離さないで、(謙にょた光)




7歳で夜中トイレに行くのが怖くなくなった。10歳で妖怪が怖くなくなった。14歳で、人が怖くなった。





「財前お前本間きっしょいんやけど」
「さっさと謙也くんと別れろ阿呆」
「…いや、です」
「本間気持ち悪いお前」


1個上の謙也さんと付き合い始めてから始まったいじめは日に日にエスカレートしていく。服で隠れた部分を激しく殴られ(そのせいで最近謙也さんとえっち出来んし)言葉の暴力をシャワーのように浴びた。

顔は生れつきやし(自分ではそこまで可愛いとは思わへんけど)、うちが頭良いのは頑張って勉強しとるからやし、テニスが上手いのは頑張って練習しとるからやし、謙也さんと付き合っとるのは、頑張って告白したから。

それなのに、こんなんって酷ない?



半ば逃げるように屋上に続く階段へ向かう。ここは非常用の階段やからみんな使わへんし汚いからあんまり人がこぉへん、うちの隠れ家。埃を少し掃って座りこんだ。
「なんでうちが、こんな目に合わなあかんのやろ」

一人で呟いた言葉は静かに消える。うちは黒いゴツめの折りたたみ携帯を取り出して、大好きなムービーを開く。


『謙也さん、』
『お、なんや写メか!』
『ちゃいます。何ピースしとんのですか』
『え、これムービー?聞いとらんし!』
『ええからなんか言うてください』
『んー、えっとな……俺は光が大好きやで!』


謙也さんの大好きがあればうちは生きられる。今日おもいっきし殴られた横腹を摩る。多分また痣になっとるんやろな。

すると急に視界が揺らいで、気がついたら階段から落ちとって。背中の痛みから、あぁ蹴られたんやなぁって分かった。



「こんなとこに隠れとったんか〜まぁ汚くって財前にはぴったりやなぁ」
「なん?このきったない携帯。ムービー?」
「…!返して!返してください!」
「嫌言うたらどうする?」
「…返せ言うとるやろこのブス!!」



バキッ。
音がした。うちが殴られる音と、携帯が折られた音。あと、うちの心が折れた音。



「…お前、ブス言うたんはその口か」
「明日までに謙也くんと別れろ。そうせんと本気で殺すからな」












泣かないって決めてたのに。半分に折られた携帯はもちろんもう謙也さんの大好きを再生しない。口の中が切れて痛い。これでえっちだけやなくてキスも出来んくなった。あぁ涙が止まらない。



「光?おるん?って………どうしたんやその傷」
「くらちゃん…」
「またやられたんか」

蔵ちゃんはうちの幼なじみで良き相談相手。そして謙也さんの親友。うちのもう一人のお兄ちゃんみたい。
蔵ちゃんは綺麗な長い指をうちの頬に当てて顔を歪めた。

「蔵ちゃん、謙也さんには秘密にしてな」
「そんな傷隠せんやろ」
「転んだって言うから大丈夫や」
「お前は大好きな謙也に嘘をつくんか」
「……………」

「光、お前には黙っとったけど、謙也はお前がいじめられとること知っとるで」
「え」
「お前が今まで秘密にしてって言うたこと、光には悪いけど俺全部謙也に報告しとんねや」
「う、そ…」



氷とってくるな、言うて蔵ちゃんは去ってった。蔵ちゃんが言ったことが本間なら、謙也さんはうちがいじめにあっとるの知ってて何もしてくれんかったってこと?うちのことどうでもいいん?

涙はぼろぼろ止まらなくて、明日には頬も瞼もパンパンに腫れとるなぁなんて頭の片隅で思った。












「光、」
蔵ちゃん、氷とってくる言うたやん。なんで、なんでここに謙也さんがおるん?


「謙也、さん…」
「…ごめんな」
蔵ちゃんよりもゴツゴツした指でうちの頬に触れた。本間は抱き着いて辛かったって言いたかった。やけど謙也さんはそれっきりで走って去ってしまった。…もう、傍にいることすら許されんのですか?


(そうやんな。うちと付き合うのなんめんどくさいわな、)


その日は、蔵ちゃんの胸を借りて散々泣いた。
うちは明日も学校に行く。謙也さんからはあんな態度とられたけど別れてはない。殺されるんやっけ、うち。

殺されてもえぇよ。でも謙也さんのことは、好きでいたいねん。













「光、おはよう!」
「おはよう蔵ちゃん、あの…」
「あぁ、今日は誰にもぶたれとらんやろ?光いじめとった奴らみーんな欠席やで」
「え、なんで、」
「なぁ光、ええ事教えたろか」







うちは謙也さんがおるらしい屋上に走った。殴られた横腹はまだ痛い。瞼も頬も腫れとってすっぴんで、全っ然可愛くないけどそんなこと気にしてなんておれん。蔵ちゃんの言葉が頭をぐるぐる回る。



「謙也なぁ、昨日あれから光いじめとった奴らの家一件一件回って土下座したんやって。もう俺の光に手ぇ出さんといてくださいって」






屋上の重たいドアを勢いよく開ける。
「謙也さん!!」

こっちを向いた謙也さんの瞼もパンパンに腫れとって…なんであんたが泣いたんや。



「土下座したって、なんですか…」
「光、ごめんな。いっぱいいっぱい痛かったやろ」



謙也さんは話してくれた。うちがいじめにあっとることを初めて聞いたとき、そいつら一人一人胸倉掴んで怒鳴り付けたこと。でもその直後からいじめが酷くなったことを蔵ちゃんから聞いたこと(そういえば「お前チクったやろ!」とか言われた気がする。そうゆう訳やったんか)。それから何も出来んくなってもうたこと。


「俺のせいで光が傷付くの怖かった。でも光のことは離したくなかった。本間最低や、俺。ごめんな光、ごめん…」
「…謙也さん、うち辛かった」
「うん」
「ほっぺもお腹も心も」
「うん」
「謙也さんのせいやで」
「…っ、うん…」
「責任とってずっと一緒におってくださいよ」


謙也さんは腫れぼったい瞼を震わせてボロボロ泣き出した。可愛い。昨日携帯ショップから借りてきた代替機の、自分が買うなら絶対選ばなさそうなピンクのスライド携帯を向ける。



「謙也さん。これ、ムービーですからなんか喋ってくださいね」
「うぅ…っ、」
「うちが、好きですか?」

「っ、好きやぁ!光がおらんと生きていけん!!世界で一番、好きすぎるくらい、大好きや!!」

ぐしゅぐしゅに泣いてまった謙也さんにおもいっきし抱き着いて、うちも泣いた。



ねぇ謙也さん。うちのこと離さないで。痛いくらいがちょうどいいから、ぎゅって掴んでて。ずっとずっと離さないで。そう言おうとしたら、

「なぁ光、俺これからなにがあっても光のこと離したくない」って。

やっぱり、謙也さんには敵わないな。
しゃーない。お望み通り、ずっとずっと捕まっててあげる。ずっとずっと離れないでいてあげるからね。



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