叙情(橘←千←杏)





「ちぃくん」
「お、杏ちゃん」
「お兄ちゃんじゃなくってがっかりしたと?」

切なくて辛くて寂しくて苦しくてちょっとだけあったかくて、それでも決して報われることはない私の初恋。

風のように自由な彼は海のように深い心を持つ私の兄に恋をした。それを私は、雲のように眺めることしかできない。


「明日、東京行くけん」
「…寂しくなるっちゃね」
「ねぇ、ちぃくん」
「ん?」
「お兄ちゃんのこと、恨んどる?」

ちぃくんの右目は、もう私もお兄ちゃんも写らない。それでも、お兄ちゃんのことは見えてるんじゃないかなって思ってしまうんだ。

卑怯な私は、ちぃくんがお兄ちゃんのこと恨んで嫌になってしまえばいいと思った。でも私はお兄ちゃんのことも大好きだから、どうかお兄ちゃんのこと嫌わないで、とも思ったの。

(ああ、矛盾)

「恨んでなんかなかとよ。むしろ、感謝しとる」
「ふぅん…」


恨んでないなら、兄のためにもテニスを辞めないでほしい、とは言いたくても言えなかった。でも、ちぃくんはテニスを続けてくれると思う。


「あーあ。お兄ちゃんなんかが好きなんて、ちぃくん悪趣味ったい!」
「なら、俺なんかが好きな杏ちゃんも相当趣味悪かね」
「…知っとったなら言ってくれればよかったんに」
「それはお互い様やろ?」
「ちぃくん、私のこと忘れんでね」
「何言っとると?忘れるわけなか」
「だってちぃくんは、言っとかんと私のこと忘れるかもしれんけん」


ありがとう、ちぃくん。大好きだった。私に恋を教えてくれたのはちぃくんだったよ。
















「ちぃくん!」
「あ、杏ちゃん!?」
「はは、覚えてた」
「当たり前ったい!杏ちゃん、べっぴんさんになったね」


全国大会にちぃくんの姿があった。ちぃくんはあのあと、大阪に行った。目の治療のためって言ってたけど、一番の理由は、一人で九州に残るのが嫌だったからじゃないかな。

「あれ、すごいね。無我の境地」
「はは、でも手塚くんには敵わんかった。まだまだ研究不足やね」
「テニス、続けててくれてよかった」
「杏ちゃんは東京弁が上手くなったばい」
「えへ、ありがとう」
「ねぇ杏ちゃん」
「ん?」
「桃城は、優しい?」


私の気持ち、受け入れてくれなかったくせに。今更切なそうな顔したって遅いのよ。ばーか。


「優しいよ。単純だけど素直で、男らしくって、いつも私の欲しい言葉をくれる。不安にならなくて済むの。まぁ、まだ恋人ってわけじゃないんだけどね」
「なら、よかったばい。この恋はきっと、叶う」
「ふふ、それも才気煥発?…ちぃくんも綺麗な恋人、よかったね。大事にしなよ、白石くん」
「…うん」


今はわかりやすい桃城くんのことが大好きだけど、私の初恋は何考えてるか全然分かんないちぃくん。確かに、私の根本にはちぃくんがいる。それでもちぃくんの幸せを素直に祝えるくらいには私も成長したよ。それに、今なら言える。

「テニス!辞めたら許さないわよ!」


ちぃくんの目はどうなるか分かんないけど、もうお兄ちゃんも傷つかずに済むかなーなんて思う私橘杏は、やっぱりブラコンかもしれません。



初恋の君が私に残したのは、暖かい痛みと確かな優しさ。手さえ触れ合うことはなかったけど、私の気持ちは彼にバレバレだったみたい。だから、この思いだって伝わればいいな。


ちぃくん、絶対に幸せでいてね。私もきっと幸せでいます。



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