2.願いは実しやかに




・「此花散るは誰がため?」の続きです
・光は遊女、謙也は呉服屋の息子
・続きます








「こんにちは、お世話なります」
「おやおや、よういらっしゃいました」
「あ、光さん!こんにちは!」
「こんにちは、謙也さん」


いつも俺ら遊女の世話を見てくれとる小春さんと着物選びに呉服屋に来た。ここにはええ着物がたくさん揃っとって、うちの店は前から贔屓にしとる。
そんで最近よぉ話をするようになったのが、ここの店主の息子の謙也さん。


謙也さんは汚れた俺のことをいつだって綺麗やって言うた。謙也さんの笑顔のがよっぽど綺麗や。それに謙也さんは、珍しい金の髪を持っていて。俺はそれが羨ましかった。


「謙也さんは、ここのお店を継ぎはるんですか」
「おん、俺はそのつもりやで!」
「ええですね」
「…なぁ光さん、やってみたらどない?」
「え、」
「ほら、こっちこっち!」


小春さんと店主が話をしとる隙に謙也さんは俺を小部屋に連れてってくれた。


「…綺麗な糸、謙也さんの髪みたい」
「光さん、布にはいっとる薄い印分かる?そこに沿って針動かして。俺が教えたるから刺繍してみよか」
「…やってみたいです」
針と布を扱うことは初めてやった。それはそれは楽しくて。綺麗な布や糸に囲まれて、すごく幸せな空間やった。



「あ、」
「わ、光さん大丈夫か?!」
どうやら針で指を刺してしまったようや。赤い血が少しだけ滲む。でもこんなの平気。
俺は、ユウジさんが俺の耳に穴を開けて、そのあとすぐ亡くなって。それから痛みを感じられへん体になってしもた。

「大丈夫です。俺、痛みとかよぉ分からんねん」


そうやって笑ってみると、謙也さんは俺の傷口を舐めた。そのあとユウジさんみたいに、俺の頭を撫でて。


「光さん。うちで働かへんか?」
「え…」
「この刺繍、めっちゃ綺麗に出来とるよ。光さん絶対向いとるって」
「そんな、やって俺は…」
「俺の嫁になればええやんか」
「え、」


そのあとすぐに俺は小春さんに呼ばれて帰ったのだけど。謙也さんの瞳は真っ直ぐ俺を捕らえてた。阿呆ちゃいますか。遊女やっとる男捕まえて嫁に来いやなんて本間の阿呆や。それでも、謙也さんに惹かれていっとる自分は否定出来んくて。

ユウジさん。許してくれますか。あんた以外に心をかき乱されて、あんた以外の男を思って泣く俺のことを許してくれますか。俺にも、幸せになる権利はあるんですか?
ユウジさんの一件から泣くことを忘れた俺の瞳は、再び潤んだ。







「光、ちょっとこっち来なさい」
「はいご主人」

次の日、俺は俺を雇っとるご主人に呼ばれた。…謙也さんのことやった。


「昨日なぁ、呉服屋の金髪が俺のとこ来てん。なんや光に商売やめさせろー言うてな。うちの店でお前を雇うとか言い出して、笑えるやろ?お前はここの稼ぎ頭やっちゅーのになぁ。安心せぇ、島流しにしてやったさかい」





謙也さん。あんたは本間の阿呆です。否、阿呆は俺か。きっと俺は人を不幸にする天才や。父さんも母さんも兄さんも、ユウジさんも俺のせいで死んだ。謙也さんやって助かるか分からへんし、継ごうとしとった呉服屋やってどうなるか分からん。



俺に与えられた部屋の窓に、耳飾が掛かっていた。謙也さん、おおきに。優しい優しいあんたはきっと、俺には忘れられない人が、ユウジさんがいることを分かってたんや。でもごめんなさい。俺には、あんたのこともユウジさんのことやって忘れられへんから。

痛みを無くした俺の耳に、新しい穴が開く。ひらひら揺れる耳飾。俺は結局この運命から抜け出せずに、いったいどこまで落ちていくのか。





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