん、出来るはずない。大切やもん、お前が一番。不安にさせといてこんなこと言うのあれやけど、もっと俺のこと信じてほしい。光からももっと連絡してほしいんよ。」
「………。」
「泣くの我慢しとるから声出せへんのやろ、アホ光。」




光の頬に手を当てて顔をあげさせようとしたけど拒まれた。触れた頬は濡れている。



「なぁ、光お願い。お前のプライド傷つけるようで悪いけど、泣くときはちゃんと俺の前で泣いて。俺も不安やねんで。ちゃんと光が俺のこと好きでおってくれるか。でも多分俺、最低かもやけどお前が俺を想って泣いとるとこ見たら安心できる。俺のことこんなに想ってくれてるって、ことばにしなくても分かるから。やから、俺のせいで泣くならちゃんと俺のために顔見せて。お前の涙拭いてやるのは俺がいい。」
「………。」
「それに、下向いてばっかやとキス出来へん。」




光がふわっと顔をあげた。涙で濡れた顔。綺麗でまっすぐで、どうしようもなく大切にしたい俺の恋人。せっかく初めて真正面から光の泣いている顔を見れたのに、すぐにまた見えなくなった。俺たちは、夢中になってキスをした。





「けんやさん、」
「ん?」
「…………おかえりなさい。」
「ん、ただいま!」
「…謙也さん、すきです」
「うん、ありがとう!俺もすき!だいっすき!」




これからも何度も不安にさせるかもしれない。泣かせるかもしれない。明日からはきっとまたお前は泣き顔を俺に隠すかもしれない。男同士の恋愛に絶望したり、周りと自分比較して気にして傷ついたりするかもしれない。それでも俺はお前がいいよ。意地っ張りで我儘で泣き虫で気分屋で傷つきやすくて口が悪いお前がいいよ。




なぁ光、





(お前がいて、俺がいて、それで幸せだって思えるなら、)







希望の光なんてなくったっていいじゃないか。







***
リクエストありがとうございました!







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